4:沙海に夢む星見の賢者
意識が覚醒していく。頬を撫でる冷たい空気と布団の暖かさ。いつまでもここに寝ていたいけど、そうはいかない現実があった。悲しい。
……気のせいかも知れないけど、ここに来てから変な夢を見る事が多くなった、ような気がする。ひとつひとつを細かくは覚えていないけど、妙に見覚えがあるような、自分の置かれた状況に沿うような、不思議な夢。登場人物も見た事あるような全く見ていないような、不思議としか言えない既視感があった。説明するのも難しい。
『おやユウ、寝ぼけた顔してどうした?』
『まるであの世でも見てきたみたいな顔じゃないか~』
「……ちょっと変な夢を見ただけだよ」
おはよう、といつものように挨拶をすれば、ゴーストのみんなからも挨拶が返ってくる。当たり前の顔で隣に丸まっているグリムを揺さぶって起こした。
『今日は秋学期の締め括りの日じゃ。最後に大ポカやらかさんように気を引き締めていくんじゃぞ』
「さすがにもう何事も無いと思うけどなぁ」
着替えながら雑談に興じる。もうすっかり慣れた光景だ。ゴーストたちが寝ぼけ眼のグリムをつついて、グリムがそれに怒ってやっと起きるのもいつもの事。
『明日から学園はウィンターホリデーだ。ユウたちはどうやって過ごすか決めたかい?』
「んん?『うぃんたーほりでー』ってなんなんだゾ?」
『冬の長期休暇の事さ。ほとんどの生徒は実家に戻って年越しを家族と祝うんだ。ご馳走を囲んでねぇ』
「ふなっ!?ごちそう!?」
『そうとも。ローストターキーにケーキにジンジャーブレッドハウス……ま、わしらは食べられんがのぅ』
目を丸くしたグリムに、ゴーストたちが親切に説明してくれる。もっとも、グリムの頭はホリデーよりご馳走って言葉でいっぱいのようだけど。
日本で言うところの冬休み、なんだろうな。もう少し期間は長いようだけど。
ここに来て三ヶ月。異世界で年越しっていうのもなかなか嬉しくない。いったいいつになったら戻れるんだろう。
『ゴーストの中にも、あの世へ戻って家族と過ごすヤツもいるんだ』
『そのままこっちに戻ってこないヤツもいるけどね~』
それは成仏っていうヤツじゃないの……?と思いつつ着替えを終える。
「ごちそうを食べながら家族と過ごす……」
「そういえば、グリムの家族は?」
「オレ様の家族……?」
尋ねられてグリムは首を傾げる。珍しく考え込んでいた。
「うーん、よく覚えてねぇんだゾ。気がついたら一人で腹減らしてた気がする。すげー寒くて、ずっと誰かが迎えにくるのを待ってたような……」
そういえば、グリム自身の事を聞くのは初めてかもしれない。
ここに来る前の事、僕は何も知らない。
モンスター、というからにはただの動物とは違うのだろうけど、言葉を話せる理由も魔法士を目指す詳しい理由も、何も知らない。
グリムの語った過去は、寂しい情景を思い起こさせた。グリムが頑なに自室で寝たがらないのは、この辺りが関係しているのかもしれない。……断りづらくなったなぁ。
「……それで、その後どうしたんだっけ?よく思い出せねぇな……」
グリムが考え込んでいたのは短い時間だった。いつもの明るい笑顔に変わる。
「まっ、オレ様は過去は振り返らねぇ主義なんだゾ!過去より未来!なにせもうすぐリッチな大魔法士になるんだからな!がっはっは!」
前向きな言葉は彼らしいと思うと同時に、僕の心もちょっと抉った。
僕も記憶が無ければ、なんて思いかけて必死で頭から追い出す。覚えているからこそ出来る事だって沢山ある。過去の経験が今の僕を支えた事だって、ここに来てから一度や二度じゃない。気軽に感傷に流されるべきではないだろう。
ゴーストたちはグリムの健気な前向きさに心を打たれた様子で、実体の無い身を寄せる。
『グリ坊も苦労してたんだなぁ……』
『今年のホリデーは、わしらと暖炉を囲んで過ごそうじゃぁないか』
「にゃっはー!ごちそうが食える!ホリデーが楽しみなんだゾ!」
グリムはすっかりいつもの調子を取り戻し、元気な顔で言った。
……ご馳走かぁ。……学園長どうにかしてくれるかなぁ。