3:探究者の海底洞窟
「却下だ」
いかにも不機嫌そうな顔で、キングスカラー先輩は後輩の懇願を一蹴した。こちらには目もくれない。
「そ、そんな即答しなくても……」
「ウチの寮はペットの持ち込みも禁止してる。毛が落ちるからな」
「嘘つけ~!オマエらの方がオレ様よりよほど毛がフサフサしてるじゃねえか!」
「それはそれ、これはこれッス」
ブッチ先輩もしれっと言い返す。
ほーらやっぱりな、と言いたい気持ちをぐっと抑え、グリムを見る。
「じゃ、僕らは予定通り学園長室前で野宿としようか」
「い、今からでもエースたちに頼めば……!」
「今日はもう帰っちゃったし、諦めよう。一日ぐらいなら大丈夫だよ」
「ちゃんと説得するからちょっと待ってくれ!!」
「ほう、どう説得してくれるんだ?一年坊主」
キングスカラー先輩は意地の悪い笑顔でジャックを見ている。
「大体な、空き部屋の掃除なんか何ヶ月もしてねえし、寮生どものガラクタ置き場になってんだろ。二匹もどこに置いとくつもりだ」
「そ、それは……」
「うん、今から掃除するのはご迷惑だし。大丈夫だよジャック、気にしなくて」
もう十二時を回ったのに、何人かの寮生たちが何事かという顔で談話室を覗いている。物見高い、というよりは、不安そうな雰囲気だ。
「先輩、なんでこの期に及んでそんな意地の悪い事言うんすか!」
「意地が悪い?どこがだ。寮長として責任をもって判断しただけだろ」
「そうッスね。こないだのテストでユウくんが全然頼ってくれなかった事なんか、なーんにも関係ないッスよねー」
キングスカラー先輩の動きが固まる。ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちない動きでブッチ先輩を振り返った。
「噂じゃリドルくんだけじゃなく、イデアさんやヴィル先輩にも助けてもらったんでしょ?」
「え、あ、まぁ、はい。そうですね」
「そんでジャックくんにもノート借りたりしたんでしょ?」
「はい。まるっと抜けてる所があったんで、見せてもらって……」
ジャックを振り返るとなんかおろおろしてる。何かが脳裏を走った。
「まさかそれが理由で意地悪されたりしてないよね?」
「え、い、いや、そういうわけじゃ……」
いつも落ち着いて答えを返す彼が、これだけしどろもどろになる事は基本的に無い。ほぼ図星と考えて良いだろう。
「最っ低」
思わず呟いていた。ジャックを含め、サバナクローの寮生たちが怯えた顔になる。
ブッチ先輩を振り返り、にこやかな表情を作った。
「夜分にお騒がせしました。失礼します。行くよ、グリム」
「まぁ、ちょっと待ってよ」
立ち去ろうとした背中に、ブッチ先輩の声がかかる。
「レオナさんだって頭が良いのは知ってたでしょ。何で頼ってくれなかったの?」
「何でと言われても。……先輩にはお願いしづらいですし、協力してくれた先輩たちは、向こうから声を掛けてくれたのでお言葉に甘えただけというか……」
「なるほどね。そういう事かぁ~」
ブッチ先輩はちらりとキングスカラー先輩の顔を見たようだった。向こうを向いたままで表情は分からないが微動だにしない。
「そりゃそうだ。ユウくんは人に頼るより自分で頑張っちゃう方だもんね」
「別にそういうつもりはないですけど。……それに、キングスカラー先輩は何ていうか、オーバーブロットした直後でしんどいだろうし、寮生の面倒も見てるみたいだし、輪をかけて頼りづらいっていうか」
「嫌いだから避けてるワケじゃないッスよね?」
「………………………まぁそうでしたね、さっきまでは」
後ろで寮生たちが息を飲む。
「もういいですか。あまり長居すると寝る時間なくなっちゃいますし」
「ま、待ってください!」
寮生たちが慌てて行く手を塞ぎ、縋り付いてきた。
「寮長に挽回の機会を!!」
「空き部屋ならいま片づけますから!!」
「いやだからもう夜中ですし、いいですってば」
「オレたちを助けると思って!!」
「後生ですから!!」
「グリムさんも何とか言ってやってくださいよぉ!」
僕の足下のグリムが、あからさまなため息を吐いた。
「レオナはジャックに『悪かった』って謝ってたゾ。ユウも意地張るのはやめるんだゾ」
「…………え?いつの間に?」
「そいつらがお前に『空き部屋なら片づける』って言ったぐらいの時に」
ジャックを振り返ると頷いている。周りの寮生も必死で頷いていた。普通の人間の僕だけ聞き取れなかったらしい。
「ああ、うんまぁ、それは良い事ですけど。別に僕らが泊まる理由にはならな」
「オレ様やっぱり野宿なんてイヤだ」
「グリム!?」
「サバナクローなら暖かいし丁度いいんだゾ。な?」
グリムはニヤリと笑って寮生を振り返り、寮生は希望に満ちた眼差しで僕を見る。
「そうは言っても当の寮長さんが却下されましたけど?」
「そ、それは……」
「寮長さんの決定に他寮の僕が文句をつけるわけにはいきませんからね」
「却下したのは『空き部屋に泊める』事ッスよ」
ブッチ先輩がにっこり笑っている。
「レオナさんの部屋に泊まるんなら全然問題ないッスよね?」
「ラギー!!」
「はぁ?」
キングスカラー先輩の咎める声と、僕の思わず出た声が重なった。寮生たちの雰囲気が明るくなる。
「ユウくんたちがレオナさんのお世話を手伝ってくれるなら、オレとしても助かりますし!」
「お前……それが狙いか……」
「あーぁ、まだマジフト大会の傷が癒えてないんスよねー。しんどいなー、どっかの誰かさんの指示で魔法薬まで飲んでデカい魔法使って命かけちゃったしなー」
「くっ……」
「どっかの誰かさんには危うく頭を蹴り飛ばされるトコだったんスよねー。運良く避けられたけど、当たってたら死んでたかもなー、今も跳び蹴り来るんじゃないかって怖くて中庭歩けないんスよねー」
「うぐ……」
そりゃ正当性を主張できる手段ではなかったけど、そんな言われ方をしたら罪悪感しか生まれない。わざと言ってるのは分かってるけど。
ふたりして言い返せなくなった所で、ブッチ先輩はにかっと笑う。
「はい、決まり!宿泊先はレオナさんの部屋、宿賃はレオナさんのお世話含む寮の雑用って事で!」
「やったー!」
グリムの声と寮生たちの喜ぶ声が重なる。喜ばれる事じゃなくない!?
「じゃ、手の空いてる奴、予備の布団をレオナさんの部屋に運んで。ジャックくんはユウくんたちをお風呂に案内したげてね。着替えは倉庫に余りの寮服あるから」
「え」
「野宿するつもりだったならパジャマなんて持ってきてないでしょ。それぐらいは提供するよ。ねぇ、レオナさん?」
「……好きにしろ。俺は寝る」
騒がしくしたら叩き出すからな、と唸るように言って、奥へと引っ込んでいった。
「素直じゃないんだから」
「い、いいんですか?」
「大丈夫。……ただ、ウチはサイズデカい奴が多いッスから、ぶかぶかにはなっちゃうでしょうけど」
「貸して頂けるだけでありがたいので、そこは別に」
「シシシッ、まぁ三日の事ッスから、細かい事は気にせずいきましょ、ね?」
話が終わった所で、ジャックが寮の浴室まで案内してくれた。部屋の内装と同じく野性的なデザインだけど、設備は最新式でしっかりしてる。正直、お湯が水にならないだけで感動ものだ。湯船もあったかいし綺麗だし快適。
魔法のある世界の名門校って便利だし凄いなぁ。他の寮もこんな感じなんだろうか。貸してくれたタオルもふかふかできちんとしたものだ。寮の雑用とキングスカラー先輩の世話の手伝いだけで本当に大丈夫なのかな。
着替えとして用意された寮服はやっぱりぶかぶかだった。裾をめちゃくちゃ捲らないといけないしそもそも腰に引っかからないくらい大きい。シャツの方は肩が落ちそうだけど着られる事は着られる。どうせ太股まで隠れるし、夜中だから誰もいないし、これでいいや。
談話室を通り過ぎて教えられた通りに歩く。入口の垂れ幕をくぐって覗きこめば雑然とした部屋だった。奥の方のベッドが盛り上がっていて、窓際のソファ近くに布団が敷かれている。隣にはグリム用と思しき大きなクッションがあって、毛布なんかも揃っていて快適そう。
グリムには静かにするよう念押しして、布団まで移動する。グリムはクッションの上で早速丸くなった。撫でたくなるほど可愛らしい動きなのに、頭のイソギンチャクが僕を絶望のどん底に突き落としてくる。しんどい。
僕も布団に潜り込む。今日は疲れた。明日からの事を考えると憂鬱だけど、今はとにかく身体を休めたい。
肌触りの良い布団が僕を受け止めてくれる。毛布も柔らかくて心地良い。温もりの中で、意識は程なく眠りに落ちた。