0:プロローグ



「グリム、頑張ってね」
「誰に言ってるんだ、オレ様は大魔法士になるんだゾ。これくらい楽勝だ!」
「なら良かった。頼りにしてるからね」
 グリムをエースに預けようとしたが、何故か離れようとしない。
「コイツと待つのはやだ」
「この期に及んでまだそういう事言う!?」
「じゃあ、万が一の時のゴースト対策としてついてきてもらおう。グリムの方が足速いし、おびき寄せられたら先に戻って二人に成功を知らせて、攻撃の準備でちょうどいいと思う」
「グリム様が子分を守ってやるんだゾ。ありがたく思え」
「ちゃんとやれよ、全く……」
 呆れ顔の二人に笑顔で手を振り、ランプを持って鉱山に入り込む。入り口からそう離れていない場所にランプをひっかけた。これは僕が化け物をおびき寄せた後逃げるための道しるべであり、魔法石を回収する段階ではデュースが拾って使う事になっている。
 更に奥へ進む。深まる闇を前に、耳を澄ました。何の音もしない。
「グリム、自分で耳ふさげる?」
 グリムはゆらゆらと青い炎が揺れる自分の耳を器用に塞いだ。グリムの姿が輪郭しか見えなくなった所で、坑道の奥に向き直る。大きく息を吸い腹に力を入れた。
「魔法石を貰いに来たぞウスノロバカマヌケーーーーーー!!!!!!」
 声が坑道内に響きわたる。
「石は僕らの物だ!良いシャンデリアに使ってやるから感謝しろ!人間様の役に立って石も幸せだねやったね!大事な石もちゃんと守れない無能のウスノロはお呼びじゃねーから引っ込んでなーーーーーーーー!!!!!!!!」
 反響が収まるのを待って、耳を澄ます。グリムも耳から前足を離したらしく、視界の端で炎が揺らめいた。
「……来た!」
 グリムが声を上げる。確かに、奥の方から何かを引きずる音が近づいてきた。
「グリム、先に戻ってて」
「しくじるなよ、子分!」
 グリムが元来た道を駆け抜けていく。音に耳を澄まし、あの不気味な呻き声が混ざってきたのを確認した。
「こっちだぞウスノロ!」
 後ろに下がりながら声を上げる。
「魔法石を貰いに来たぞ!」
 声の接近速度を測りながら後ずさり、闇に慣れた目が化け物の輪郭を捉えた所で走り出した。
『渡さぬ……渡サヌゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!』
 狙い通りに追いかけてきている事に安堵しつつ、目印めがけて走り続ける。完全に足音が消えないけどツルハシが当たらない距離を保って外を目指した。
 視界が開けて、鬱蒼とした森が見える。グリムとエースがにやりと笑っていた。
『待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』
 僕が外に出たのに続いて、化け物が坑道から飛び出してきた。両脇に控えたグリムとエースには目もくれず正面を駆け抜けようとする。
「ふなあああああ~~~~~~!!!!」
「おらよ!」
 グリムが火を吹くと同時に、エースがペンを振る。風は竜巻のように吹いて化け物にまとわりつき、青い炎を巻き込んだ。巨大な炎の竜巻が出来あがり、化け物はくぐもった声をあげ足を止める。両手を無茶苦茶に振り回して炎を払いのけようとしていた。
「へへーん、グリムのショボい火も、オレにかかればこの通り!」
「にゃにおう!」
「はい喧嘩するのは後!」
「デュース、今だ!」
 少し高い所に立っていたデュースに、エースが合図を送る。デュースは目を見開き、化け物に真っ直ぐペンを向けた。
「いでよ、大釜!!」
 高い所に登っていたのは万が一の飛び火を避けるためと、重い物で潰すイメージを手助けするため、らしい。
 実際に、出てきた大釜はエースを潰した物より更に大きかった。重量もあるようで、ズドンとこれまた大きな音を立てて化け物を押しつぶす。
 化け物が叫ぶ。叫んで暴れる。上に乗った大釜がガタガタ揺れていた。
「やべ、動けそうじゃん」
「急いで回収するぞ!」
『イシ……イジイイイイイ!!!!』
 駆け出すデュースに全員が続いた。壁に埋まった魔法石の欠片がきらめくのは綺麗だけど、ゆっくり眺められないのは残念。暗くて狭い通路を迷いなく進む。さっきまでと違って、恐怖よりも高揚感があった。ここまでは順調。
 奥まで進みつつ壁をランプで照らす。程なく魔法石を見つける事が出来た。間近で見ると、水晶の中の虹色はより鮮やかだった。その美しさにため息をつきそうなくらいだが、そんな暇はない。
「よし、戻ってくる前に引き返そう」
 デュースが手早く魔法石を掘り出し、懐に抱えた。誰もデュースの言葉に文句を言わない。そんな余裕はない。
 頑張った甲斐あって、化け物の気配を感じながらも中間地点に入り込めた。全員で息を潜めて、猛スピードで奥に向かっていく化け物をやり過ごす。顔を見合わせ笑ってから、遠ざかる声を背に入口に向かって走った。
 景色が開ければ、自然と呼吸も深くなる。
「やった、やったー!」
 子どものようにデュースがはしゃぎ、魔法石を抱えて地面を転がる。
「ガキじゃねえんだから……全く。あー。超疲れた」
「オレ様ももうへとへとなんだゾ~……」
 苦笑しながらエースもデュースの近くに座り込み、グリムも脱力して転がった。
「お疲れさま、みんな」
 とはいえ、帰るまでが遠足なので、ここで終わった気になるのはよくない。まだ帰らないといけないし、奥に自分たちがいなければ化け物が戻ってくるかもしれない。
 まぁでも少しくらい休憩はいるだろう。僕も座らせてもらおうかな、と思った瞬間だった。
 爆発したような轟音と共に、山の土壁が内側から吹っ飛んだ。ちょうど正面の地面に転がっていたデュースたちに、大小の土の塊や草が降り注ぐ。
『イシ………イシ……』
 もはや聞き慣れた声がした。坑道をぶち抜いて出てきたらしい化け物は、魔法石を抱えたデュースの真正面にいる。運の悪い事に、山肌に一番近い所にいたデュースは土塊の直撃を食らったのか動きが鈍い。その近くにいたエースやグリムも土埃で視界を奪われている。
 化け物はデュースにツルハシを振り上げた。考えるより早く足は勝手に動く。化け物に全力の体当たりをかました。切っ先は逸れ、デュースの真横の地面を抉る。
『ジャマヲォ……スルナァァァァァァァァァ!!!!』
 ランプの横振りを地面に伏せて避けた。ツルハシの追撃の前に転がり、素早く立ち上がって横腹を殴りつける。水を入れた袋を殴っているような感触で大した手応えは無いが、化け物は苦しげに呻いた気がした。
「ユウ、下がれ!」
 エースの声が聞こえて飛び退くと、グリムの放った火の玉がいくつも化け物に当たった。更に呻き声が大きくなる。
「特大いくゾ!」
「これでも食らえええ!!」
 グリムとエースが同時に叫ぶ。宣言通りの特大の火の玉が、風に煽られ大きく広がって化け物を包み込んだ。今度こそは悲鳴を上げる。
『ウォオォオオ……オオオ………!!』
 化け物の頭の瓶の割れ目から、黒い液体が溢れて地面を汚す。煤にまみれ震える身体で尚、化け物はデュースの持つ魔法石を睨んでいた。デュースはすでにダメージから立ち直っていて、険しい顔でペンを構える。
「潰せ、大釜ぁ!!!!」
 やはり巨大な釜が現れて、化け物を押しつぶした。ダメージも蓄積して効いているだろうに、それでも化け物はデュースに向かっていこうとする。
 デュースは何度も大釜を呼び出した。大小の差は多少あるが大きな釜が落ちて重なる度、化け物の動きは鈍っていく。最後の一つが頭部のインク瓶を叩き割ると、その動きが完全に止まった。求めるように伸ばした手は指先から黒い塵に変わり、ツルハシやランプまで跡形もなく消えていく。残された無数の大釜も、時間が経つと勝手に消え、残ったのは山肌に空いた大きな穴だけだった。頭部の瓶から溢れたはずの、インクの黒い染みさえ見当たらない。
「……やった……のか……」
「倒せた、あんな化け物を……!」
「オレ様たちの大勝利だ!」
 四人でハイタッチする。一瞬疑問符を浮かべて顔を見合わせたが、すぐに笑顔になり一斉に地面に寝っ転がった。
「もー無理だ。もうなんもでねえ」
「ホントそれ。……アイツが出てきた時、死ぬかと思ったぁ……」
「そうだ、ユウ」
「うん?」
「助けてくれてありがとう」
 デュースが照れくさそうに笑って言う。僕も笑顔を返した。
「どういたしまして。……無事で良かったよ」
「まさかあんな化け物に素手で殴りかかるなんてな。そりゃ一人で行くって言うよな」
「でも手応え無かったよ。ツルハシ逸らせたから良かったけど」
「そうか?呻いてるように見えたけど」
「何でもいいんだゾ、オレ様腹減っちまった……ん?」
 グリムが起きあがり、化け物が倒れた辺りを探り出した。僕もエースもデュースも顔を上げ、その様子を見守る。
「あった!この石から美味そうな匂いがするんだゾ!」
 そう言って掲げたのは、真っ黒な石だった。宝石のように直線的で滑らかな表面をしているけど、光を吸い込んでいるような印象さえ受ける黒さだった。ちょっと怖い感じがする。
「……どっからどう見ても石なんだが」
「いっただっきま~す」
「あ、ちょっと!」
 制止する声を無視して、グリムは黒い石を口の中に入れた。
「むぐ!?」
「ああ、ほら詰まったんじゃね?」
「吐き出せグリム!」
「ぺっしなさい、ぺっ!」
「……う、う、うんまぁい!!」
「……………へ?」
 うっとりとした表情で、グリムは玄人はだしの食レポを述べる。呆然とする僕たちをよそに、非常に幸せそうだ。思わず顔を見合わせる。
「どうしよう、あれ」
「まぁモンスターだから、僕たちと味覚が違うのかも」
「無理矢理にでも吐き出させた方が良いかなぁ」
「……ユウがやったら内蔵まで出ねえ?」
「大丈夫だよ、加減するし」
 僕が手を素振りすると、グリムがぎょっとした顔になった。
「お、オレ様は人間みたいに柔な胃袋してねえんだ!別になんともねえ!」
「本当に?おなか痛くなったらすぐ言うんだよ?」
 グリムは何回も頷いてみせる。……そんなに怯える事なくない?
「つか、オレも腹減ってきたわ。なんかない?」
「あるわけないだろ」
 エースに言われて、メイド服のポケットを探った。
「あー……粉々になってる」
「飴?」
「クルーウェル先生から貰ったウサギのキャンディ」
「あのクルーウェルが……飴を……?」
 袋は破れていないが、どこかでぶつけたらしい。もう原型を留めていないが、大きな塊がなんとか二つ残っている。
「まぁ、棒付きキャンディじゃ分けられないし」
「腹の足しにもなんねえけど……」
「ありがたくもらうよ」
 塊を二人に譲り、残りを袋を逆さにして口の中に放り込んだ。ゴミをポケットに押し込み、埃で汚れたメガネを外す。鏡は見ていないけど、髪もぐちゃぐちゃなんだろうな。エプロンでメガネを拭いてかけ直そうとした瞬間、エースに腕を掴まれた。
「な、なに?」
「……嘘だろ?」
「何が?」
「メガネで顔の印象が変わるって、漫画の中でしかありえないだろ!?」
 エースの驚愕に、デュースも頷いて同調している。グリムは見慣れているからかきょとんとしていた。
「なぁ、もしかしてやっぱり、女の子なの?」
「はあ!?」
「だって漫画とかじゃよくあるじゃん、事情があって男子校に女子が性別隠して入学する話」
「何言ってるんだオマエ、ユウはオスだぞ」
「ええっ!?」
 今度はデュースから驚きの声が上がった。思わずそちらを振り返る。
「ユウは、女じゃなかったのか……!?」
「ええー……?」
「女性だから入学できなくて、やむを得ず働いているのかとばかり……」
「お前、入学式の時の闇の鏡の話聞いてた?」
「……何て言ってたっけ」
「ダメだコイツ」
 エースが肩を竦める。グリムも呆れ顔だ。
「……なあ、ついでに訊いていい?」
「なに?」
「何で雑用係になってまで、ナイトレイブンカレッジに残ったの?手違いで来たって言っても、闇の鏡で帰されるだろ」
「……それが出来なかったんだよ」
 闇の鏡は僕の故郷を『この世界に無い』と言った。
 僕はツイステッドワンダーランドの事を何も知らない。もちろん、ナイトレイブンカレッジの事だって知らなかった。
 魔法の無い世界に育ち、魔法なんて使わず生きてきた僕に、適性なんてあるわけがない。
 頼る所のない境遇を哀れんで、学園長が下働きで生活しながら帰る手段を探す事を提案してくれた。黒い馬車が迎えに来て、制服を着せられていたのは事実なので、学園側の落ち度である可能性も否定できない、らしい。
 そんな経緯を説明すると、二人は沈んだ表情になっていた。
「大変だったな、ユウ」
「まぁ、ね。一度眠って夢じゃないって解っちゃったし、もうどうしようもないっていうか」
「オレ、めちゃくちゃヒドい事言ったんじゃん」
 エースの表情は一層暗い。なので全力の笑顔になって言った。
「うん、すっげぇムカついた!」
「おま、……いや許せとは言わないけど、言わないけどさぁ!」
「ていうか、ユウもボロックソに言い返してたんだゾ」
「そうそう。だからまぁ、今更気にしなくて良いよ。知らないのは仕方ないし」
「……悪かったよ、知らなかったとはいえ、意地悪言って」
 エースは本当に申し訳なさそうだった。心にひっかかってたものはとっくに取れてるけど、更にすっきりした気分になった。
「僕の方こそ、おつむが足りないとか性根が卑怯者とか言ってごめんね」
「本当に結構ヒドい事言ってるな……」
「訂正する。エースは賢くて優秀だから、きっと凄い魔法士になれるよ」
「そりゃどうも」
「あと、グレート・セブンの話も教えてくれてありがとう。お礼言ってなかったよね。凄くわかりやすくて面白かった!」
「その点はオレ様も同意だ!オレ様もいずれ、あそこに並ぶ大魔法士になってやる!って気持ちになったんだゾ!」
 グリムまで同調すると、エースはくすぐったそうに笑った。
「はいはい。……あーあ、こんなダサメガネをプリンセスだなんて、ゴーストたちもモーロクしてんなと思ったけど」
「プリンセスと言うよりは、ヒーローっぽいよな」
「どっちも柄じゃないけどね」
「口も悪いし怒るとコエーし」
「僕はただの一般市民です。これまでも、これからもね」
 魔法少女は正体を明かさないものさ、なんて内心で舌を出す。……いやまぁ、変身できないし戦う相手もいない今は、元・魔法少女だし、事情説明が同じ世界の住民相手ですら難しいんだから、異世界の人になんてしたくない。女装してた事もめちゃくちゃいじられそうだし。
 特別扱いなんてめんどくさいんだから、と思うけど、現在の境遇では説得力がない。
「さ、帰ろうぜ。魔法石を届けて、退学撤回してもらわねえと」
「ああ、急ごう!」



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