3:探究者の海底洞窟
大食堂での朝食は、やはり当然のようにキングスカラー先輩の隣の席が用意されていた。もはやツッコミ入れるのも面倒。
日常的に運動している若い男の集団だけに、食事の消費量も凄まじい。学費にどれぐらい食費が含まれているかは不明だが、小食の人も同額だと思うと若干やるせないものがある。
寮生たちは楽しそうに今朝の練習の事を話し、キングスカラー先輩はそれを穏やかな表情で聞いていた。それを何となく見守りながら、しっかりと食事する。よく眠れたし体調もばっちり。
例によって、午前中はエーデュースと合流しての作戦会議だ。お互いの情報収集の成果を報告しつつ、次の手を考える。
「無敵の契約書を破く方法を探す?いいじゃん!めっちゃ卑怯だけど」
「確かに、そっちの方が望みはあるかもしれないな。卑怯だけど」
キングスカラー先輩の提案の話をすると、二人は乗ってきた。ご指摘には苦笑するしかない。
「うるせー!もう卑怯だとか言ってる場合じゃねぇんだゾ!」
「それに、卑怯って言うならアズールたちだって同じだろ。最初から邪魔するつもりで海の中に写真を取りに行けっつってきたんだ」
グリムの苛立ちにジャックも同調する。
「レオナ先輩は確かに卑怯者だけど、頭はキレる天才司令塔だ。チャレンジしてみる価値はあると思う」
「なんか卑怯って言葉が飽和してきたな……」
ジャックの中でキングスカラー先輩の評価に卑怯者が固定されているのはスルーしつつ。
「先輩たちにも相談したけど、水中で人魚とやり合うのは厳しいって話になってね」
「うぅ……あの双子が追ってくる姿、いま思い出しても身震いするんだゾ」
「速さ勝負……水中でもマジカルホイールに乗れればぶっちぎれたのに!」
「ハイハイ、そうですね」
元ワルの割と本気であろう嘆きをエースが見事にスルーした。そして首を傾げる。
「にしても……人魚かあ。リーチ兄弟はウツボだったけど、アズールも海の中ではあんなカンジなんかな」
言われてみれば、あの二人が人魚なら、アズールも人魚の可能性は高い。双子は揃って異種族に従うような性格はしていなさそうだし、付き合いも古いような空気がある。
「そういえばレオナ先輩は、アイツをタコ野郎って呼んでたような」
「まさか、正体はタコの人魚?」
「ふなっ!海ん中で脚がいっぱい増えるとしたら、ウツボよりも強そうなんだゾ!」
「だから、海の中で戦わない方法を考えようってさっきから言ってるんだろーが」
エースが視線だけ動かして僕を見る。無言で首を横に振った。やめろいま頑張って想像しないようにしてんだよ。
「水中では水の抵抗もあってユウの格闘技も通用しないが……地上ならどうだ?」
「どうかなぁ。アズールはまだしも、双子を相手にするのはちょっとしんどそう。二人とも運動神経悪そうには見えなかったし」
「そーね。フロイドの方はバスケ部で一緒だけど、気分が乗ってる時はエグい強さなんだよ。パワーもあるし動けるし」
「……ジェイドもそんな事を言ってなかったか?いつも気分が乗っていればいいのに、って」
ジャックの言葉に、エースが肩を竦める。
「やる気にすげームラがあんの。気分が乗らないと試合中でも勝手に帰ったりとかザラ」
「それでか……」
「遭遇したらテンション低い事を祈るしかないな……」
僕が呟くと、グリムがちょっと怒った顔になった。
「何言ってんだ!子分はオレ様と一緒にレオナにも勝ったんだゾ!地上でなら楽勝だ!」
「アレは勝ちのうちに入らないよ。それに、あの時はグリムもお得意の火の魔法が使えたじゃない」
「う……そ、それを言われると……」
グリムがしょんぼりとうなだれる。ジャックは首を傾げた。
「お前……アレで勝ったと思ってない、のか?」
「僕は止めるのを手伝っただけ。グリムがいなかったら多分すぐ負けてたし、キングスカラー先輩だって普通の状態じゃなかった」
あれを勝ったとするのはちょっと傲慢すぎると思う。先輩を含めたみんなが後ろのデカブツを抑えてくれたから、キングスカラー先輩と戦う事に集中できていたんだし、それどころか援護も受けたし。
「勝ったっていうなら、あの場所で一緒に戦ったみんなの勝利だよ」
「……お前って、たまに嫌味なくらい謙遜するよなぁ」
「僕は良いと思うぞ!」
「……そうか」
ジャックは真剣な顔で頷く。心なしか暖かい視線を向けられている気がした。
「……言っておくけど、頭突きの後に倒れないように抱えたのは、あのまま後頭部打って当たりどころが悪かったら寝覚めが悪いと思ったからだよ」
「えっ!?」
「散々ぶん殴っておいてそんな事気にする?」
「そりゃそうだよ。殴った怪我なら間違いなく僕のせいだし別にいいんだけど、倒れるのを放っておいて何かあったら、それも戦ってた人間の責任に結局なっちゃうんだもん」
ジャックが頭を抱えている。何かしらの想定と違ったらしい。
「じゃあ、レオナ先輩と戦った時と比べてさ、あの双子ってどんな印象?勝てそう?」
ちょっと考える。
「キングスカラー先輩って、何ていうか、理性的なんだよね。効率的っていうの?弱点があればそこを突いてくる、見つからなければ敢えて防げる攻撃を出して揺さぶりから入る、みたいな」
「なるほど……」
「お前ホントに解ってる?」
「あ、当たり前だろう!?」
「それで、ソックリ兄弟は?」
「あの二人は……そういう型がなさそう、なんだよね。弱点を見つければもちろん突いてくるんだろうけど、弱点が明らかだからと言って、そこばっかりを突いてくるとは限らなさそう」
「……つまり、どういう事だ?」
「うーんとね。弱点は誰でも狙うでしょ。弱点を持ってる側はそれを警戒して当然対策をしてる。キングスカラー先輩はその対策を剥がして弱点を突く。それを見越して罠を張る事も出来る」
一時的に別の所を狙ったとしても、弱点の存在を忘れる事は決してない。そこだけ守ればいい、という事はないが、優先順位は付けやすい。求められるのは高度な頭脳戦だ。僕はやりたくない。
「双子はどこを狙ってくるか全く分からない。弱点の存在を忘れて強行突破とかもしてきかねない。だから、どこを対策して良いか分からないんだよ。誘導にも引っかからなさそうだし」
「アイツらがメチャクチャだからやりにくい!って事か」
「そう。そんな感じ」
「……訊いておいてなんだけど、そんなんよく分かるね?」
エースが感心した様子で言う。本当にね。
「あー……あの双子と似た雰囲気の人とやった事あるから。経験則」
「勝ったのか?」
「一応勝った」
厳密には僕一人の力じゃないけど。
ツッコまれたくないので言わなかったけど、グリムは気にせず嬉しそうに胸を張っている。
「ならソックリ兄弟にも楽勝だな!!」
「二対一はさすがに無理だよ」
「そんな状況にはさせねえよ」
ジャックが言うと、エースもデュースも頷いている。
「そりゃ非常時を考えて訊いたけど、うまく隠れて契約書を破れれば戦う必要ないわけだしね」
「なら、まずは契約書を見つけないと」
「あのVIPルームの金庫がいかにも怪しいけどな……」
窓のない洒落た応接室には不釣り合いな仰々しい金庫。
あそこに入ってたら罠を疑いたいレベルじゃなかろうか。かといって他に候補はない。私室だったら完全にお手上げだし。
「そうと決まれば、早速オクタヴィネルに潜入だ!」
「開店前なら店にはまだ誰もいないと思う」
「あー、でも授業中はさすがに入れないんじゃね?イソギンチャクも授業中までは呼び出し食らわねーし、寮生だって授業は受けるじゃん」
モストロ・ラウンジの従業員はみんな生徒だ。学内での営業許可がどうなっているかは不明だが、学業を犠牲にした営業など普通は認められないはず。
……いや、許可出してるのがあの学園長だから、無いとは言い切れないけども。
「昼休みなら、仕込みとか買い出しで呼び出されるイソギンチャクもいるし、紛れて入り込めるかも」
「その方が良さそうだな」
昼休みまでは授業に出て時間を潰す、という事で一旦解散。
「こんな非常事態に授業なんか受けてる場合じゃねーんだゾ……」
「そうは言っても、学生の本分は勉強だからね」
ぶすくれてるグリムを抱えて教室に戻る。
……授業に出てない分、ここ数日の勉強は遅れてるって事だもんなぁ。試験は終わってるけど、それはちょっと嫌な感じ。
後に影響が出なければいいけど。