3:探究者の海底洞窟
『オンボロ寮のハシバユウさん、お届け物で~す』
夕食から戻った時に、宅配仕事のゴーストが訪ねてきた。抱えていたのは小さな段ボール箱ひとつ。重さも軽い。
サインをして受け取り、差出人を見る。
「……ミスター・ロングレッグス」
今日は何かとこの人の名前を意識するなぁ。品名は雑貨。割れ物につき取り扱い注意、と注意書きの紙が貼ってある。
「食いもんでも届いたのか?」
「ううん、雑貨だって」
「なーんだ」
グリムは興味を失って談話室に引っ込んでいく。相変わらず色気より食い気だなぁ。都合はいいけど。
自室に上がり、箱を開く。花のような香りと共に中から出てきたのは、小さな箱が二つと封筒が一つ。先に封筒を開けた。前の手紙と同じ、上品で綺麗な字で綴られている。
オクタヴィネルとの騒動を人伝に聞いた、と書かれていた。優しく身を案じる言葉が続く。
『この贈り物が、君の心を癒してくれる事を祈る』
相変わらず署名はない。文字から自分を心配してくれていると感じられて、見ているだけで心が和んだ。
手紙をしまってから、より小さい方の箱から開ける。細い金色の鎖に、月のような丸いプレートがついてるペンダントが入っていた。プレートというか少し厚みがあって、真ん中から少しずれた所に透明な宝石みたいなものが嵌まっている。見るからに高そう。…………が、ガラス玉とかだよね?宝石じゃないよね?
おそるおそる元の箱に戻しつつ、今度はもう少し大きい方の箱を開いた。出てきたのは見覚えのある皿だ。グリムに似た猫と、うさおに似たウサギが一緒に寝そべっている。
頭が混乱した。
もしかしてあの時、購買部にいたの?
シェーンハイト先輩とハント先輩がいたら嫌でも目立つし、見られていたのかもしれない。確かに何人か生徒がいたように思う。でも他にポムフィオーレの生徒がいたかまでは思い出せない。
なんだか悔しい。すぐそばにいる気がするのに、顔も知る事ができないなんて。
ふと思い立って鏡の前に立つ。ペンダントを着けてみた。眼鏡をしたままだとなんか違うなと思って、眼鏡を外す。やっとしっくりきた気がして、これが素顔に合わせて選んでくれたものだと理解できた。
『顔も知らない男の事が、そんなに好きかよ』
キングスカラー先輩の言葉が脳裏に蘇る。先輩の感覚の方が真っ当だと思う。僕は変なのかもしれない。
彼はきっと、単純な善意で助けてくれているだけだ。僕の事なんて可哀想な苦学生ぐらいにしか思ってないだろう。悪い言い方をすれば、善行をしたいだけの身勝手な人かもしれない。
それでも、贈られてくる優しさに、さりげない言葉に、どうしようもなく嬉しくなる。顔も知らない、誰かも解らないのに。
机に戻り、ペンダントを皿に置いた。大切なものがひとつになったような気分で励まされる。貰った箱に手紙を戻し、ついでにクローゼットの底面に置いていた過去の手紙も一緒に入れておく事にした。
元の世界に帰るまでには、顔を合わせられたらいいな。
そんな小さな祈りを胸に、クローゼットを閉じた。