0:プロローグ



「えっ、本当にドワーフ鉱山まで行ってきたんですか?」
 学園長室に飛び込んで、魔法石を見せると開口一番、学園長は言った。目が点になる僕らに対し、学園長はしれっと言い放つ。
「粛々と退学手続きを進めていた所でした」
 学園長としては、それぐらいの無理難題のつもりだったという事なのだろう。『ぱぱっと行って取って帰る』なんて認識で向かってしまった僕たちは、ある意味空気が読めていなかったという事らしい。
 ……もしかして危険な行為をさせるなって、行かせるなって意味だったのかな。だとしたら完全に無視してるや。
「なんて野郎なんだゾ……オレ様たちがとんでもねーバケモノと戦ってる時に!」
「……詳しく話を聞かせてもらえますか?」
 四人がかりで経緯を口々に説明した。学園長は特に遮らず頷きながら聞いている。一通り説明し終えた所で、ふむ、と顎に手を当てた。
「鉱山に住み着いた謎のモンスターを、四人で協力して倒し、魔法石を手に入れて戻ってきた、と」
「協力したっつーか……」
「たまたま目的が一致したというか……」
 学園長の表現に、二人はしっくりこない様子だった。そんな声を無視して、学園長は突如大げさなくらい声をあげて泣き始めた。
「私が学園長を務めて早ン十年……ナイトレイブンカレッジの生徒同士が、手を取り合って敵に立ち向かい打ち勝つ日がくるなんて!私は今ッ!猛烈に感動しています!」
 とても豊かな響きのテノールが、涙声で叫ぶ。こっちの冷めた視線も疑問の声も完全無視。
「……今回の件で確信しました。ユウくん、貴方には間違いなく猛獣使い的才能がある!」
「も、猛獣使い!?」
「……まぁ度胸と腕力という意味ではそうかもしれない」
 なんかデュースは同意しちゃってるし。学園長は更に無視して続ける。
「ナイトレイブンカレッジの生徒たちは皆、闇の鏡に選ばれた優秀な魔法士の卵です」
 しかぁし、と突然声を張り上げたのでぼんやりしていたグリムが飛び上がった。
「優秀が故にプライドが高く、我も強く、他人と協力しようという考えを微塵も持たない、個人主義かつ自己中心的な者が多い!」
 ゴーストたちもそんな事を言っていた気がする。だからトラブルが絶えなくて退屈しない、なんて傍観者らしい感想を述べていた。
「貴方は魔法が使えないからこそ、魔法を使える者同士を協力させる事が出来た。きっと貴方のような平々凡々な普通の人間こそが、この学園には必要だったのです!」
「平々……凡々……?」
「普通の人間……?」
「とんでもねぇ勘違いされてるゾ……」
 三人の視線が痛い。グリムに至ってはちょっと同情含んでるし。
 言われてみれば、僕がキレたり暴れたりしている現場に学園長は居合わせた事がない。どうしてもグリムが目立つし知らないのも当然、という事になる。
 かといって訂正する必要も感じない。それはそれで都合がいい、と思う。良い印象を持たれておくのは大事な事だ。そのために猫をかぶっているわけだし。
「貴方は間違いなく、この学園の未来に必要な人材となるでしょう。私の教育者の勘がそう言っています」
 その勘の信憑性は低いな、と思ってしまう。絶対テキトーな事言ってるでしょこの人。
「トラッポラくん。スペードくん。二人の退学を免除すると共に、ユウくんに、ナイトレイブンカレッジの生徒として学園に通う資格を与えます!」
「えぇっ!?」
 揃って驚きの声をあげる。学園長は上機嫌の笑顔を一瞬で引っ込めた。
「ですが、一つだけ条件があります」
「条件……?」
「貴方は魔法が使えない。満足に授業を受ける事すら出来ないでしょう」
 そりゃそうだ。と頷くと、学園長は驚きのあまり固まってしまったグリムの名前を呼んだ。
「君は今日、魔法士として十分な才能を持っている事を私に証明しました。よってユウくんと二人で一人の生徒として、ナイトレイブンカレッジへの在籍を認めます」
 グリムは困惑していた。何を言われているのかわからない、という顔。言われた内容を飲み込むのに時間がかかっている。
「お……オレ様も、この学園に通えるのか……?雑用係じゃなくて、生徒として?」
「はい。……ただし!」
 学園長は厳しい表情でグリムを見る。
「昨日のような騒ぎは二度と起こさないように!いいですね?」
 学園長が念押しする。グリムはしばらく呆然とした後、僕の顔を見た。
「よかったね、グリム」
 やがて表情が明るくなって、拳を突き上げて喜びを表した。
「ふなぁ~~~~!!やったんだゾ!」
 その喜ぶ様を見て、学園長は笑顔で頷いている。
「それではナイトレイブンカレッジの生徒の証である魔法石を、グリム君に授けましょう」
 言うが早いか、グリムの首元に光が舞う。ボロボロのリボンに薄紫色の宝石が付いた。
「本来生徒は魔法石がついた『マジカルペン』を使うのが決まりですが、その肉球では握れないでしょうからね」
 自らの優しさに学園長が陶酔しているのを無視して、グリムは魔法石を見ながらくるくる回ってはしゃいでいる。
「やったんだゾ、かっけーんだゾ!オレ様だけの魔法石の首輪だ!」
 全く話を聞く様子がないグリムに気づいた学園長は、ため息をついて僕を呼ぶ。
「グリムくんはごらんの通り、人間社会に不慣れです。君がしっかり手綱を握って、騒ぎを起こさないよう監督するように!」
「……善処します」
 出来る気がしないけど、ここまで来たら追い出されるのも癪だしね。
「へえ、入学したばっかでもう監督生になっちゃったわけ?」
「……そうか、二人の他に寮生はいないから、ユウが監督生って事になるんだな」
「な、なんかそういう称号があるの?」
「他の寮では使われてないと思う。でも、ふたりきりの寮に寮長ってのも違和感がある。生徒としては実質一人分だし」
「前代未聞なんじゃねーの?魔法が使えない監督生なんてさ。いいね、クールじゃん」
 そんな会話を聞いた学園長は、感心した様子で頷いている。
「ちょうど頼みたい仕事もありますし、肩書きがあるのは都合がい……いえ、素晴らしい!」
「いま、都合がいいって言」
「監督生くん、貴方にこれを預けましょう」
 学園長はどこからともなくレトロなカメラを取り出した。縦に長い四角形で、大きなレンズがはめ込まれている。
「これは通称『ゴーストカメラ』と呼ばれるもの。被写体の姿だけでなく、魂の一部をも写し取る事が出来る、特別な魔法がかけられたカメラです」
 どうやらとても古い道具のようだが、古ぼけた印象はない。ずっと大切に手入れされてきているような雰囲気があった。
「このカメラの面白い点は撮影者と被写体の魂の結びつきが深くなると写真に写された魂の一部が飛び出してくる所です!」
 撮影者が被写体と親しくなる事により、写真が動画のように動いたり、実体を伴って抜け出したりするようになる、との事。スマホがあって動画がある世界でそれよりずっと昔に開発されたもの、と考えるとなんだか不思議だ。実体を伴って抜け出すなんて動画より高度な気がするのに、それを可能とするのが『撮影者が被写体と仲良くなる事』なんて見えない基準なのが変な感じ。そういう表現にもなんだか古めかしさを感じる。
「貴方はこのカメラでグリムくんや他の生徒たちを撮影し、学園生活の記録を残してください」
「オレ様がかっこいい所をじゃんじゃん撮るんだゾ!」
「……特に、ああいうお調子者が悪さをした時には、必ずメモリーを残しておく事。私への報告書代わりにうってつけでしょう?」
「あ、そういう用途で使ってもいいんですね」
「勿論です。監督生として、しっかり周囲に目を光らせ記録を撮るように」
 ずっしりと重たいカメラを受け取る。持ち運びが大変そうだ。壊さないように気をつけないと。
「さて、今日はもう遅い。詳しい話は明日しましょう」
 学園長は笑顔で退室を促した。挨拶をして学園長室を出る。
 少し廊下を進んだ所で、エースとデュースが大仰なため息をついた。今にもぶっ倒れそうな二人とは対照的に、グリムはスキップしながら歩いている。
「明日からオレ様も、ナイトレイブンカレッジの生徒なんだゾ!オマエたちなんかぶっちぎって、学年首席になってやるんだゾ~!」
「半人前のクセしてよく言うぜ。……ま、良かったんじゃないの?」
 グリムのはしゃぎ様にエースは苦笑している。デュースも頷いていた。
 校舎の正面玄関へ向かう道のりはさほど長くない。交わす言葉もそう無いうちに着いてしまう。
「明日からは同級生だな」
「改めてよろしくね、ふたりとも」
「そういうのハズいからやめない?」
 妙に居心地悪そうな様子のエースを見て、デュースはわざとらしく憂鬱そうな表情を浮かべた。
「これから嫌でも毎日顔を合わせるんだろうな。特に、こいつとは同じ寮だし……」
「毎日こんな真面目くさった顔を見なきゃいけないかと思うと、やんなっちゃうね」
「それはこっちの台詞だ、サボり魔エース」
「はいはい。……んじゃ、また明日ね、ユウ」
「うん、また明日」
 二人は揃って鏡舎の方へ歩いていった。……なんだかんだ、良いコンビになりそう。二人の背中が見えなくなるのを待って、僕もグリムと自分達の寮に向かって歩き出した。
 夜だからもう肌寒い。でも鬱蒼とした森の風と違って湿度が低く軽やかだから、心地よく感じた。
「明日からはもう雑用係じゃない」
 廃墟みたいな建物が見えてくる。一階の窓に明かりが見えた。ゴーストが明かりを灯して待ってくれているらしい。
「ついに……ついに!」
 グリムの高揚した声を聞きつけたように、廃墟からゴーストたちが飛び出してきた。みんなニコニコ顔でこっちを見ている。
「ナイトレイブンカレッジの生徒として、オレ様たちの輝かしい学園生活が始まるんだゾ~!」



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