4:沙海に夢む星見の賢者
アジーム先輩に案内された部屋に入り絶句する。
居住空間より遙かに天井が高い部屋に、黄金が山と積まれていた。人の背丈の何倍もある金貨の山が部屋のそこかしこに出来ている。金貨の山の合間には黄金で出来た瓶や見るからに高価そうな陶磁器などが無造作に埋まっていた。部屋中の照明の光を反射して眩しい。
「どひゃー!なんだここ!?ギラギラのお宝がいっぱいなんだゾ!」
「ここにあるものは全部、家を出る時にとーちゃんが持たせてくれたんだ」
なぜ学校の寮に入るのにこんな金銀財宝が必要になるんだ。金持ちだからって常識忘れすぎだろ。
「でも寮の部屋に入りきらなくてなぁ~。こうして物置に全部置かせてもらってんだ」
「物置じゃなくて、もはや宝物庫なんだゾ!」
「おお、難しい言葉知ってるな、グリム。偉いぞ!」
部屋の隅に注目してみると、確かにギラギラしたこの部屋に似つかわしくない地味な箱がいくつか置かれている。アレが多分、物置の本来の住人なのだろう。本来の主のはずなのに所在なさげで、いっそ哀愁が漂っていた。
「で、この中でもオレが一番気に入ってるのが……アレ?どこいった?」
アイツたまに勝手にひとりで移動するんだよなぁ、などと言いながらアジーム先輩は物置の中を歩き始めた。
こんな所にブッチ先輩を放ったら大変な事になりそう。というか、寮生よく正気でいられるなぁ……いやそんな気軽に窃盗働きたい相手じゃないだろうけど。
ふと気づけば、近くにいたはずのグリムがいない。しまった、と思い周囲の気配を探った。グリムは妙に俗っぽいところがあって金銭にも興味があるから、こんな山盛りのお宝を目の前にして悪さしないワケがない。
「ほぎゃぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!!!」
焦る中、グリムの悲鳴が物置内に響きわたった。黄金の山の陰から飛び出してきたグリムが、僕に駆け寄ってきてしがみつく。
「グリム、どうしたの!?」
「じ、じじじじ、絨毯が勝手に動いてる!ゴーストが取り憑いた呪いの絨毯だゾ!!」
グリムが指さした先で何かが動いた。金貨の山の向こうで房飾りが揺れる。そこから独特の模様の絨毯がするりと飛び出してきた。立ちはだかるように広がり、こちらを、というかグリムを見下ろしているらしい。グリムは怯えて僕の身体に爪を立てていた。
「おっ、そこにいたのか。いつもの場所で丸まっててくれよ」
アジーム先輩の声に絨毯は振り返る。四隅の房飾りは嬉しそうに揺れていた。
「ソイツは一体なんなんだゾ!?」
「これは熱砂の国に伝わる伝説のお宝『魔法の絨毯』だ!」
魔法の絨毯はしゃきんと広がり胸を張るように反った。誇らしげだ。
「かつて砂漠の魔術師が仕えた王が愛した空飛ぶ魔法の絨毯。コイツはそのレプリカらしい。ウチに代々伝わる家宝なんだ」
絨毯は頷くように折れては伸びる。生きてるみたいな動きだ。いや生きてるのかもしれないけど。
「空飛ぶって……箒みたいに絨毯が空を飛ぶって?」
「そう。話すより乗ってみた方が早い。もうすぐ日暮れだし、夜空の散歩と洒落込もうぜ!」
アジーム先輩の声に応えて、絨毯は床と平行に広がった。軽やかに乗り込んだ先輩は僕たちに手招きしてくる。
「えぇ?コレ、本当に落ちたりとかしねぇのか?」
「大丈夫だって。オレを信じろ」
しがみついていたグリムを絨毯の上に下ろすと、アジーム先輩が抱き上げて膝の上に乗せた。文句のひとつも出るんじゃないかと冷や冷やしたが、絨毯への不安が上回っているらしく固まっている。
「ユウも」
手を差し出され、おそるおそる足をかける。一瞬沈んだような気はしたけど、落ちてしまう事はない。どうにか先輩の後ろに座ったけど、布一枚隔てたすぐ下に空間があるのを感じられるのが若干怖かった。
「さあ行くぞ、それっ!」
先輩の号令で絨毯が上に向かって動き出す。思わず先輩の服を掴んだけど、重力は確かに感じるのに落ちてしまうような事はない。金貨の山の間をくるくると回りながらなだらかに上昇を続け、上方に作られた窓から外に飛び出した。
果ての見えない砂漠に、群青の夜が近づいている。地平線の燃えるような赤は少しずつ沈んでいて、境界は薄青に照らされていた。
元の世界と同じなのに違う、日暮れの景色。
どんどん高度が上がっていく。肌寒さすら感じ始めた。ジャケット持ってきててよかった。
「本当に空を飛んでるんだゾ!高さで目が眩みそうだ!寮がもうあんなに小さい!」
グリムのはしゃぐ声が聞こえた。下を見ると確かに目眩がしそう。思わず目をそらすように前を見ればちょうど雲を突き抜ける所だった。
暗い青の世界に、無数の星がちりばめられている。元の世界、少なくとも僕の暮らしていた街では見られない、視界いっぱいの星空だ。冷えた空気が肺を通り、冴えた感覚が身体を突き抜ける。
「どうだ、雲の上は別世界だろ?」
「……宝石箱みたいな星空ですね」
「あははっ、気に入ったか?」
「はい、とても」
「最高なんだゾ~!」
僕たちの答えに満足したのか、先輩は上機嫌で笑っている。
「空を自由に飛び回るのっていいよな。小さい悩みなんか全部どうでもよくなる」
その目はどこか遠くを見ていた。
「ジャミルにはいつも『お前は色々気にしなさすぎだ』って言われるけど、アイツも、もう少し気楽に生きればいいのにな……」
ぽつりと呟いた声は、本当に心配しているように感じられた。
主人が自由すぎるから従者が神経質になるのか、従者が神経質すぎるから主人が自由になるのか、因果関係はよくわからないけども。
彼なりに、幼なじみを大切には思っているようだ。それが正しく伝わっているかは分からないけど。
「ふなっ!あっちの川の上、見たことない鳥が飛んでるんだゾ!」
「おっ、本当だ。よし、見に行ってみるか!」
アジーム先輩の声に応えて、魔法の絨毯は旋回しながら高度を落とす。鳥と並んで空を飛ぶなんて初めての事だ。鳥たちは驚いた様子で、慌てて隊列を崩し別の方向に飛び去っていく。
その後もアジーム先輩が絨毯を縦横無尽に操り、広大な砂漠の景色を堪能して宝物庫に戻った。グリムは怯えていた事など忘れたように目を輝かせている。
「はぁ~~!!本当に楽しかったんだゾ!」
「喜んでもらえてよかった」
「ありがとうございました」
アジーム先輩に言うと同時に、絨毯にも頭を下げる。絨毯も真似するように上の方を折って応えてくれた。かわいい。
「なんだかんだあっという間に夕餉の時間だな」
「カリム!やっと戻ってきたな」
宝物庫を出た所で、バイパー先輩が駆け寄ってきた。真剣な表情でアジーム先輩を見ている。
「夕食の前に確認しておきたい事がある。来てくれないか」
「ああ、わかった」
アジーム先輩は快く応じて、僕たちに先に談話室に戻っているように言った。一礼すると、気にするなと言うように手を振ってくれる。二人の背中が角に消えていくのを見届けてから、談話室に向かって歩き出した。