3:探究者の海底洞窟




 秋学期の最終日を明日に控え、生徒たちは浮ついていた。
 授業が一区切りと思うといろいろと思う所もあるのだろう。そんな放課後の学校内を慣れないルートで歩き、普段は入らない教室の扉を開く。
「あ、ハシバ氏じゃん。おっすおっす」
「こんにちは、ゲーム返しに来ました」
 こちらが見つける前にシュラウド先輩に挨拶され、返した瞬間にドンガラガッシャン、と大変な音が響いた。
 アーシェングロット先輩が驚いた顔で床にひっくり返っている。どうやらシュラウド先輩の正面に座って、チェスで対戦していたらしい。
「アズール氏、どったの?」
「アーシェングロット先輩、大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫です」
 ズレたチェスの駒がシュラウド先輩の手で戻されていく中、アーシェングロット先輩は生まれたての子鹿並みに足を震わせていた。肩を貸して椅子に座らせる。
「ゆ、ユウさんはどうしてこちらに?」
「ゲームを返しに来たんです。友達が遊びに来る時にやりたくて、ボードゲーム部の備品をお借りしたので」
「マジカルライフゲーム、どうでしたかな?」
「何とか二位で勝ちましたよー。故郷でも似たようなゲームで遊んだ事ありましたけど、やっぱ面白いですよねー。先輩とも今度遊びたいです」
「ええ……ハーツラビュルの陽キャとやるのはちょっと……いかにもパリピで怖いですし……」
「そうですか?エースとか空気読める方だし、デュースは陰とか陽とか以前の問題だと思いますけど」
「あの……」
 アーシェングロット先輩が、いつになくおずおずと声をかけてくる。シュラウド先輩が首を傾げた。
「さっきからどうかした?」
「お二人は……仲がいいんですか……?」
「仲がいいっていうか……」
「拙者はグリム氏をもふもふするためのパイプ役と関係を維持しているだけ、つまり我々の関係は利害のみ、ビジネスパートナー的なものですな」
「何かと先輩に助けていただく機会が多くて。お礼と言って僕たちが出来る事も少ないですし、グリムをもふもふするだけで良いなら安上がりなので助かってます」
「何かと、って?」
「友達とはぐれた時に連絡してもらったり、試験勉強のための過去問を印刷してくれたり。それこそ、アーシェングロット先輩との契約の時も、助言と差し入れ頂きましたし」
 フヒヒ、とシュラウド先輩が笑う。
「後方腕組み軍師面って一度やってみたかったもんで。アズール氏に悪いから、そこまで助言はしてないけどね」
「アレで諦めるなって言ってもらえて持ち直したんで、僕的には凄く助かりましたけど」
「それはそれは、光栄ですなぁ」
 シュラウド先輩に引き連れられて、返却の手続きをする。
「ハシバ氏居残り組?ホリデー期間中の分も何か借りてく?」
「んー、今回は大丈夫です。長々借りてると無くしちゃいそうで怖いですし」
「おけ」
 元の席に戻るとアーシェングロット先輩が頭を抱えていた。
「アズール氏マジでどしたん?話聞こか?」
「こんなの聞いてない……ライバルは一年二人とレオナさんだけじゃなかったのか……!!!!」
「もしもーし、アズール氏?壊れた?」
「いいえ、ここから挽回します!勝ってみせる!!」
「いきなりやる気で草」
「どっちが勝ってるんですかこれ」
「拙者。まあまだわからんけどね」
 アーシェングロット先輩がチェス盤に向き直る。
 ……そういえば、キングスカラー先輩の部屋にもチェス盤あった気がする。あの人もやるのか。片づけてあったって事はインテリアとしてじゃないもんな。
 この二人と競ったら誰が一番強いんだろう。別に見たくはないけど。リクエストしたら後が怖いから。
「アーシェングロット先輩、頑張ってください」
「頑張ります!!!!!!」
「うるさくて草」


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