4:沙海に夢む星見の賢者
「結局、休みに入っても親御さんの所に帰れてないんだな……」
ぽつりとデュースが呟く。
努めて明るい表情を作った。
「まぁ、親も仕事で帰ってこれないとか多かったから。この年齢になって嘆き悲しむような事でもないよ」
「そっか。前に仕事で家にいないっつってたもんな」
「なぁ、ユウの家族ってどんなヤツらなんだ?」
「どんな、って……」
……改めて聞かれると困るな。
「うーん。普通の家庭だと思うけど……」
「ユウって一人っ子?」
「ううん、双子」
「双子!?」
「言ってなかったっけ?双子の姉がいるんだけど。今はダンスの勉強で海外に行ってる」
「じゃあ、ユウと同じ顔した女の子が異世界にいるって事!?」
「あ、顔は似てないよ。身内の欲目込みで美人だとは思うけど」
エーデュースは驚いた顔で僕を見ている。女兄弟がいそうには見えなかったらしい。
「え、ど、どんな感じなの?めっちゃ気になる」
「あー……んー……えっとね、僕に比べると気が強くて、曲がった事が嫌いなタイプ……かな……」
「……凄く言いづらそうだな」
「子分より気が強いって、相当なんだゾ」
「うん、まぁ……そうだね。あと派手好きかな……いじめっ子を真冬のプールに突き落としたり、覗きを窓から逆さ吊りにしたり……」
「それ派手好きって紹介していい内容?」
「僕は三倍返しくらいで満足するけど、怜ちゃんは何ていうか……可能な限りの報復するタイプなんだよね……」
「子分のいた異世界、魔法が無いだけで相当やべー所じゃねえか?」
「そんな事は無い……と思う……」
双子の姉である怜が破天荒なのは昔からだ。
いじめがあれば首謀者も取り巻きも心が折れるまで虐げるし、教師が心ない言葉を吐けば保護者どころか自治体まで巻き込む大事にするし、電車の中で痴漢されれば犯人の指を逆に曲げた上で警察に突き出すし。
正義感が強い、という点があるからまだ受け入れる人もいるものの、一歩間違えば多くの人から疎まれかねないキャラなのは間違いない。というか、昔から『出来れば関わりたくない奴』みたいな扱いだったと思う。首根っこ掴んで引きずり回されてる僕を見て哀れむ人も少なからずいた。
まぁ、いつしか『羽柴怜の弟』という感じで僕もまとめて遠巻きにされるようになったので、哀れみとは勝手な感情だなぁとしみじみ思うこともある。
「もしかしてその、リョウちゃん?も格闘技やってんの?」
「うん。足技系が得意かな。点で来るから防ぎ損ねるとめちゃくちゃ痛い」
「凄い姉弟だな……」
「揃って攻撃力高すぎでしょ……」
「根は優しくて面倒見も良いんだけどね。僕より成績も良いし」
「弟から見た欠点は?」
「他人の目をあまりに気にしなさすぎるのと、男友達まで威嚇する重度のブラコン」
僕に友達が少ないのは、言いたくないけど、これも原因の一部だと思うんだよなぁ。僕自身があまり社交的でない、というのが一番の原因だろうけど。
姉は昔から双子の片割れである僕に強く固執していて、一時期はそれが酷くなって誰彼構わず喧嘩売ってるみたいになってた。中学ぐらいから少しずつ落ち着いていったけど。
あと恋愛経験の乏しさも多分姉の影響だな。中学の頃には姉の脅威が知れ渡りすぎて、同じクラスの生徒と仲良くなる事すらハードルが高かった。というか無理だった。
今の比較的しゃべる友達はみんな恋人がいるか片思い中で僕が眼中に入る事はない。……全員癖が強いから入りたくもないけど。
「最初は見てみたい、って思ったけど、今は絶対に遭いたくないわ……」
「同感だ。女性から威嚇されるのはちょっと……」
「オマエ、元の世界に帰らない方がいいんじゃねえか?」
「どん引きされるのは理解できるけど、それでも僕にとっては大事な家族だから」
「そんなキッツイお姉さんがいたら、好みのタイプが清楚なほんわか系っていうのも納得ッスね」
横から聞こえてきた声に驚いて思わず飛び退いた。
僕の反応を見て、大荷物を抱えたブッチ先輩がいつものように笑う。
「ブッチ先輩、いつからそこに?」
「鏡の順番待ちしてたら会話が聞こえてきたもんで。深い意味は無いッスよ?」
「つか、すげー大荷物っすね」
「これッスか?大食堂と購買部の消費期限切れそうな食材、全部貰ってきたんスよ」
その手があったか!と言いたくなった気持ちをぐっと抑える。学園長が食料を確保してくれると約束した今は関係ない。
「長期休暇に入る時は、毎回タダ同然でくれるんで」
「でも、そんなに食いきれないでしょ」
「なーに言ってんスか。これっぽっちの量、近所の悪ガキどもに食わせたらあっちゅー間になくなるッスよ」
近所の悪ガキ?と疑問が浮かぶが補足は無い。
「ばあちゃんにもホリデーくらい腹一杯食わせてやらなきゃ。おっと、冷凍食品が溶けちまう。んじゃ、また来年ッスー!」
ブッチ先輩は早々に話を切り上げて鏡に向かっていった。下手したら先輩より荷物の方が大きい気がする。……うっかり手を離すなんて絶対ないんだろうな、あの人。
「行ってしまった……それにしても、近所の悪ガキども……って?」
「ラギー先輩の地元は貧しい暮らしをしている家庭が多いらしい」
揃って首を傾げていると、後ろからジャックの声が聞こえた。
「だから長期休暇の度にたくさん食べ物を持って帰って近所の子どもにも食わせてやってるんだと」
振り返ると、ジャックは帰省の荷物の他にサボテンの植木鉢を抱えていた。スーツケースの上にひっついてる箱も、透明な蓋から透けて見えてる中身は植木鉢っぽい。
「お前もなんで植木鉢抱えてんの?」
「そっちの箱もサボテン?」
「植木屋でも始める気?」
「これは趣味で育ててるサボテンだ。休暇中に水やりしなかったら枯れちまうだろうが。……って、お、俺の事はいいんだよ!」
ジャックが恥ずかしそうに視線を外す。
サボテンって世話しなくても良いイメージだけど、ジャックは真面目だからなぁ。水やりの周期とか細かく管理してそう。
「それにしてもラギーのヤツ、赤の他人にメシを分けてやろうなんて意外といいヤツなんだゾ」
「捕らえた獲物は弱者にも分け隔てなく与える。それがハイエナだ。ラギー先輩もそうやって育ってきたんだろ」
「だからかぁ」
ブッチ先輩の面倒見が良いのは、育った環境の影響が大きそうだ。キングスカラー先輩だけじゃなく、寮生たちの事もちゃんと見てるみたいだし。実質サバナクローの副寮長みたいなもんだよなぁ。
役職を持たないのはまぁ、いろいろ都合とかあるんだろうけど。
「ガキを何人も集めて炊き出しなんて考えただけでゾッとする」
更に横から人が増える。溜息混じりの低い声が心底うんざりした感じで呟いた。
「一人いるだけでうるさくてかなわねぇってのに」
「あれ、レオナ先輩……ご実家には戻られないんですか?」
「だったら良かったんだがな」
ジャックが首を傾げて尋ねると、気怠げにキングスカラー先輩は応えた。
「帰らないと後からゴチャゴチャうるせぇから、帰る」
「でも、手ぶらッスよね?」
「あ?財布とスマホがありゃいいだろ。私服は実家に置きっぱなしだし」
「コイツはコイツで極端なんだゾ」
「宿題すら持って帰らない開き直りっぷり……」
「宿題なんか休みが明けてからやりゃいいんだよ。ホリデーは休むのが主旨だろ?」
呆れ顔の後輩の視線もものともしない。
……まぁ事実として、この人なら学校に戻ってからやっても間に合うんだろうな。一応頭は良いわけだし。朝顔の観察日記みたいな、毎日やらないといけない課題もないし。
キングスカラー先輩がこちらを見る。表情を変えないように頑張った。
「その様子じゃ、元の世界に帰る方法はまだ見つかってないようだな」
「おかげさまで。学園長が南の方まで調査に向かってくださるそうですけど」
「そりゃあ気の毒に」
意地の悪い笑みを浮かべて顔を近づけてくる。
「お前も来るか?」
「は?」
「どうせ暇だろ?」
「いえいえ、学園長にお仕事を任されてますから」
「毎日暖炉に薪をくべるだけで、ホリデーはごちそう食べ放題なんだゾ!」
胸を張るグリムを、先輩は鼻で笑う。
「俺の所に来るなら、『ご馳走』くらい幾らでも用意させるが」
「ふなっ!」
「働く必要もない。気候もここいらに比べれば温暖で過ごしやすい。楽しいホリデーを過ごさせてやるよ」
「そ、それは……魅力的なんだゾ」
「グリム、学園長のお願い断ったら学校にいられなくなっちゃうかもしれないんだよ!」
「今更それぐらいで退学になんかされねえよ」
妙に確信を持ってる感じで言われた。なんなのその根拠のない自信。
「それに仕事はゴーストに任せれば良い話だろう?お前らを熱心に助けてくれるゴーストがいるんだから」
分かりやすく魅力的な内容にグリムがぐらついている。
ヤバい。非常にヤバい。
もしついていったら外堀を埋められる。いや連れていかれたぐらいでそこまでいかないかもしれないけど、でも相手が相手だ。警戒するに越した事はない。
王子様の恋人候補みたいな扱い受けるなんて嫌だ。すんごい嫌だ。こんな状況で次に迫られたらぐらつきそうな自分も嫌だ。
「ユウ、オンボロ寮に残るより、レオナについてった方が良いんじゃねえか?」
「良くない。何も良くない!」
「毛玉がこっちに来るなら、お前も来ないとだよなァ、監督生?」
「そ、それは、えっと……」
何とかして言い訳しないと、せめてグリムは説得しないと、と無い知恵を巡らせていると、背後からヒールの音が近づいてきた。花の香りと共に誰かの腕に後ろから抱き寄せられる。
「後輩相手に何してるのよ」
頭上から聞こえてきたのはシェーンハイト先輩の声だ。キングスカラー先輩の表情が一気に不機嫌になる。
「お御脚麗しいモデル様のお出ましか」
「あら、いきなり不機嫌になるじゃない。アタシが鏡の間に来たら不都合な事でもあるのかしら?」
空中に火花が見えるような、体感温度がちょっと下がったような、生きた心地がしない空間が出来つつある。なんか周囲も遠巻きにしてるし。
キングスカラー先輩はしばらく睨みあった後、僕を一瞥して殺気を引っ込めた。舌打ちして背を向ける。
「じゃあな、草食動物ども」
「あ、えと……お気をつけて」
応えるように背を向けたままひらひらと手を振って、鏡の方に歩いていく。その姿が鏡の向こうに消えてやっと、シェーンハイト先輩は腕を解いた。
「あ、あの、ありがとうござ」
「だからあの男に隙を見せるなって言ってるでしょうが!」
「ぴゃああぁぁぁごめんなさい!!!!」
頭を掴んで締められる。相変わらず握力がお強い。とても痛い。
「ヴィル先輩、お疲れさまです」
「あらジャック。……植木屋でも始めるの?」
「これは自分が趣味で育ててるサボテンです。ホリデーの間の世話があるんで。……先輩も荷物少ないッスね」
ジャックが意外そうな声で言う。確かに引っ張ってるのは膝下より小さいスーツケースだ。衣装持ちだろうし、美容関係のものを持ち歩いてそうなイメージの人だから、確かに意外と言えば意外。
「荷物はほとんど滞在先のホテルに送ってるから。本当に持ち歩いておく必要があるものに絞ってるの」
「帰省じゃないんですか?」
「ホリデーの期間はイベント出演の予定もあるし、まとめて撮影のスケジュールが取れるのもこの期間しかない。ほとんど家には戻れないわね」
「……ご家族にも会われないんですか?」
「ええ、父も撮影で世界中飛び回ってて、現在地はあまり知らせてくれないし。勿論、予定が合って時間があれば一緒に過ごすわ」
「……プロ、って感じですね……凄い……」
シェーンハイト先輩は意外そうな顔をして、少し意地悪く笑う。
「薄情だとか言わないのね?」
「だって、先輩も先輩のお父さんも、それぞれの仕事を誇りに思ってて、お互いにその姿勢を信頼してるって事じゃないんですか?薄情どころか、絆があるんだな、凄いな、って思います、けど」
話してる間に先輩の表情は優しい笑顔に変わっていた。自分では言葉でうまく形容できない、完璧で美しい笑顔。真正面から見てると緊張で息が詰まる。
「アンタって、鈍感そうなのに意外と察しが良いのね」
「ほ、褒めてます!?」
「褒めてるわよ。……素直に眼鏡も外してくれればいいのに」
頭を撫でて、髪を梳いて、頬をつついていく。優しい笑顔のままで。
「このまま付き人として連れ回してもっと磨いてあげたいけど、レオナの邪魔をした手前、そういう事は出来ないわね」
ちょっと困った感じで言って、くるりと踵を返す。
「アタシもそろそろ行くわ。良いホリデーを」
「は、はい。先輩も、良いホリデーを!」
慌てて返す僕を見て目を細める。小さく手を振って、先輩は鏡に消えていった。
しばらく鏡を見つめてしまう。両肩に重みが乗っかった。
「お疲れ、ユウ」
右肩に腕を乗せたエースが言う。
「その、頑張れよ、ユウ」
左肩に手を置いたデュースが呟く。
「なになになに何なのこの空気!?」
「いや……正直サバナクローの連中が勝手に盛り上がってるだけだと思ってたんだけど……めちゃくちゃ口説かれてたじゃん」
「シェーンハイト先輩が間に入ってくれて助かった。僕たちじゃ勝てる気がしなかった」
こっちもいっぱいいっぱいで気づかなかったけど、一応助けてくれようとはしてくれてたんだ。それは純粋に嬉しい。
しかし僕の気も知らず、グリムはちょっと不満げだ。
「もうちょっとで何もせずにごちそう食べ放題だったのに……」
「お前はもうちょいユウの立場を考えてやれよ」
「そうだな。学園長の頼み事を無視したなんて、オンボロ寮の存続にも響きそうだし」
「ちぇー」
ふとジャックを見ると、難しい顔で何やら考え込んでいた。
「ジャック、どうかした?」
「……いや、……聞きそびれてたが、ヴィル先輩とはいつから知り合いなんだ?」
思わず首を傾げる。
「なんで?」
「接点無いだろ。試験前にランニングで一緒になった時は既に知り合いっぽかったし」
「あー……えー……いつだったかな。確か、中庭かなんかで声かけられたんだよね。『意味のないメガネなんて外せ』って文句言われた」
「そういえばそんな事を前に言ってたな」
「確かにもったいねーもんな。いきなりオーラ消えるんだもん」
「オーラってなに」
「美少女オーラ」
「何だそれ?」
「言わんとする事は解らなくはないけど言い方よ」
「…………そういう事か」
ジャックがぼそっと呟いた。全員で顔を見たが、何も言わない。しばらく唸っていたかと思うと首を横に振った。
「いや、俺は中立の立場を守る!どっちの味方もしねえ!!」
「何の話?」
「何でもない。気にしないでくれ」
「そう言われたら余計に気になりますが」
「気にしないでくれ」
「っていうかさぁ、そう言うジャックもヴィル先輩と親しげじゃなかった?」
「俺とヴィル先輩は同郷だ」
「同郷……幼なじみ、って事?」
ジャックが頷く。
「え、じゃあジャックって夕焼けの草原が地元じゃないんだ!?」
「俺は輝石の国だ」
「うええ、意外……」
獣人属の生徒は夕焼けの草原という所の出身が多い、らしい。キングスカラー先輩はそこの第二王子との事。
基本的に学校から出ないから、どこも授業で地名を聞いた、程度の認識しかない。みんなには当たり前だけど、それ以上の知識がある。
ちょっと疎外感を感じつつ、みんなの会話の様子を見守っていた。
「改めて話してみると、みんないろんな所から来てるんだな」
「そーね。さすが名門」
「宿題サボる王子様もいるけどね」
「真面目にやりゃなんでもやれる実力がありながら、なんでやらねぇんだあの人は……」
ジャックが何度目か知れない心底から呆れた溜息をつく。何とも言えず苦笑を返した。
「俺はキッチリ終わらせてくるぜ。お前らもサボるんじゃねえぞ」
「出た、真面目クン。はいはい、また来年なー」
植木鉢を持った大柄な少年を見送る。