0:プロローグ
次は体育倉庫へ備品のお届け。ついでに不要品のゴミ捨て場への移動。
ちょうど新入生が入学する時期だし、入れ替えの備品が届いた感じだろうか。倉庫は貴重品などが無いため特に施錠しておらず、誰でも入れるらしい。魔法が使えるここの生徒たちなら、暇を持て余して潜り込むような事はないだろうから危険はない、という事なんだろうか。
「面白いモノがいっぱいだ!」
「はい勝手に触らない!」
首根っこを掴んで外に放り出す。
「何すんだ!」
「好き勝手触って倒したらどうするの!怪我したら大変だし、弁償なんてできないでしょ!運動器具って結構高いんだよ!」
「そんなヘマしねえ!」
「石像燃やしたじゃん」
「アレはアイツが避けたからで、オレ様悪くないんだゾ!」
「グリムが火ぃ吹いてなければ燃えてないよ」
「す、済んだ事をとやかくうるせーな!」
「済んでないから。罰当番も残ってるから」
「じゃあオマエがアイツをボコればよかったんだゾ。なんで殴らなかったんだ」
ぐっと言葉に詰まる。
正直言うと殴るタイミングを失ってしまったのは事実だ。向こうが殴りかかってくれば正当防衛を盾にボコボコにする気だった。でも矛先をグリムに切り替えられて、グリムから手を出してしまったので計算が狂ってしまった。
「だって……あの状況で僕が手を出すと、過剰防衛になるから……」
「カジョーボーエー?」
『ああ、そうだね。見習い魔法士同士の争いなら両成敗で済む』
『一見すると魔力が無いユウの方が不利に見えるけど、何せ火球の大きさを見誤って像にぶつけちゃう子だからね~。まだまだひよっこさぁ』
『それに比べて、ユウはゴーストに命の危険を感じさせる使い手だから。生意気な新入生の一人や二人、病院送りにするのも簡単だっただろう』
「なんか僕の評価が大きくなりすぎてない?」
『魔法士養成学校だから魔法の才能はみんなあるけど、運動能力は個人でまちまちな部分があるんだよ』
「そう、だからこそ!体力育成の授業があるのだ!!」
真後ろから大きな声が聞こえて身を竦めた。振り返ると筋骨隆々とした体躯の男性が仁王立ちしている。
「購買部からの配達だな、ご苦労ご苦労」
「す……すみません、すぐに終わらせます!」
「なに、気にするな。オレも手伝ってやろう」
男性は爽やかに笑い、台車からの荷下ろしを手伝ってくれた。体格通りの腕力の持ち主らしく、重い器具も軽々と運んでくれる。あっという間に片づいて、不要品の台車への積み込みまで手伝ってもらえた。
「助かりました、ありがとうございます」
「お前もなかなかいい動きをする。鍛えているんだろう?」
「あ、え……はい、空手……格闘技を少し」
この世界で空手って通じるのかな、と不安になって言い直したが、とりあえず後者は通じたらしい。
やっぱりな、と男性は快活に笑った。
「魔力が無いんだったか?生徒であれば特別メニューを考えてやりたい所なんだが」
「はあ……」
「む、自己紹介が遅れたな。オレはアシュトン・バルガス。ナイトレイブンカレッジで体育系の科目を担当している」
バルガス先生はびしっと親指を立てて名乗った。まぁそうかなと思ったけど、改めて自分も名乗ると、バルガス先生は肩を叩いて笑う。
「そのメイド服懐かしいな。自動伸縮機能の実験でオレも着てやった事がある。そんな衣装でさえ、誰もがオレと鍛え抜かれた筋肉に釘付けだった」
釘付けだったんじゃなくて、呆然としてたんだろうなぁ……。
という感想を飲み込み笑ってごまかしつつ、余計な事を言いそうなグリムの口を先んじて物理的に塞ぐ。
「生徒が優先だからいつでも、とは言えないが、手が空いてればトレーニングのアドバイスぐらいならしてやろう」
「ありがとうございます」
バルガス先生は上機嫌に笑って僕のバシバシ肩を叩くと、授業で使うのだろう道具を持って去っていった。その背中を見送りため息をつく。
「すごい、ザ・体育教師って感じ……」
「暑苦しいんだゾ……」
『バルガスも気に入ったみたいだね~』
『何でも筋肉で解決しようとするし、押しつけがましい感じが苦手って生徒も多いけど、根は悪い奴じゃないよ』
「それは……さすがに解るよ。手伝ってもらっちゃったし」
『じゃ、ゴミ捨て場の方に行こう。ゴミ捨てが終わったら昼食を摂って、それからまた配達だ』