3:探究者の海底洞窟
「ブハー!やっぱ陸の酸素はうめーんだゾ!」
闇の鏡を通って、無事に学校まで戻ってきた。
人魚の作った博物館を地元民である人魚の案内で巡れるなんて、きっとなかなか無いだろう。アーシェングロット先輩の説明も分かりやすくて面白かった。
リーチ先輩たちはいつの間にか人間の姿に戻っている。本当にどういう仕組みなんだろう。
「アトランティカ記念博物館、なかなか楽しかったな」
「昔はめっちゃ退屈なとこだと思ってたけど、久々に行くと結構イイね」
「陸の世界に慣れると、昔の人魚はかなり地上の世界を勘違いしていた事が分かって笑えますよね」
「フォーク……いや、銀の髪すきは鉄板ネタだわ」
「楽しんでいただけたようで何よりです」
口々に感想を言うみんなに、アーシェングロット先輩が微笑みかける。
「皆さん、長時間慣れない環境にいて疲れたでしょう。そろそろモストロ・ラウンジの開店時間です。お茶を一杯いかがです?」
「ヤッホー!ちょうど小腹も空いてたとこなんだゾ」
言い出すタイミングが絶妙すぎる。商売上手だなぁ。
とはいえみんな同じ意見みたい。誰も文句を言わず、鏡舎へ向かって歩き始めた。
……そういえば、モストロ・ラウンジの研修旅行なのに、他のオクタヴィネル寮生誰もいなかったなぁ。建前でしかないんだろうけど、ちょっと申し訳ない気分。
道中ではアトランティカ記念博物館の感想で話が弾んだ。この世界にはまだまだ知らない事がたくさんあるなぁ。元の世界の事でも、そんなにいろんな事を知っているつもりはないけど。
陸に暮らしてきたものと、海に暮らしてきたもの。感じ方も考え方も違うようでいて、共通項もたくさんある。そんな違う事の多い人たちが他愛ない話を、歩いてる最中も笑って続けられるのは、不思議だけど良い事だよなぁ、と思った。
ほんの少し前まで、オクタヴィネルの人たちとこんな時間が過ごせるとは考えられなかった。……どっかの寮と揉める度に同じ事思ってる気がする。
もう揉め事は起きないでほしいなぁ。無事に元の世界に帰りたい。
モストロ・ラウンジは開店直後と言う割に賑わっていた。すでに満席に近い。
「ぅえっ!?なんでこんなに混んでるわけ?」
「おや、さっそく例の宣伝が功を奏しているようですね」
「例の宣伝?」
ジャックが訝しげな顔になる。僕もちょっと嫌な予感がしていた。
そんな警戒を無視して、フロイド先輩は屈託なく笑う。
「こないだの騒ぎの後、今後はたとえ契約でも他人の能力を奪っちゃダメって学園長に怒られたんで……アズール、ポイントカード作ったんだよねー」
「ポイントカードって……モストロ・ラウンジの?」
「ええ」
アーシェングロット先輩は深く頷いて説明を始める。
「六百マドルのスペシャルドリンクを頼めば一ポイント、千五百マドルの限定フード付きメニューで三ポイント。五十ポイント貯めれば、なんと、一回無料で支配人であるこの僕がお悩み相談を受け付けます」
「そ、それって、どんな悩みでもいいのか?」
「例えば……勉強の悩みでも?」
デュースがそわそわした様子で質問する。グリムが続いた。
「ええ、もちろん」
先輩は優しい笑みを浮かべて頷く。
「更にポイントカードを三枚貯めると、スペシャルなサービスが受けられる特典付き」
「より詳しい情報は、こちらのパンフレットかお店のホームページでご確認ください」
アーシェングロット先輩は素早くパンフレットを差し出した。持たされたまま席まで案内される。魔法で寮服に着替えたジェイド先輩が、座った僕たちに微笑んだ。
「ご注文は何になさいますか?」
「じゃ、じゃあオレ様、スペシャルドリンク!」
「オレも!」
「僕はフード付きのセットで……」
「早速のご注文、ありがとうございます」
元イソギンチャクどもが即決するのを見て、ジャックが呆れた表情になる。
「お前ら~……」
「どっちも懲りないなぁ……」
「ジャックはポイントいらないっしょ?スペシャルドリンク頼んで、ポイントだけオレにくれない?」
「エース、お前卑怯だぞ!」
「ふなっ!な、なら、ユウも限定セットを頼め!そんでオレ様にフードとポイントを寄越すんだゾ!」
「断る」
「せめてそれぐらい自力で溜めなさい。あとドリンク代はツナ缶代から引くからね」
「ふなーっ!子分のけちんぼ!」
僕とジャックは比較的普通のメニューを頼む。ジェイド先輩は少し残念そうだったが、指摘せず放っておいた。
「さあ、ジェイド、フロイド。稼ぎ時ですよ」
「はい」
「はーい」
アーシェングロット先輩が号令をかければ、側近たちも応える。
ポイントカードの評判は広がっているようで、僕たちがいる間に店は満席になってしまった。アーシェングロット先輩もフロアに出て働き、その合間に賑わう店内を見渡しては満足そうに笑っている。ジェイド先輩が情報を共有したり、フロイド先輩が暇だと指示を仰ぎに来たり、アーシェングロット先輩の周囲は忙しない。
大量のイソギンチャクはいなくなってしまったけど、店員として働くオクタヴィネル寮生の表情も心なしか明るくなったように思う。……イソギンチャク生えてても口は動くわけだから、知らない所で嫌な思いもたくさんしてたのかもしれないなぁ。この学校の生徒、攻撃的な時は容赦ないし。
こだわりのドリンクや料理を堪能し、満席の状況を鑑みて、そこそこで店を出る事にした。会計はアーシェングロット先輩が担当してくれた。
「楽しんでいただけましたか?」
「はい、とても美味しかったです」
先輩は満足そうに笑っている。ふと、ゴーストカメラの事を思い出す。
「あの、今度、写真を撮りに来てもいいですか?」
「写真ですか?ええ、SNSで話題にしていただくのは大歓迎です」
「あ、すいません。そうじゃなくて。学園長からゴーストカメラを預かってて、生徒の記録を撮ってほしいって言われてるんです」
「記録……ですか?」
「先輩たちはここで働いてる時が一番活き活きしてると思ったので、その方が良いかなって」
先輩はいつになく柔らかく微笑む。
「ええ、是非。いつでもいらしてください。歓迎しますよ」
「ありがとうございます!」
「……すっかり仲良くなっちゃって」
「エースは寂しがってるのか?」
「さびしんぼなんだゾ」
エーデュースとグリムがわちゃわちゃとじゃれ合い、アーシェングロット先輩に諫められて沈静化する。
その様子を見たジャックは呆れたため息をついた。
「あ、そうだ。サバナクローの朝練も撮影させてよ」
「それもゴーストカメラか」
「うん。サバナクローなら見せ場はやっぱマジフトでしょ」
「先輩に聞いてみないとわからねえが……まあ大丈夫だと思う」
「じゃあ、今度遊びに行くね」
ちょうど話のキリが良いところで席を立つ。アーシェングロット先輩が見送りに立つと、リーチ先輩たちもやってきて両隣に並んだ。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」
「また来てね、小エビちゃんたち」
「ええ、いつでも歓迎いたします」
「僕はこの新たな施策で売り上げを伸ばし、必ずや実現させますよ」
「実現?」
「ええ。自分たちだけの力で、モストロ・ラウンジ二号店を開店させます!」
「いや諦めてないんかい!!!!」
僕たちが揃ってツッコミを入れると、アーシェングロット先輩は悪戯が成功した子どもみたいに無邪気に笑った。