4:沙海に夢む星見の賢者



 意識が唐突に浮上する。朝日が眩しい。
 目を開けると、窓の外はすっかり明るい。そういえばこの部屋、カーテンが無い。
「んが……もうカビのクラッカーはいらねぇんだゾ……」
 グリムはまだ夢の中のようだ。いま何時だろう、エーデュースは連絡見てくれただろうか、とポケットを探ろうとした瞬間、荒々しい音を立てて扉が開いた。
「お前たち、いつまで寝ている気だ!起きろ!」
「ふがっ!?なんだ?」
 スカラビア寮生に怒鳴りつけられて、グリムが飛び起きた。そのまま室内の時計を確認して、不満げな顔になる。
「……って、まだ朝六時なんだゾ」
「これより、東のオアシスに向けて十キロの行進を行う!」
「東のオアシス?」
「砂漠を抜けた先にあるオアシスだ」
「足場の悪い砂漠を十キロも歩けって事か?なんでオレ様たちがそんな事しなきゃいけねえんだゾ!」
「つべこべ言うな。お前たちも参加せよと寮長が仰せだからだ!来い!」
「フギャ~!ヤダヤダ~離すんだゾ~!」
 居丈高に言っていた寮生がグリムの首元を掴んでいってしまった。その隣にいたらしい寮生が部屋に入ってくる。確か昨晩、蛇を召喚してきたのはこの寮生だ。雰囲気からして一年生だろう。
「寮服、着方分かりませんよね。ちゃんと着ないと、寮長怒るので」
 と言いながら、どう着るのか分からなかったバンダナやベルトの着用を細かく指導された。ポケットに入れたスマホがバレないかとひやひやしたが、布の量が多いデザインのおかげで気づかれなかったらしい。
「あれ、サンダルありませんでした?」
「……無かったですね」
「すみません、寮内を歩くのにも不便ですよね」
「別に靴でも構いませんけど」
「靴は砂が入るとうっとおしいでしょう。履き物まで寮服ですし、ちゃんと履いてください」
 魔法で呼び出したサンダルは、サイズもぴったりだった。妙に空気の読めない感じのへらへらした笑みを浮かべて、寮生は立ち上がる。
「さぁ、集合場所に行きましょう」
 余裕の態度がとても癪に障る。よほど昨晩のお手柄が嬉しいのか、殴られても部屋の外でもう一人待機してるから安心してるのか、こちらとしては何も面白くない。
 明らかに不機嫌な顔はせず、涼しい顔を作った。お前の事なんて何とも思ってませんけど、と態度で示す。
 でも機会があったら優先的に殴り倒そうと心に決めた。
 集合場所は訓練を行った庭ではなく、談話室とは反対の出口の先だった。既に寮生たちが隊列を作り、装備を確認している。隅にはラクダも何頭かいた。荷物を積まれているようだが、華やかな装飾がついていて運搬用には見えない。
 それよりも目立つのは象だ。とてつもなく大きな象に、人が乗るためだろう屋根付きの鞍が設置されている。鞍、とは言うもののあの巨体なら何人か座れそうだ。ラクダと比べて装飾は更に派手だし、誰が座るのかは何となく察してるけど。
「ユウ!こっちだ!」
 グリムがいたのは長い列の真ん中ぐらいだ。象の近くで、さっきの寮生にまだ首元を掴まれて暴れている。思わず駆け寄った。
「グリムを離してください」
「こいつが大人しくしないからだ」
「おい、こいつら場所を離した方がいいんじゃないか?」
「……僕たちを引き離すなら、覚悟はしておいてくださいね」
 見上げる位置にある寮生の顔を憎しみを込めて睨みつける。
「魔法を使われるまでに、何人か潰す自信くらいはありますよ。これでも殴り合いは得意なので。サバナクローでもご好評頂きましたし」
 グリムを掴んでいた寮生が少し怯えた顔になる。
「マジフト大会の時、サバナクローの連中が何人か病院送りにされたらしいぞ……」
「や、やっぱりレオナ・キングスカラーとタイマンでやりあって勝ったって噂も本当なのか……!?」
 後ろの方で囁く声が聞こえた。ずいぶん雑な噂が流れているようだが、正直この場では有り難い。
「グリムに雑な扱いをするなら、僕は全力で抵抗し皆さんのあらゆる行動を妨害します。魔法の使えない客人一人制御できないなんて、寮長さんはどんな顔されるでしょうね?」
「そ、それは……」
「僕とグリムを引き離そうとしない事。あなたたちに現状従う第一条件です。監視も楽で助かるでしょう?」
 寮生はしばらくぐっと押し黙っていた。小さく息を吐き、グリムを差し出してくる。
「ヒィィィ、た、助かった……」
 首に抱きついてきたグリムの背を撫でる。周囲の寮生に冷ややかな視線を向けた。
「今は気になる事もあるので大人しくしています。出来る限り、皆さんが寮長さんの不興を買わないように協力もしましょう。でも、僕は他寮の人間ですから」
 侮蔑を隠さず、心から嘲笑う。
「寮長さんの癇癪であなたたちがこの先どんな目に遭おうと、僕たちにはなーんにも関係ありません。そのつもりで扱ってくださいね?一応、バイパー先輩曰くは『客人』だそうなので」
 反論の声は出ない。こちらの本気は伝わったようで何より。
「……たまにこえーけど、ちょっとかっけーんだよな……」
「え、なになに僕の事?嬉しい~」
「ふな、や、やめろ!頬ずりすんな!」
 肉球が僕の頬を押す。ちょっと痛いけど嬉しい。
 不意に、ざわついていた寮生たちが静かになった。視線が向く方を見れば、アジーム先輩がバイパー先輩と共に寮から出てきた所だった。グリムを降ろし、他の寮生に倣ってまっすぐ立ってアジーム先輩を見る。グリムは何事かという顔だが、一応静かにしていた。
 アジーム先輩は静かに整列している寮生たちを見回す。バイパー先輩が寮生たちの報告を受けて、アジーム先輩に耳打ちした。
「それでは今から東のオアシスに向けて行進を開始する」
 朗々とした声が響く。朗らかさは一切無い、ただ強くて厳しい声音だ。
「これは足腰を鍛える訓練だ。隊列を乱したヤツは後で折檻だからな!」
 グリムと目が合った。静かに、とジェスチャーすると諦めた顔で小さく頷く。
 アジーム先輩は用意された足場を駆け上がりひらりと象に飛び乗った。砂漠を見据えて声を張り上げる。
「さあ、出発だ!」


16/55ページ