4:沙海に夢む星見の賢者
ひとまずシャワーを浴びて、貸し出された服に着替える。
スカラビアの寮服は元の世界のストリートファッションに近い雰囲気のデザインだ。材質も柔らかくてスポーツウェアとスウェットの中間みたいな感じ。小物を省けば動きやすく寝間着にも使いやすそうだ。
クローゼットに残っていたハンガーに制服をかける。これを明日も着るべきか悩む所だ。寮服を着せられて過ごすと、その寮に所属したと決められた感じがして居心地が悪い。かと言って洗濯が出来ない状況で毎日着たくはない。冬場ならまだしも、スカラビアは夏に近い気温だ。いろいろと不都合の部分が大きすぎる。
明日にでも帰してもらえるなら何も問題ないけど、今日の待遇を見るにそれも怪しい気がしてきた。
「どうしたら良いのかな……」
「アイツ、オレ様たちを『客人』なんて言ってたのに。これが客に対する態度か?」
「アイツ?」
「ジャミルのヤツだ!朝になったら文句言ってやる!」
そういえばそんな事を言っていたな。
「……ちょっとおかしい気がする」
「ふな?」
「これだけ大きくて豪華な寮なのに、ゲストルームが無いとは思えない」
ナイトレイブンカレッジの各寮にはゲストルームが存在する。少なくともハーツラビュルとオクタヴィネルにはあると聞いた。校外実習に出ている四年生が滞在に利用するのが主な用途らしい。
各寮に四年生が存在する以上、彼らが滞在するための部屋は各寮に確保されていると考えるのが順当だろう。特にスカラビアはとびきり豪華で新しい建物だ。談話室も客人が来る事を想定しているであろう作りに見える。
ゲストルームに相当する部屋が『無い』とは考えにくい。
「今は満員なんじゃねえのか?」
「ホリデーの期間って僕の元の世界の行事に当てはめるなら、どんな仕事の人も休む期間なんだよ。だから、四年生も実習が無かったら実家に帰るはず」
「……それもそうだな……」
「でも、彼らはこの部屋に……寮生の個室の空き部屋に、迷わず僕たちを案内したよ。バイパー先輩に確認もせず」
「……アイツら、何か企んでやがるのか!?」
「わからない。でも、やっぱり無視は出来ないよ」
むむむ、とグリムが難しい顔になる。すぐに何か思いついた顔になった。
「そうだ、ユウ。学園長にすまほ?って便利なアイテムをもらったんだろ?それでアイツにスカラビアの事チクッてやるんだゾ!」
「あ、そっか。その手があった」
急いでスマホを取り出す。電池はまだ余裕がありそう。音が外に漏れないよう念のため布団を被り、スピーカー通話を学園長にかける。
元の世界でも聞き慣れたコール音の後、あの声が聞こえてきた。
『はい、クロウリーです』
「オイ、学園長!オメーがいない間に、こっちは大変な事になってんだゾ!」
グリムの訴えを無視して、音声は続ける。
『現在南の島でバカンス中……、……重要任務中につき、スマホの電源を切っております。ご用の方はピーッという音の後にメッセージを。気が向いたら折り返します。私、優しいので』
ピーッ、というこれまた元の世界で聞き慣れた電子音がした。
「コラアアアアアア!!オマエ、今バカンスって言ったんだゾ!?こういう時に連絡が取れないんじゃ意味ねーじゃねーか!!チクショー!本当にいい加減なヤツなんだゾ!」
小声で叫ぶという器用な事をやってのけたグリムに内心感動しつつ通話を切った。画面を続けて操作する。
「子分?何してるんだゾ?」
グリムには静かにするようジェスチャーで示した。通話録音のアプリを起動して再び学園長に電話をかける。今度はスピーカーにはしないでおいた。さっきと同じ音声が流れる。
「ナイトレイブンカレッジ一年A組の羽柴悠です。スカラビア寮にてトラブルが発生し、寮内に監禁されています。至急お戻りください。なお、この通話は録音させていただいております。ご了承ください」
通話を切る。マジカメの非公開投稿に録音を添付しておいた。何もしないよりはマシだろう。
「ちゃんと言った所で、どうせアイツは来ねえだろ」
「来ないなら来ないで、僕たちが助けを求めたという証拠は必要だからね。助けに来てくれたら消すよ」
「来なかったら?」
「さぁ?他の先生に聞いてもらうとか、先輩たちに渡すとか、使い道はいろいろあるよ」
「……久々に腹黒陰険メガネが出てるんだゾ……」
「即SNSに流さないだけ有り難いと思ってほしいくらいだけどね、個人的には」
グリムはSNSの存在があまりピンと来てないようで首を傾げている。まぁそこはいいや知らなくて。
「……やっぱ外部の助けをもらうのは難しいかな……」
「あ、エースとデュースにでも連絡しとくんだゾ」
「……そっか。あの二人から誰かに連絡してもらうのもアリか」
「アイツらじゃ何の役にも立たなそうだけど、とりあえずやるだけやってみるんだゾ」
厳しいコメントに苦笑しつつ、二人相手にメッセージを送る。
スカラビア寮に監禁されている事。学園長には連絡したけど期待薄な事。連絡手段がある事に気づかれていないのか問題視はされていないが、充電も出来ないし念のため電源は切って過ごす事。
あとは何を伝えるべきだろう、と考える頭の端っこで『こんなに気軽に助けを求めていいのだろうか』という疑問が浮かぶ。
意図していなかったとはいえ、バイパー先輩の問いかけに頷いてしまったのは自分だし。自力で脱出すれば意味のない救援要請なのに。
「ユウ?なに考え込んでんだ?」
「……連絡していいのかな、って思って」
「そりゃ、エーデュースが役に立つとは限らねえけどよ。無いよりマシだろ」
「それは……そうだけど……」
「ユウはあいつらに来てほしくねえのか?」
「……迷惑がかかるかなって。休み明けに気まずくなりそうで」
「そんな事を気にしてる場合じゃねえんだゾ!」
「でも……」
「うじうじ考えるな!今は身の安全が優先なんだゾ!」
グリムの言う通りだ。僕の考えている事は、余計な事だと思う。
もし彼らの助けが来る前に脱出が叶っても、礼を言って謝れば済む話だ。普通はそうだ。
解っている、けど。
「僕たちが被害者でも、最後には無事でも、それで良かったって言ってくれるかどうかなんて、その時まで分かったもんじゃないよ。友達でも、誰でも」
「……本当にどうしたんだゾ?」
「……何でもない」
とりあえず出来てる文章を送った。画面を見つめる。
『何かあったら遠慮なく連絡してこいよ』
デュースの声と一緒に二人の顔が浮かんだ。不安と心細い気持ちが、拒絶と戸惑いを押しのける。ほんの少しだけ、指が動いた。
『助けて』
送信ボタンを押す。無事に送れた事を確認して、画面をホームに戻した。電源を切ってポケットにしまう。
「……ひとまず寝よう。スマホの事は内緒にしてね」
「わかった」
ベッドの上を整えて横たわると、グリムが隣に潜り込んできた。胸にぐりぐりと頭を押しつけてくる。すぐ傍の温もりに不安が和らぐ。お礼を言うつもりで背中を撫でていると、いつの間にか眠りに落ちていた。