4:沙海に夢む星見の賢者



 談話室では既に夕食の準備が進められていた。というかほぼ終わっていた。
「オンボロ寮の二人はこっちに」
 寮生の案内に礼を言い、言われた通り隅っこの席に座る。今回は毒味は済んでいるらしく、寮生と揃って食べるようだ。
「ここは冷たい隙間風が吹き込むオンボロ寮と違って、まさに楽園なんだゾ」
 今日の夕飯を前にグリムはご機嫌だ。今日もスパイスの香る煮込み料理や焼き目が香ばしい肉料理、フルーツの混ざったカラフルなサラダなど美味しそうな料理が並んでいる。パンも焼きたてなのかいい匂いが漂ってきていた。
「カリムもいいヤツだし、オレ様ここの寮生になりてぇな~」
「……そう?」
「もちろん子分も一緒だゾ。ゴーストたちを連れてくるのもいいな。アイツらだって陰気くさいオンボロ寮より、こっちに来た方が楽しいに決まってる!」
 にゃはは、といつものように笑っている。
 確かにハーツラビュルのように規則でがんじがらめではないし、サバナクローのように弱肉強食社会でもない。オクタヴィネルのように労働の義務も無いし、アジーム先輩もバイパー先輩も面倒見は良さそう。
 僕が元の世界に帰っても、ここならグリムも寂しくないかもしれない。
 そんな事を考えていると、アジーム先輩とバイパー先輩が談話室に入ってきた。自然と寮生たちのお喋りが静まっていく。
「みんな揃ってるな?夕食の前に、寮長から寮生全員に話があるそうだ」
「あ、そっか。そういえばカリムのヤツ……居残り特訓はやめて、明日からスカラビアも冬休みにするって言ってたんだゾ」
 寮生たちがざわめく。昼間の談話室での発言を聞いていた生徒から話が回っているのか、みんなそわそわと落ち着かない。
「寮生の奴らは超喜ぶだろうけど、オレ様は美味いメシが冬休みの間食えなくなって残念なんだゾ~」
 実に身勝手なコメントに苦笑しつつ、グリムの口の前に指を差し出して静かにするよう促す。
「……この冬休み、オレたちスカラビアは自主的に寮に残り、毎日六時間自習をすると決定したが……オレは気づいた」
 いつになく真剣な様子のアジーム先輩が静かに語り、そして目を見開く。
「それじゃ、全然生ぬるい!!!!」
 一瞬、何を言われたのか理解が及ばなかった。室内には困惑と恐怖を囁く声が広がっていく。
「アイツ、さっきと言ってる事が全然違うんだゾ!?」
「寮生を家に帰すんじゃなかったのか!?」
 バイパー先輩でさえ困惑した顔でアジーム先輩に問いかけるが、アジーム先輩は無視して続けた。
「一日たった六時間で、他寮にとった遅れが挽回できるはずがない。他寮の二倍、いや、五倍の努力をしなければ成績最下位寮の汚名をそそげないと思え!」
 順当と言えば順当だけど、ただでさえ苦しんでいる寮生にとっては死刑宣告にも等しいだろう。
「明日からは毎日五時間の勉強と、四時間の実技訓練を全員の義務とする!」
「えぇ?毎日九時間も修行させる気か?」
「今日の夕食後は、防衛魔法の特訓を行う!さっさと食って準備をしろ」
 寮生たちが声を揃えて返事する。そのままアジーム先輩の視線はこちらを向いた。
「スカラビアに来たからには、ユウとグリムも強制参加だ!」
「えぇ、なんでオレ様たちまで!?」
「口答えは許さん!いいな!!」
 きっぱりと言い切って睨みつける。さっきまでと違う殺気立った表情に気圧され、グリムは口をつぐんだ。それをどう捉えたのか、アジーム先輩はそれ以上は何も言わず食事を始める。
 ……なんだか変な事になってきた。
「い、いったいどうなってるんだ……?」
「今は大人しくしといた方がいいのかもね」
 呟いた瞬間に、ぎろりとアジーム先輩の視線がこちらを向いた。グリムは慌てて食事に戻る。僕も素知らぬ顔で食事をしつつ、寮生たちを見渡した。誰も彼もグリムと同じように何も話さず、楽しくなさそうに食事を進めている。アジーム先輩もバイパー先輩も何も言わない。
 これ以上ここにいたらまずいというか、イヤな予感がするんだけど、あのアジーム先輩は何をしでかすか分からない雰囲気がある。相手は王族レベルの大富豪。不興を買ったら金の力でオンボロ寮をひねりつぶすぐらいは簡単に出来るだろう。あの学園長が守ってくれるとは到底思えない。
 今はひとまず従って様子を見るしかない、と脳内で結論を出し、味だけは美味しい食事を胃袋に詰め込む事に集中した。

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