3:探究者の海底洞窟
サバナクロー寮に入ってまず、ガラクタ置き場になっている部屋に突撃した。いつぞやブッチ先輩が使っていたメガホンを手に、今度はキングスカラー先輩の部屋に行く。後ろから、同じくガラクタ置き場で拾ったタンバリンを抱えたグリムがついてきた。
殺気だった様子の僕らを見て、寮生たちは何事かという顔をしていたが、何も言わずに引っ込んでいく。心なしか怯えている気がした。
「たーのもぅ!」
キングスカラー先輩の部屋に踏み入るや声を張り上げた。ベッドに座っていたキングスカラー先輩と、その近くに立っていたブッチ先輩が何事かという顔でこちらを見る。
「どのツラ下げて戻って……何する気だ?」
「レオナ!今からお前をキョーハクするんだゾ!」
「……脅迫?」
メガホンとタンバリンを手にした異常者を前に、二人は愕然としている。当然の反応だけど、今はどうでもいい。
「オレ様たちに協力して、アズールの『黄金の契約書』を破れ!さもないと……」
「さもないと?なんスか?」
「眠れなくしてやるんだゾ!」
部屋の中が静まりかえる。一拍遅れてぶふぅ、とブッチ先輩が吹き出した。
「何笑ってるんだゾ!」
「い……いや……グリムくんが言うと色気も何もねえなと思って……」
「生憎とそんな色っぽい意味合いは少しもないんで、ご安心ください」
僕が微笑んで言うと、キングスカラー先輩が鼻で笑う。
「眠らせねえって?プリンセスとそのペットが、子守歌でもプレゼントしてくれるっていうのか?」
「そうですね、もしかしたら逆によく眠れちゃうかも。実演した方が早いかな?」
「ヒィッ!」
グリムが怯えた声を上げて、慌てて自分の耳を折り込んで塞ぐ。
部屋の入り口の方から、寮生がこちらを窺っている気配がした。好都合だ。
メガホンのスイッチを握り込み、僕は歌う。全力で歌う。元の世界でいやというほど流れていた流行の歌だ。歌詞はうろ覚えだけど気にしない。グリムが必死で無秩序に叩くタンバリンの音も相俟って相当にうるさいだろう。
まず部屋の出入り口の方で窺っていた寮生たちから悲鳴が上がった。室内の先輩たちは耳を塞いでまだ意識を保っているが、信じられないものを見る目をしている。
久々に大きな声で歌っているので、何だかとても楽しい。自分でもスゴくいい笑顔をしていると思う。
「やめろ!もうやめろ!!解ったから!!!!」
一番のサビが終わった所で、キングスカラー先輩が声を張り上げた。メガホンを止めて、グリムを見下ろす。すでに疲れ切った様子で、肩で息をしている。
「い……生きてる……?オレ、生きてるッスか……?」
「冗談じゃねえ……毛玉、お前どんな魔法を使いやがったんだ……!」
「ち、ちげえんだゾ……子分の音痴は……魔法なんかなくても桁違いなんだ……!」
二人揃ってこっちを見るので全力の笑顔を返す。
「幼稚園からナイトレイブンカレッジまで、歌の時間は『羽柴くんは歌わなくていいからね』って言われてきました!」
「と、とんでもない隠し玉出してきたッスね……」
「キングスカラー先輩にご協力頂けなかった場合には、今のパフォーマンスを時間が許す限り、毎晩やらせていただきます」
「毎晩!!??」
ブッチ先輩と、いつの間にか集まっていた寮生たちの声が揃った。全員めちゃくちゃ青ざめている。うちのクラスのサバナクロー生が見当たらないので、たぶん避難してるんだろうな。彼らは、僕が音楽の授業で歌い始めて三秒で消音魔法かけられたの知ってるから。
「そ、そんな事、体力が持つわけ……」
「身体が丈夫なのが自慢なので。喉も鍛えてますからご心配なく」
「でもほら、イソギンチャク生やされたらそれどころじゃ……」
「モストロ・ラウンジにも営業時間ありますし?ちゃんと終了後にお邪魔しますよ」
ああでも、と言葉を添える。
「やめさせたかったら、アズールと交渉してもらう事になるのかな?イソギンチャクはアズールの奴隷なワケですし、文句は飼い主に言うのが道理、ですよね?」
意地の悪い笑みが浮かぶ。キングスカラー先輩は驚いた顔になり、そして笑った。
「全く、可愛いプリンセスかと思ったら、とんだ悪党だ」
「よく『顔だけ美少女』って言われますー」
「それで?どんなプランがお望みだ?」
ベッドに座った先輩の正面に立つ。
「アズールの契約書は、少なくとも金庫に入ってる状態なら無敵じゃない」
「根拠は?」
「今日、VIPルームで暴れた時、契約書の入っている金庫に傷がついたとひどく取り乱したんです。『触れると電流が流れて自分以外は誰にも触れない』と言い切った後に」
「なるほど」
「アズールが金庫を開けざるを得ない状況を作り、開ける場面を見て番号を覚え、更にその後彼から鍵を盗める人材が要る」
ちらりとブッチ先輩を見る。
「結構無茶言うね」
「金庫、ダイアル式なんです。耳が良い人なら、音だけで判るかもしれないですし、ブッチ先輩が適任だと思います」
「まぁ、出来ないとは言いませんよ。出来なかったら毎晩地獄のリサイタルでしょ」
背に腹は代えられないッス、と先輩は肩を竦める。
「金庫を開けざるを得ない状況、ってのはどうする」
「それはお任せします、と言いたいですけど……そうですね、金庫の規模的に、契約書だけにしては大きく見えました」
「突発的な事態……例えば、品切れの対応のための金とか、入ってるかもしれないッスね?」
「大食漢が店に大勢詰めかけて、品切れが出るほど飲み食いしたら……金庫を開けにくるかもしれない」
「……なるほどなぁ?店が忙しくなれば、双子の足も止められて一石二鳥だ」
言われて、そういうのも期待できるのか!と気づいたが、表情にはおくびも出さなかった。グリムは表情を明るくする。
「アトランティカ記念博物館から写真も持ってこれれば、オレ様たちの完全勝利だ!」
「楽観的だな」
キングスカラー先輩は挑発的に言い放つ。意地の悪い笑みを浮かべて僕を見た。
「思いつきを気軽にペラペラ喋りやがって……いまお前らが持ってきた話を了承したフリしてそっくりアズールに話してやれば、俺が不眠に悩まされる心配は無くなるんだぜ?」
「ふなっ!お、オマエ、どこまで卑怯者なんだ!!」
「先輩はそんな事しませんよ」
グリムを手で抑えつつ、やんわりと、でもしっかりと言い切った。キングスカラー先輩の目を見て、先ほどまでより柔らかく優しい表情を意識する。
「僕は先輩を信じます。愚かで構わない。ここまでキングスカラー先輩やサバナクローの皆さんが僕たちにしてくださった事は、僕にとっては信じて裏切られても構わないと思えるものですから」
「……ユウくん……」
ブッチ先輩やサバナクロー寮生からの、ちょっと感激してるような視線が心地良い。先輩も、純粋に驚いた顔で目を丸くしている。
「それにまぁ、結果が同じならやる事は変わりませんからね」
「え?」
「裏切られたらそれはそれで、どんな手段を使ってでも報復するだけですから」
「ええええええええええっっ!!!!」
「し、仕返しするのは変わらないから、裏切られても構わないって、そういう事ッスか……」
「よく言ったゾ子分!さすが腹黒陰険暴力メガネ!!」
何も褒めてないんだよなぁ、それ。
苦笑を隠し余裕の笑みを浮かべて、キングスカラー先輩が腰掛けるベッドに片膝を乗せる。体重はかけてないけど、先輩の膝に座ってるような体勢を取った。視線は動くものの未だ『何言ってんだコイツ』の表情から顔が変わらない先輩に至近距離で微笑みかける。
「ね、先輩」
緑の目がこちらを見る。僕もまっすぐ見つめ返す。
「弱いものイジメするタコ野郎に一泡吹かせてやるのと、束の間の安眠のために日和るのと、先輩はどちらがお好みですか?」
グリムは勝ち誇った様子で、ブッチ先輩は緊張した雰囲気で、サバナクロー寮生は心なしか別の緊張感を持って、キングスカラー先輩の返答を待つ。
沈黙はどれほど続いただろう。長かった気もするし、短かった気もする。
獅子は、笑った。
顔をくしゃくしゃにして、心の底から楽しそうな様子だった。
「ああ……全く、大した草食動物だ」
一頻り声を上げて笑って、そのままご機嫌な笑顔が僕に向けられる。
「可愛く哀れなウサギかと思ったら、とんだ暴れ牛なんだからな」
「それって褒めてます?」
「勿論」
先輩の手がさりげなく腰を抱き、空いた手を取る。寮生のどよめきが聞こえた気がした。
「つれないと思えばこんなコト仕掛けてきやがって」
「僕も賢く、手段を選ばない方向で行こうと思いまして」
「そりゃ何よりだな。人目があるのが残念だ」
「それで?お返事はいかがでしょう、王子様?」
ちょっと意地悪く返したつもりだった。先輩は気分を害した様子は無く、悪戯っぽく笑みを深める。
「姫君のお望みのままに」
低く豊かな声で甘く囁くと、僕の指に口づけてみせた。