3:探究者の海底洞窟
みんなでアトランティカ記念博物館に行った、翌日の放課後。
僕は購買部で商品棚を前に唸っていた。
キングスカラー先輩にお礼を用意しよう、と考えたまでは良かった。アトランティカ記念博物館のお土産も考えたけど、喜びそうなもの、せめて邪魔にならないもの、が全くピンとこない。迷いに迷って結局買えず、苦し紛れに購買にやってきて、現在に至る。
でも購買で売ってるものなんてキングスカラー先輩には何の魅力もないよなぁ、とか考えはじめてしまって、やっぱりアトランティカ記念博物館で買っておけばよかった、とか後悔しはじめて、さっぱり話が進まない。
「こんにちはトリックスター!」
「おぎゃあ!?」
そんな所で後ろから声をかけられたので、驚いて飛び上がった。振り返ると、ハント先輩とシェーンハイト先輩が揃って立っている。
「随分悩んでいたようだけど、何か探し物かな?」
「あ、はい、ちょっと人にお礼の品を」
「誰に?」
「キングスカラー先輩に……」
事情を説明すると、みるみるうちにシェーンハイト先輩の表情が険しくなっていく。美人の怒った顔、怖い。
「アズールと取引して寮を追い出されて、サバナクローの、レオナの部屋に泊まってた、ですって……!?」
「そういった事情なら、お礼の一つもしたくなるのは道理だね」
のほほんと言い放つハント先輩を押し退けて、シェーンハイト先輩が肩を掴んでくる。
「何もされなかったでしょうね!?」
「だ、大丈夫です」
「本当に!!??」
必死で何度も頷いていると、ハント先輩がシェーンハイト先輩の肩を叩いた。
「ヴィル。『獅子の君』……レオナくんは面倒見が良いし、紳士だよ。君が恐れるような事は無いはずさ」
「…………アタシはただ、この子が無防備だから心配になっただけよ」
肩は掴まれたままだけど、力は少し緩んだ。僕の目を見て言う。
「あの男は顔だけよ。やめときなさい。絶対に」
「は、はい……」
……仲が悪いのかな。そんな感じがする。
「それにしても、お礼の品か。確かに難しい所だね。予算はどれくらいかな」
金額を伝えても、先輩はあまり表情を変えなかった。
「この程度の金額の物を、王子様に渡すのも気が引けるんですけど……」
「気にする事はない。贈り物は気持ちでするものだよ。君が礼をしたいと思い、相手の事を想って選ぶ事が大事さ」
至極真っ当な励ましの言葉を貰って、内心安堵する。庶民には難しすぎるんだもの。
「せめて邪魔にならないようなものがいいかなと思うんですけど」
「というと?」
「見た目は綺麗な置物だけど収納があるとか、そういう感じの」
「なるほどね」
「だけどなんていうか、置物とか飾るタイプじゃなさそうだし、そもそも服とかアクセサリーとか散らかす人みたいだし」
「あいつらしいわね……」
「なら、アクセサリースタンドなんてどうだろう?」
ハント先輩が、棚から取った置物を見せてくれた。針金で出来た樹や動物が皿から生えている。
「ネックレスやブレスレットはかけて、リングやブローチは皿の部分に置く、見せる収納、というものだね」
「そんなものがあるんですね……」
「アンタ、アクセサリーの一つも買った事ないの?」
「いやもう全然……女っぽく見られそうなものは何が何でも着けたくなかったし、男向けのアクセサリーもなんかピンとこなくて」
服装も無地で無難なファストファッションばっかり。それでも眼鏡をしてないと女だと思われて声をかけられたし。
「これを機に興味が湧いたなら、触れてみるのも悪くはないよ」
「まぁ……そうですね、機会があれば」
濁しつつ、付近の棚で類似の商品を探す。ふと、猫とウサギが寝そべっているマスコットのついた皿を見つける。これも用途は同じだが、背は低いので小物用、という事らしい。
グリムとうさおに似てる。実際に顔を合わせたら絶対に仲悪いだろうけど、似てるだけのマスコットは仲良くまったりしていて可愛らしい。
「それにするのかい?」
声をかけられて我に返る。苦笑しながら棚に戻した。
「さすがに可愛らしすぎますよ。先輩の着けてるのには小さすぎるでしょうし」
「それもそうだね。レオナくんのアクセサリーは柔らかな石のついたものもあるし、表面の材質は滑らかなものが良さそうだ」
ハント先輩にも協力してもらい、なんとか予算内で良さそうなものを選べた。白い鳥の飾りがついた、少し背の高いアクセサリースタンド。ラッピングまでしてもらえた。そこまで考えてなかったので有り難い。
一緒に購買部を出てきた先輩たちに頭を下げる。
「お買い物中だったのに、ありがとうございました」
「気にしないでおくれ。楽しい時間だったよ」
「……あんた、このまま渡しに行くの?」
「はい、早くしないと長期休暇になっちゃいますし、善は急げで」
再びシェーンハイト先輩に肩を掴まれた。わざわざ少し前屈みになって視線を合わせてくる。
「いいこと。絶対にふたりきりになっちゃダメよ。入り口で寮生にでも預けて、すぐに帰りなさい。良いわね!」
「ヴィル……」
「は、はい。気をつけます……」
さすがのハント先輩も少々呆れ顔だ。僕が苦笑しながらも答えると、先輩は不満そうな表情ながら手は離してくれた。
「では、私たちはまだ買い物があるのでこれで。幸運を祈るよ、トリックスター」
「はい、ありがとうございました!」
もう一度ふたりに向かって一礼してから、鏡舎に向かって歩き出した。