4:沙海に夢む星見の賢者



 意識が浮上する。なんか体中が痛い。
 うっすらと目を開けると、景色は真っ暗だ。起き上がり手を伸ばして、グリムがすぐそばに倒れている事に気づく。
 僕は何をしていたんだっけ。……スカラビア寮に閉じこめられて、脱出して、魔法の絨毯に乗って、暴走して、どこかの鏡に飛び込んだ、ような気がする。
 もしかして結構気絶していたのだろうか。追っ手がかかる前に逃げないと。
「グリム、起きて」
「う……んん……?」
 揺さぶるとグリムも目を覚ました。ぷるぷると頭を振っている。
「無事に逃げられたみてーだな。……でも、ここどこなんだゾ?」
「さあ……」
 と言い掛けて、顔を上げて固まった。目が闇に慣れると、壁面の大きなガラスや洒落た内装が見えてくる。
 もしかして、と言う前に部屋がいきなり明るくなった。
「あれ、ドロボーかと思ったら小エビちゃんとアザラシちゃんじゃん。何してんの?」
 声に振り返ると、フロイド先輩とジェイド先輩が店の入り口から歩いてくる所だった。多分真夜中なのに、店だからかちゃんと寮服を着ている。いやフロイド先輩の着こなしはちゃんと着ているって言っていいのかわかんないけど。
「リーチ兄弟!……って事は、ここはオクタヴィネルか!!」
「なに当たり前のコト言ってんの?てか、なんで泥だらけなの?」
「オレ様たち、スカラビア寮に監禁されて、なんとか逃げてきたんだゾ」
「それは穏やかではないですね」
 ジェイド先輩は、言いながら部屋の上の方に目を向けた。絨毯がゆっくりと部屋の壁に沿って旋回している。
「あれは……カリムさんが似たようなものを持っていたと記憶していますが」
「アイツに飛んで逃げてもらおうとしたら、操縦不能になってえらい目に遭ったんだゾ……」
「へぇ~おもしれぇ~」
 そんな話をしていると、入り口の方が慌ただしくなってきた。程なく、スカラビアの寮生が二人飛び込んでくる。
「いたぞ!オンボロ寮生だ!」
「ヒィ!こんな所まで追っかけてきやがった!!」
「脱走ばかりか盗みまで働くとは……」
「おとなしくお縄につけ!」
 グリムが僕にしがみついてくる。立ち上がろうとした時、ジェイド先輩とフロイド先輩がスカラビア寮生との間に立ちはだかった。
「今、営業時間外なんだけど。お前ら誰の許可を得て入ってきてんの?」
「そ、そこのオンボロ寮の連中をこちらに渡せ!用事はそれだけだ!」
「おやおや、随分と強引ですね。彼らは僕たちのお客様ですよ。ねぇ、アズール?」
 ジェイド先輩が視線を入り口に向ける。スカラビア寮生の後ろから、アーシェングロット先輩が姿を見せた。冷ややかな視線を向けられ、さすがにスカラビア寮生も顔色が悪くなる。
「こ、こちらの事情はオクタヴィネルには関係ないはずだ!」
「アズール。オンボロ寮のお二人はスカラビア寮に監禁されて、命からがら逃げてきたそうですよ」
「こんな泥だらけになってまで逃げてきてさぁ、一体どんな事させられてたんだろうね?」
「ち、ちが、俺たちは何も……!」
 杖が地面を叩く音が響いた。スカラビア寮生の二人が息を飲む。
「このモストロ・ラウンジは紳士の社交場。揉め事は御法度です」
 冷たく言い放ち、アーシェングロット先輩は店内に入ってくる。双子を従えるような立ち位置で、スカラビア寮生を振り返った。
「そして助けを求めてユウさんたちがここを訪れたのなら、彼らは僕たちの客だ。害するというのなら、営業妨害でつまみ出しますよ」
 ジェイド先輩とフロイド先輩が一歩前に出る。怯えた表情のスカラビア寮生たちは一歩引いて、そのまま逃げ出した。
 店内が静かになると、アーシェングロット先輩が小さく息を吐く。
「全く……どういう躾をしているんだか」
「た、助かったぁ~……また牢獄に連れ戻されるなんてゴメンなんだゾ~……」
「アーシェングロット先輩、ジェイド先輩もフロイド先輩も、ありがとうございます」
 座ったまま深々と頭を下げる。
「僕たちは無礼者を追い払っただけです。……いろいろと気になる事はありますが、それよりも先に始末する事がありますね」
「ふな?」
「ジェイド。ゲストルームにおふたりを案内してください」
「アズールの部屋じゃなくて良いんですか?」
 アーシェングロット先輩が噎せた。いつになく殺気立った顔でジェイド先輩を睨んでいる。
「…………余計な気を回すなよ」
「承知いたしました。さ、ユウさんとグリムさんはこちらへどうぞ」
「げ、ゲストルームって」
「オンボロ寮に戻ったら、またスカラビアの人に捕まってしまうでしょう?今晩はここで過ごせば安全です」
 ジェイド先輩はさらりと言うけど、オクタヴィネルのゲストルームの宿泊料金って一万マドルとか言ってたじゃん。払えないし。
「それはそうですけど。でも、あの、お金が……」
「その話は後ほど。まずはその泥だらけの体を綺麗にしましょう。あなた自身も落ち着かないでしょう」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
 下手にサービスする、と言われるよりはマシだろう。どうにか落とさずに済んだ着替えを抱えて、ジェイド先輩の後ろについて歩く。そういえばいつの間にかメガネが無い。穴から抜けた時か絨毯に乗ってた時に落としたようだ。取りに行ける状況じゃないけど。
 肩に乗っかってるグリムが耳打ちしてくる。
「……もしかして、別の牢獄に飛び込んじまったんじゃねえか?オレ様たち……」
「そんな事はないよ。…………多分」


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