3:探究者の海底洞窟
大食堂での夕飯からお風呂まで、もやもやした気持ちを抱えたまま過ごした。
マジフト大会の時のグリムもこんな感じだったのかなぁ。ホント落ち着かない。
「草食動物」
「はい?」
談話室に入ると、キングスカラー先輩が来い、と言わんばかりに首を振る。先に来ていたはずのグリムはいない。
「グリムは……」
「毛玉は置いてけ」
「いま、ブッチ先輩がおやつ作ってて、面倒見てますから大丈夫っすよ」
見かねた寮生の一人が声をかけてくれた。食い意地の張ったグリムらしいというか、仕方ないというか。
「ありがとうございます」
教えてくれた事に礼を言って、キングスカラー先輩に従って歩く。行き先は先輩の私室だ。先輩はどかっとベッドに座り、手招きする。
「今日の報告を聞こうじゃねえか」
「報告って」
「宿賃代わりに面白い話のひとつもしてもらわねえと割に合わねえからな」
人の苦境をなんだと思ってるんだこの人は。
とはいえ、不本意ながらも仮住まいの主としては、居候の状況を把握しておきたい、と思うのだろう。それなら気持ちは分からなくもない。
僕は先輩の正面に立ったまま、今日の事を思い返す。
「モストロ・ラウンジのVIPルームに行ってきました。契約書はあの部屋の金庫の中でした」
「破れたか?」
「触れもしませんでしたよ。こっちが契約書を破ろうとするのもお見通しって感じでお出迎え食らいました」
「ほう」
昼休み前の授業に出ていた事から、アズールたちは『今日はアトランティカ記念博物館に行かない』と予測がついただろう。作戦を変えたとあたりをつけて、それに見事に引っかかったワケだ。冷静になってみると解る。
「成果の程はそれだけか?」
「アズールが金庫をとても大事にしているのが解った事と、あとデカいヤツとは戦いづらい、ってぐらいですかね」
思わず首元をさする。エースが助けてくれて事なきを得たけど、あのまま絞められてたら本当に保健室送りにされてたな。
キングスカラー先輩は、少しだけ不機嫌な顔になった。
「……いい加減賢くなったらどうだ?」
「はい?」
「そんなやり方じゃ、時間がいくらあっても足りねえだろ」
言わんとする事は解る。解るけど。
「賢くなれと言われましても、ねえ」
解らない顔でとぼける。ここで折れたらダメな気がする。
先輩が立ち上がる。正面を塞ぐように、顔を覗きこんでくる。
「俺を使えばいいだろ?」
「……お高そうですね」
「そうでもないぜ。可愛いプリンセスにおねだりされれば、俺だってやぶさかでないさ」
肉食獣の目が光る。欲にまみれた、と言うにはずいぶん綺麗な目で僕を見ていた。
一歩後ずさった瞬間に、身体を抱えられ、ベッドに投げ落とされた。わぁスゴいベッドふかふか。と思ってる間に、先輩が覆い被さってくる。両腕を掴まれてベッドに縫い止められた。
眼前に美形の顔がある。野性的で色気もあって、それでいて整っているという、神からどんだけ貰ってるんだと嘆きたくなる完璧な顔だ。貞操の危機じゃなきゃ見惚れていたい。
「……なあ、ユウ」
勝者の余裕の声が唐突に途切れ、その身体が後方に跳んでいく。振り上げた脚は何も捉えず上がっただけだった。獣人属のバネを甘く見ていたかもしれない。思わず舌打ちする。
「ダメだったか」
「テメエ、人の事を不能にする気か」
「されても文句言えないやり方ですよ、今の」
ベッドから降りて部屋の出口に向かう。
「おい」
声を無視してとっとと部屋を出た。途中、何人かの寮生とすれ違ったけど無視。グリムの事さえ頭から抜け落ちて、ただここから離れたいと思って鏡舎に向かっていた。