3:探究者の海底洞窟




 絵本のような夢を見た。


 上半身は人、下半身はタコの、変わった人魚。
 普通の人魚と違って、素早く海の中を泳げないし、墨で辺りを濁らせてしまうから、普通の人魚たちからいじめられていた。

 人魚の子どもたちは小さな小さな『みんなと違う』を見つけては、タコの人魚を攻撃する。ひとつひとつは小さくても、茨のようにたくさんのトゲは鱗のない柔らかいタコの人魚を傷つけていた。
 タコの人魚はたくさん、たくさん泣いて、悲しくて悔しくて、いつか絶対に見返してやる、と決めた。

 十本の手足と自分の墨で書取をして、誰よりもたくさんの難しい魔導書を読んで、出来ない事は出来ないけど、出来る事をたくさん増やした。
 丸々と福々しかった姿は、本人の努力の甲斐あって成長と共に痩せていき、時間と共に『みんなと違う』は良い意味のものばかりになった。
 周りに群がる連中は、都合の良い事しか覚えていない。

 でもタコの人魚は覚えている。
 普通の人魚の五倍書取が出来る手足で、五倍の知識を手に入れて、五倍の記憶を残している。怒りも恨みも憎しみも苦しみも悲しみも、覚えている。
 かつて自分を笑ったものの弱みを握り、誇りを奪う。
 そうして得た名声を貼り付けて、強くなったつもりでいた。
 伝承の海の魔女のように、自分は哀れな人々を救っているのだと言い聞かせて。

 鱗は無くとも痛みを知って皮膚は厚くなり、守り方を知って強くなる。
 挫折を知り学びまだ上を目指して足掻くからこそ、栄光は掴める。

 タコの人魚は、たくさん頑張って、たくさんの力を得た。
 まだ心の中には、子どもの頃の傷がたくさん残っている。
 言葉のトゲは怖くない。自分も使えるようになったから。
 まだ足りない。まだ見返すには足りない。もっともっと凄い人になりたい。


 貪欲なタコの人魚の物語はまだまだ続く。だってそれを綴る墨は、彼からいくらでも出るのだから。
 その軌跡の全てを彼が愛せるようになったらいいなと、いつのまにか暖かい気持ちを抱いていた。


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