3:探究者の海底洞窟




 サバナクロー寮のマジフト練習は強制参加ではないらしい。あくまでも自主的なもので、参加は個人の希望に委ねられる。
 ただ、彼らは『寮対抗マジフト大会の優勝常連』の称号から転落して久しく、先日の大会では悪巧みに心血を注いだためにキングスカラー先輩がいなければ三位すら危ういと言うくらいの状況だった。
 それを取り返す努力は並大抵の事では収まらない。それを寮のほとんどの人間が理解している。
 ので、参加率は悪くないらしい。すでに走ったり体操したりしている生徒もいた。
「今日はお前も参加するんだな」
 ジャックが顔を見るなり駆け寄ってきた。尻尾がご機嫌に揺れている。
「僕がっていうか、グリムがね」
「オレ様も練習に付き合ってやるんだゾ。ありがたく思え」
「でもサバナクローが朝練やってるなら、学校でのランニングはどういう時にやってるの?」
「結局は自由参加だから極端に人が少ない日もある。そういう時は何となく解散になっちまうから走りに行ってる」
「いたりいなかったりするのはそれでなんだ」
 雑談しながら、つられて何となく準備運動してしまった。僕やる事ないのに。
 集合時間になったら一度集まって、ディスクを持ちながらの走り込みやらパスやシュートの練習。練習用で魔力消費が軽く済むディスクとかあるらしい。操作感覚を養うためならそれでも十分とかなんとか。オンボロ寮で使ってたのも練習用の軽いものだったみたい。
「だからグレートグリムハリケーンはあんな大暴投に……」
「いや、あれはそれ以前の問題ッス」
 ブッチ先輩のいつになく優しい声に、グリムは傷ついた顔をしていた。それを見てやっぱりそうなんだ……という感想は飲み込む。
 いつもは最後に軽い模擬戦をして終わるらしい。完全に観戦するつもりで隅っこに座っていた。
「草食動物。こっち来い」
「はい?」
「毛玉。お前もだ」
 キングスカラー先輩に言われるまま駆け寄る。グリムも首を傾げていた。
「今回の模擬戦は趣向を変える。せっかくゲストがいるからな」
 寮生たちが楽しげにざわつく。なんか嫌な予感するな。
「毛玉がディスクを保持して走り、ゴールを狙う。それをサバナクロー寮生総出で妨害する」
「いじめじゃん」
「話は終わってねえ。草食動物、お前は毛玉の護衛だ。抱いても投げても何しても良い、ゴール前まで毛玉を運べ」
「無茶を言いおる!!!!」
 話は最後まで聞け、と肩を抱かれる。
「こいつには簡単な身体強化と防御魔法を使う。魔法は毛玉には効くが草食動物には効かない。反則は正面に立ちはだかる事のみだ。その代わり、草食動物には直接的な攻撃行動を禁止する」
「前に回り込むのは無し、ッスか……」
「別に有りにしてもいいが、それなら攻撃行動も有りにする。草食動物からすれば、お前らを全員戦闘不能にした方が早いゲームになるな」
 キングスカラー先輩は楽しげに笑う。
「身体強化の入ったこいつの一撃を食らって授業に出られる自信があるなら構わないが」
「無しでお願いします!!!!」
 寮生たちの声が綺麗に揃った。そこまで恐れなくても。
「制限時間内に毛玉がゴールにディスクを入れるか寮生が毛玉からディスクを奪えば終了。うまく足止めしてやれ」
「はい!」
 寮生たちが元気に答える。
「……大丈夫なんですか、それ……」
「にゃはは、オレ様たちなら一瞬でゴールだ!」
 グリムは無駄に自信満々だ。どうなる事やら。
 笛の合図でグリムが駆け出すと同時に、進路に魔法が降り注いでくる。グリムが慌てて戻ってきた。
「めちゃくちゃなんだゾ!!」
「だから言ってるじゃん、っと」
 グリムを抱えて前に跳ぶ。さっきまでいた場所に火の玉やら光の弾やらが降り注いだ。グリムが息を飲んでいる。
 跳んだ瞬間の身体の感覚は、妙に懐かしいものだった。魔法少女をやってた時の感覚に限りなく近い。これならもしかして、と考えを改める。
 全身で向けられている敵意の気配を探った。殺気ほどハッキリしたものじゃないから苦労はするけど、出来ない事はない。
「グリム、一緒に走ってね」
「し、仕方ねえな、ちゃんと盾になれよ!」
 下ろすとさっきより緩い速度で走り出す。蹴られない程度の距離を保って、でもすぐに庇える位置を取ってくれた。
 戸惑っていた寮生たちの攻撃にも熱が入る。進路を塞ぐ、直接当てるといった意図は様々あるが、協力をしているわけではないのでぶつかりあったりしてあまり妨害になっていない場面も多い。思ったよりどうにかなりそう。
 ゴールまであと少し。寮生たちも猛攻撃を仕掛けてくるだろう。さすがに防ぎきれない。一気に決めたい。
「グリム!」
「ふなっ!?」
 僕が手を組んで見せると、グリムはニヤリと笑う。
「外すなよ、子分!」
「親分こそビビんないでよ!」
 攻撃の隙間を縫い、向きを変えて跪く。手を組んだ所にグリムが飛び込んできた。後ろ足に溜めた力を放つ瞬間に合わせて、ゴールに向かってグリムを投げる。
 箒のポジションの生徒たちより更に高く飛び上がったグリムは、それでもしっかりと前足にディスクを保っていた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 グリムの叫び声と共に、ディスクが放たれる。鋭い軌道が迷わずゴールを目指し、すぐに到達を示す光が散った。
 歓声をよそに、僕はグリムの着地予測地点に駆け寄る。ひっくりかえりつつも衝撃を受け流して受け止められた。グリムはしばらく信じられない、という感じの顔だったが、段々と表情が明るくなっていく。
「やったんだゾ、大ジャンプシュート!」
「できるもんだね~……」
 グリムの前足と右手を合わせる。キングスカラー先輩と一緒にサバナクローの寮生たちも集まってきた。
「どうだレオナ!オレ様のスーパーシュートは!」
「全くもって論外だな」
 グリムが衝撃を受けた顔で固まる。まぁ実戦で使うのは現実的じゃないよね。
「お前らも曲芸に喜んでる場合じゃないだろ。作戦がなきゃ草食動物の一匹もしとめられないのか」
 寮生たちがしょんぼりとうなだれる。素人の僕でさえ連携の未熟さは分かったのだから、キングスカラー先輩から見ればもっと沢山の穴があった事だろう。当然の指摘だ。
「今日の練習はしまいだ。フィードバックは後日やる。てめえでも反省点しっかり考えとけ」
 寮生たちは返事をして、道具の片づけに入る。
 僕も手伝おうかと思ったが、声をかけるより先にキングスカラー先輩が前に立ちはだかった。
「な、何でしょう?」
「お前……身体強化の魔法に慣れてるのか?」
「へ?」
 内心ギクリとしたけど、必死で覚えがない顔を作る。
「何でそんな?」
「……筋力を強化する魔法は、文字通り運動能力にしか反映されない。動体視力なんかは別で補強する必要がある」
「……つまり、どういう事なんだゾ?」
「いきなり足だけ速くなっても自分の動きを自分でコントロール出来ないって事だ。普通は慣れるのに時間がかかる」
 血の気が引く思いだった。背中を冷や汗が無限に伝っている。
「なんだそんなコトか」
 グリムが鼻を鳴らした。
「子分は最強だからな!それぐらい出来てもおかしくないんだゾ」
「いやそれは……過大評価だと思うけど……」
 僕の反応を見てキングスカラー先輩は目を細める。隠し事を見透かすような空気。もうなんかいたたまれない。
「片づけ終わったッスよ、メシ行きましょー」
 ブッチ先輩の声で我に返る。
「やば、着替えてこないと!グリム、先に食堂行ってて!」
 返事を待たずに寮の方へ走り出した。背中に刺さる視線は無視する。
 しかし次に言われたらどう言い訳すれば良いんだろう。困った。


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