3:探究者の海底洞窟
「休館日ぃ!!??」
全員の声が綺麗に揃った。
写真を持ち出す説得に時間がかかる事を見越して、魔法薬をたっぷり飲んで、双子の妨害もなく安全な道のりにほっとしたのも束の間、これである。
デカデカと掲げられた表示を前に頭を抱えそうになった。
「だから双子の妨害も無かったのか……」
人魚の間では休館日は常識のようで、人の気配はほぼ無い。
「これじゃ写真を持ち出すどころか、入れないんだゾ……」
「……いやもう、こうなったら忍び込んで盗んでくるしかないでしょ」
エースの発案にデュースとジャックがぎょっとした顔になる。
「正気か!?」
「元から借りパク上等の作戦だったし、そもそも最初は盗んでくるって話しだったじゃん。オレが正面で囮になるから、お前等はどっか開いてる入り口を見つけて忍び込んで、写真を確保してこいよ」
「危ない事しない?」
「するわけないじゃん」
思わず尋ねたけど、エースはいつもの笑顔で返した。頼もしい。
「せめて何人かいた方が……」
「デュースもジャックも馬鹿正直じゃん。ボロ出そうだしいいや。ユウは二人の監督よろしく」
「わかった。気をつけてね、エース」
「そっちこそ」
エースはウインクをして、平然と博物館の建物の方に向かっていく。
入り口には老齢とおぼしき白髪の人魚がいる。物々しい装備からして警備員のようだ。
「うわぁぁぁ、マジかよぉ!」
その正面に立ち、エースが大げさに声を張り上げる。すぐに警備員らしき人魚は気づいた。
「キミ、どうかしたのかい?」
「今日って休館日だったんですか!?」
「そうだけど。……キミは、もしかして陸の人間かな?」
「はい。オレ、ずっと海の中の世界に憧れてて、ここに来るのが夢だったんです」
とても嘘とは思えない、迫真の演技だ。警備員の人魚も同情的な顔になっている。
「小遣いを貯めて、やっと魔法薬を買えて、ここまで来たのに……」
「そうだったのか……それは残念だったね」
「あ、あの、失礼ですけど、警備員さんって本物の人魚っすよね?」
「ああ、そうだよ」
「すげえ!本物の人魚だ!かっけー!」
「そ、そう?尾ビレも見る?」
警備員はすっかり警備の事など忘れた様子だ。素直で可愛い陸の子どもからちやほやされて、すっかりいい気分になってるらしい。
「……よくもまぁ、あれだけ口からでまかせが出てくるもんだ……」
「まぁまぁ。今は最高の特技だよ。……って事で、急いで入り口を探そう」
何せ水の中だと歩みが遅い。足音がしないのは助かるかもだけど。
休館日には警備の人も少ないらしく、裏に回り込むまで誰にも会わなかった。大丈夫なのかここ。
でもなんか、正面の警備員の様子からして、もしかして人魚って割と大らかな性格が多いのかもしれない。双子もどちらかというといい加減というか、マイペースというか、って感じだし。だとしたら警備が手薄なのも納得だ。
運良く裏口を見つけられた。人魚の生活様式がそういうものなのか、扉が無い。そして見張りもいない。顔を見合わせ頷く。
人の気配を窺いつつ、薄暗い館内を進んだ。道中で眼鏡を外して懐にしまう。
「子分?なんでメガネ外すんだ?」
グリムの質問で、二人も振り返り首を傾げる。声を潜めつつ答えた。
「二人もグリムも、もし見つかったらなるべく声を出さないで、僕に話を合わせてくれる?」
三人とも首を傾げたが、とりあえず了承してくれた。
案内に従って、写真が飾ってあるという入り口付近を目指す。
館内は人魚が行き来する事を想定した造りみたいで、展示品の高さはあまり揃っていない。それでも丁寧に収蔵されていて、大切にされている事は見て解る。
こうして見ると、人間の世界の博物館と基本的な造りは大差ない気がする。案内チラシもあったし。質感は紙なのに水の中でも地上と同じ感覚で読めるなんて便利だなぁ。
視界が開けたのは、大きな広間に入ったからだ。ここがエントランスらしく、中央に巨大な石像が立っている。壮年らしき男性の人魚の像だ。口ひげを蓄え王冠をかぶり、手には槍を携えている。石で出来た荒波を背負う立ち姿には、物言わぬからこその威厳も感じた。
……なんか見た事ある気がするなぁ。
「こっちじゃないか?」
デュースの声に振り返る。確かに入り口付近と言える壁に、たくさんの写真が飾ってある。壁面に無秩序に貼り付けられていて、突然年代が飛んだりしていた。デュースとジャックが日付を確認して指定された写真を探す。
「十年前の、リエーレ王子の来館記念……あった、これだな」
デュースが示した写真には枠外に『リエーレ王子、ご学友と来館』の文字と共に日付が記されている。
「小さい人魚がたくさんいるんだゾ」
「エレメンタリースクールの遠足の写真みたいだな」
二人の言う通り、写真にはたくさんの子どもの人魚が写っている。自分の知る小学校の集合写真ほど丁寧な整列はしていないが、かなりの人数がいた。
「アズールは何でこんなものを欲しがったんだろう」
「何でも良い。とっとと回収してここを出るぞ」
ジャックが写真を手に取る。どういう仕組みかは不明だけどあっさりと壁から外れた。手にしたジャック自身が複雑そうな顔になる。
「警報機も無しか……本当に大した価値はないんだな」
ますますさっきの疑問が深まる所だが、今はそれどころじゃない。
写真を懐にしまい、さあ出ようか、という時だった。
「お前たち、そこで何をしている!」
全く知らない声が、奥からこちらに向かってきた。警備員の人魚が明かりを手にこちらに向かっている。……人魚は泳いでるんだから、足音に気づきようがない。
デュースもジャックも僕を振り返った。僕は警備員の前に躍り出る。
「ごめんなさい!!」
大きく声を出して頭を下げる。その場にいた全員から戸惑いを感じたが無視した。
「あの、僕、今日が休館日だって知らなくて、勝手に入っちゃったのを、友達が見つけてくれて」
「え?ああ、……そうなの?」
水中なので涙が見える事はないけど、本当に怖くて申し訳なくて泣いてる、という顔をした。少し大げさなぐらいしゃくりあげながら、一生懸命謝る。
「みんなは悪くないんです、僕が気づかなかったから、迷惑かけてごめんなさい……」
「あぁ、な、泣かないで。大丈夫だよ、お兄さん怒ってないから、ね?」
警備員の人魚がおろおろと宥めにかかってくる。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……!」
「うんうん、陸の子にはちょっとわかりにくかったんだね。君たちも薄暗い中で探すの大変だっただろう」
「あ、いえ……」
「勝手に入ってすいませんでした」
「素直に謝ってくれればいいよ。悪気は無いんだもんね」
二人が頭を下げると、警備員は穏やかに微笑んだ。
警備員に連れられて正面の入り口から出ると、エースと老齢の人魚がこちらを見る。エースが本気でぎょっとした顔になった。
「お前ら何してんの!?」
「エース!!」
感極まったフリをして抱きつく。受け止めてフリーズしている彼をよそに、警備員同士が事情を説明していた。情報共有が完了した所でエースも我に返る。
「お友達も一緒だったんだねぇ」
「あー、自由行動にしてたんすよ。まさか気づかずに中に入ってるなんて」
「ごめんなさい……」
僕が改めて頭を下げると、警備員たちは朗らかに笑ってみせた。
「気にしなくていいよ。ちゃんと謝ってくれたじゃないか」
「なんだったら、ちょっとだけ見ていくかい?」
「いや、ズルしたらダメでしょ。今度はちゃんと開いてる日を調べてきます」
エースの言葉に僕も頷く。
「本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。みんなも続いている気配がした。
「じゃあ、今度は開いてる日に遊びにおいで」
「気をつけて帰るんだよ。もうはぐれないようにね」
警備員の人魚たちに見送られ、僕たちはアトランティカ記念博物館を後にした。