3:探究者の海底洞窟
「ユウくん、おはよーッス!」
「ひゃわぁい!?」
突然大きな声が聞こえて飛び起きた。部屋の入り口を振り返れば、ブッチ先輩がメガホンを片手に立っている。
「いやー、なかなか起きないから物置まで行く羽目になったじゃないッスか」
「す、すみません、おはようございます」
サバナクローは朝練があるんだっけ、と思って部屋を見回したがキングスカラー先輩もグリムもいない。
「ふたりはとっくに朝練も終わって食堂に向かってるッスよ」
指さされた先に目を向ければ、時計の針は七時を過ぎている。
「すみません、寝坊してご迷惑をおかけして……」
「あーいや、寝かしておけってレオナさんが言ってたんで、そこはユウくんのせいじゃないッスよ」
ブッチ先輩は、笑顔で僕が寝ていた布団を指さす。よく見ると、クッションや毛布が増えていた。見覚えはある。キングスカラー先輩のベッドから同じものが無くなっていた。
……もしかして、あの後一緒に寝ていたんだろうか?
「朝から驚いたッスよ。起こしに来たらもう起きてるんだもん。やけに機嫌も良いし」
いつもこうだったらいいのに、と言いながら、転がってるクッションを拾ってベランダに向かう。
「布団も干しちゃうから持ってきて」
「は、はい」
慌てて起き上がり布団を抱え上げた。先輩の指示通りに干しておく。
「ユウくんが本当にうちの寮に来てくれたら、レオナさんももう少し自立するんスかね。そしたらお世話係卒業で楽なんスけど」
「……どうなんでしょう。仮にそうなったとしても、そこは保証出来ないです」
「あ、でもお手伝いなら喜んでするッスよ、有料で」
何となく言わんとする事は解るけど、とりあえず笑ってごまかした。最後の寝具を干し終えた所で、ブッチ先輩は笑って振り返る。
「悪い話じゃないと思うッスよ?この学校でも外でも、レオナさんは十分すぎる後ろ盾になれるし、寮の連中も君にはよく懐いてる。いい環境だと思うけどね」
「前にも似たような事をエースたちに言われましたけど、グリムの事を考えたら無理だと思います。だいぶ馴染んではきましたけど、まだ四六時中の集団生活は厳しいんじゃないかなぁ」
「君自身の希望は?」
ブッチ先輩は真面目な表情で僕を見ていた。
「事情を聞けば、君ってばグリムくんに振り回されっぱなしじゃないスか。今回の事だって、グリムくんが契約してこなければ学園長の頼みを聞く必要も無かったでしょ?」
「……宿無しになる結果は同じだったと思いますけど、まぁ、こんな事態にはならなかったかもしれませんね」
「それなら」
「それでも」
声が重なると、ブッチ先輩が言葉を飲み込んだ。
「僕は元の世界に……故郷に、家族のいる所に帰りたい。どんな事もそれまでの時間潰しでしかない。だったら、夢を追いかけてる誰かのために使っても悪くないかな、って思ってるんです」
グリムがいなければ、生徒の事情に深入りなんてしなかったし、そもそも学園長の協力に疑問を抱いた時点で出ていってる。
グリムの『学校で学んで大魔法士になる』という夢のため、という建前があればこそ、右も左も解らない魔法学校生活もなんとか続けられているんだ。
「……家族、かぁ。それ出されちゃうと弱いなぁ」
ブッチ先輩は困ったように笑って頭をかいている。
「ま、オレは負担が軽くなるから大歓迎、って話がしたかっただけなんで」
「今後も仲良くしていただければ助かります」
「こちらこそ!……レオナさんとも仲良くね?」
「努力はします」
「つれないなぁ」
ブッチ先輩はオーバーに肩を落としてみせる。
負担が軽くなるから、というのもきっと嘘ではない。嘘ではないけど、僕とキングスカラー先輩を引っ付けたい理由は、多分それだけではないのだろう。この人だけじゃない、ジャックや他の寮生たちが応援しているのも、きっと同じ理由だ。
本人に言ったら否定されるだろうけどね。