3:探究者の海底洞窟
さて夜も更けてきたけど。
「……帰りづらい……」
このままだとこの辺りで野宿の場所を見つけないといけない。でも正直、サバナクローの寮服姿を他寮の誰かに見られたくない。何かスゴい誤解されそうだし。
っていうか、制服とか学用品とかサバナクローに置きっぱなしなんだ。いずれにせよ一度は戻らないといけない。
「ユウ!見つけた!」
声に振り返ると、グリムがこちらに走ってくる所だった。そうだすっかり忘れてた。
「グリム、ブッチ先輩からおやつは貰えた?」
「揚げたてのドーナツ貰った!……けど、食ったら代わりに働けっつって、レオナの部屋の片づけ手伝わされたゾ!大変だったんだからな!」
「それは仕方ないよ。そういう約束だし」
「子分も手伝うべきだろ!探しに来てやったんだから感謝しろよ!」
思わず笑ってごまかす。襲われかけたから逃げてきました、なんてグリムにはどう言って説明すりゃいいんだ。この子そういう知識あったっけ。
「なあなあ、子分知ってるか?」
「うん?」
鏡舎への道を歩く中で、グリムが笑顔で話しかけてくる。
「レオナの奴、すぐ服とか散らかすんだけど、高そうなアクセサリーもその辺にポイってほっぽらかしてるんだゾ」
「あー。王子様だもんね」
「別に無くなっても困らねえ、って言ってたんだゾ。いつか隙を見て貰っちまおうかと思って」
「やめなよグリム。相手が金持ちでも盗みはアウト」
「だってレオナは困らねえって言ってるんだゾ。捨てて無くなるのもオレ様が勝手に貰うのも同じじゃねえか」
高価な品物も、王子様には安い消耗品同然ってか。金持ち喧嘩せずとはよく言ったもんだ。
思ってから、足を止める。数歩先を歩いていたグリムが、僕が止まったのに気づいて戻ってくる。
「……無くなっても困らない?」
「どうしたんだ?」
「見た目と実態が、真逆……」
アズール以外には絶対に誰にも触れない破れない、黄金の契約書。
それを守る頑丈な金庫と、その状態を異常に気にしていたアズール。
「……そういう事か!!!!」
「な、何がなんだゾ?」
「やっぱり『黄金の契約書』は無敵なんかじゃないんだ!」
「は?」
グリムは首を傾げる。
「だって、本当に誰にも触れなくて破れないなら、金庫の扉が傷ついたくらいであそこまで取り乱さないよ!!」
「部屋のものが壊れるのが嫌だった、って事じゃねーのか?」
「考えてみてよ。あの部屋の家具、どれも高価そうなんだよ。でも壊したくないならVIPルームを出た所で戦えば良いんだよ。あの部屋は行き止まりにあるから僕たちは逃げられないんだもん。そう出来ない理由があったんだ」
「……つまり、どういう事だ?」
「黄金の契約書がアズールの言う通り本当に『誰にも触れない』なら、僕たちにはあの一枚だけ置かれててもどうにもできないんだよ」
「それは……そうだな?」
「どうにもできないのに、どうしてアズールたちはわざわざ部屋に入ってきて契約書を回収したの?」
「……それが嘘だから!」
グリムの表情が明るくなる。
アズールは『契約書は無敵』だと言い張るために、部屋を出ていく時に契約書を残して罠を仕掛けた。普通破るには触れるしかないし、彼らが扉の外で気配を窺いつつ魔法を発動したとしても違和感はない。
「VIPルームで戦ったのは契約書を回収する必要があるのと、『契約書に触れた時近くにアズールたちがいた』という印象を薄れさせるため。いかにもそれっぽい事を言ってたけど、ボロを出してくれたのは不幸中の幸いだったね」
「で、どうするんだ?」
「うん?」
「契約書は破れるけど、金庫を開けないと取り出せねえ。鍵も要るんだろ?」
一気に思考が現実まで戻ってくる。
「アズールが持ってる鍵を盗んで、金庫を開けている所を観察して暗証番号を見て、……順番が逆か」
「盗みが巧くて耳がよくて、地上での追いかけっこなら負けねえ奴、オレ様知ってるゾ」
グリムがニヤリと笑った。
「ラギーだ!アイツなら全部出来る!」
「あー……それは確かに……」
と、思うのだが。彼を動かすなら、キングスカラー先輩が黙っていないだろう。絶対に。そしてブッチ先輩はキングスカラー先輩に従うだろう。
「やっぱキングスカラー先輩の協力いるなぁ……」
「なんだ、またガツーンと殴って言う事聞かせればいいんだゾ」
「無理だよ。僕たちだけじゃ袋叩きにされて終わりだって」
「むむむぅ。な、ならアイツの嫌がる事をするんだゾ!食事を全部野菜に変えるとか、寝るのを妨害するとか!」
グリムはやけくそのように作戦を提案する。子どもっぽい内容のように見えて、的確に嫌がるポイントは押さえているのが素晴らしい。
「食事を野菜に変えるのは無理そうだけど……安眠妨害は、やってみる価値はあるかも。あの人たち耳が良いし、大声で歌う、とかいいかもね」
僕の言葉を聞いたグリムが息を飲む。心なしか耳が垂れていた。
「あー、あの……こ、子分。無理するなよ?」
心配する口調のグリムに、僕は満面の笑みで答えた。
「こういう時ぐらい、せっかく鍛えてるんだから大きな声も使わないと、ねぇ?」
涙目になっているグリムを無視して、鏡舎へと急いだ。