3:探究者の海底洞窟
ブッチ先輩の言うとおり、行き先は保健室だったわけだけど。
着いた時ちょっと不機嫌だったから、どういうつもりだったかはわからない。ベッドに下ろされた後もグリムは先輩をぺしぺし叩いてたからうっとおしそうにしてたし。
それで、割とすぐブッチ先輩からの連絡を受けて寮に戻っていった。お礼は言ったけど、聞こえていたかはちょっとわからない。……何かお礼した方が良いかもなぁ。
グリムを先に返し、そのまましばらく休憩させてもらった。ちょっと一人になりたかったのもある。
元通り歩けるようになった時には、すっかり夜になっていた。食堂はまだ開いてる時間だから、人の気配はまだ残っている。
ここ数日使っていなかった、慣れた道を辿って歩いた。叩いて無理矢理直されたボロい鉄柵の向こう、薄い灯りの向こうに、古い建物が見える。
遠足だか運動会だかで疲れ切った足で、家に辿り着いた日の事を思い出した。胸の中に滲んで広がる安堵がとても似ている。
「ボロいけど、やっぱり落ち着くな……」
ひとり呟いて門扉を開けようとした時、目の前を光の玉が通り過ぎた。いつか見た、黄緑色の光の玉。
「……おや、戻ったのか」
声に振り返ると、ツノ太郎がそこにいた。僕の顔を見て笑みを深める。
「まさか、アーシェングロットとの勝負に勝利するとは。ボンヤリしていそうに見えて、お前もなかなかに曲者らしい」
「僕だけの力じゃないですよ。……あなたにも助けられましたし」
「僕が何かしたか?」
「アドバイスをくれたじゃないですか。おかげで糸口が掴めました」
「……別に助言したつもりはなかったんだがな」
ちょっと驚いたような表情で言う。本当にそうかなぁ。
僕が訝しげな視線を送ると、ごまかすように笑う。
「何にせよ、この庭が騒がしくならずに済んで良かった」
ふと庭に目をやれば、昨晩置いてあった工事器具は片づけられている。僕が保健室に行ってる間に撤収したようだ。仕事が早い。
「澄まし顔のアーシェングロットが悔しがる顔はさぞ見物だっただろう。僕も見てみたかったな」
「見物っていうか……ちょっと可哀想になりましたけどね」
ツノ太郎は無邪気に笑っている。何か言おうと口を開いて、何かに気づいた顔になる。
「僕はそろそろ自分の寮に戻った方が良さそうだ」
「あ、そういえば、いつもより早い時間ですもんね」
「ではな、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
返事を返した時には、ツノ太郎の姿は光に消えていた。首を傾げる。
ツノ太郎の訪問は、覚えている限りいつも深夜だ。今も夜ではあるけど、深夜と言うにはまだ早い。
確か、夜の散歩をしてるって言ってたっけ。
……わざわざ早めたのは、もしかしてオンボロ寮の先行きが気になったからだろうか?タイムリミットが今日の日没であるとは確か話したと思うし。
何もかも気にしてなさそうな顔をして、案外細かいところがあるのかもしれない。
本当に不思議な人だなぁ。
不意に、校舎の方から慌ただしい声が近づいてきた。何となく物陰に隠れて様子を窺う。
あれは確か、ディアソムニア寮の生徒だ。マジフト大会の事件の時、救助をしていた生徒たち、だと思う。誰かを捜しているらしく、言い争ったかと思うとそれぞれ違う方向に走り去っていった。
「……迷子でも捜してるのかな」
声をかけるべきだったかな、と思うけど、まぁ今更なので気にしない事にした。
…………そういえば、ツノ太郎もディアソムニア寮だっけ。
……………………まさかね。