蘭春


「お、聞いたよランラン♪ ドラマ主演だってねー! お・め・で・とー!」

うざいテンションでハイタッチを求めてくる嶺二を避け、後ろ手にドアを閉める。

今日は経費の申請に来ただけで、ただでさえ連日のロケ仕事で疲れている時にこの男に絡まれたくない。

しかもまだ台本も来ていないドラマの事を何故知っているのかが不思議だ。

歌番組かバラエティの出演ばかりのおれにとって、本格的なドラマは初。
社長命令でいつの間にか引き受けさせられた仕事なだけにこの先何が起こるかわからない不気味さもあった。

「演技のことで何かあったらぼくに聞いてよ! ぼくがランランにアドバイスできそうなことって演技くらいだからさー!っていうかぼくも出るし」

なるほど、だからコイツはこんなに嬉しそうに絡んでくる訳か。

「って、待て! テメェもだと!?」

はたと動きを止め、おれは振り返った。そこで、さも当然といった顔で首肯する嶺二の腹立たしい笑顔が輝いていた。

「あーやっぱり知らなかったんだね? さっき台本届いたんだよん♪ ほら」
「貸せ」

引ったくるように奪い、出演者の欄を確かめる。
嶺二だけじゃない。真斗にレン、カミュまで出演するらしい。
見覚えのある顔触れが揃っていて、思わず台本を落としそうになった。

「それにしてもキャスティング凄いよねー。大財閥の御曹司役にランラン据えるなんて…こんなにロッカーなのにね?」
「…………」

わざと言っているのか本当に分かっていないのか知らないが、嶺二の目はおれの脱色した髪に向いている。

確かに、髪脱色した御曹司なんていやがらないだろうが…。
待て。色々ありすぎてどこから突っ込めばいいかわからねえ。
おれが御曹司役だと…!?

「しかもその御曹司、部下の裏切りにあって財閥がピンチになって、婚約者ともうまくいかずに悲劇的な最後へ…って、ランラン! それぼくの台本!! やめてお願い引きちぎらないで!!」
「……チッ」

誰だこんな脚本書きやがったのは!

しかし、引き受けちまってる以上はやらねえ訳にも…。

いや、今はとにかく経費の申請が先――

ガチャ!

「あーいたいた!良かった~」
「黒崎先輩!」

ドアが開き、入ってきたのは真斗とレンだった。二人とも何かが大量に入った紙袋を抱えている。

「……んだ、テメェら」
「今度のドラマの役作りのことでぜひランちゃんにって、預かってきたんだよね」
「月宮先生からです」
「は?」

言われて紙袋へ目をやると、横から入ってきた嶺二が中から何かを取り出した。

「おお、さすが! やっぱり髪脱色した御曹司じゃ違和感あるもんねぇー! よおっし、じゃあお兄さんが選んでしんぜよう!」
「はぁ!?」
「はーい、被せるからホールドしてお二人さん!」
「了解!」

取り出したのはカツラだった。
避ける間もなく頭に乗せられ、その隙に両脇を真斗とレンにガッチリ挟まれる。

「やめっ、おいっ」
「うーん…ロングはいまいちだね。はい次これ」
「テメェらっ…おれは経費の申請を…っ」
「あ、いい感じじゃない? ランちゃん」
「ええ。とても爽やかな印象になりましたよ黒崎先輩」
「うんうん。これなら御曹司いけるかも……でもなんか、ランランの個性…消えた?」
「んだとコラァ!!」

ガチャ…

両脇のホールドを振りほどき、おれが吼えたところで、再びドアが開いた。

まさかカミュの野郎じゃねぇだろうな!?

睨みつけていると、入ってきたのは春歌だった。
あいつはまずおれたちが入口付近にいるのに気付いて驚き、次いでおれを見て文字通り固まってしまった。

おい……誰だかわからないとか言い出さねぇよな……?
ぼーっとしてるとは言えそこまで…いや、あり得るなこいつなら。

「どうどう後輩ちゃん? 今ね、役作りの為に髪色と髪型変えようって話してたんだよねー」
「あ、は、はいっ。先輩いつもと違う感じなので…」

いつも以上にきょどきょどしてから、結局あいつは俯いてしまった。

一応おれである事には気付いていたらしい。

「あの…その」
「……んだよ、はっきり言え。怒らねぇから」
「いえ、その…す…す、すごく素敵だと……いつもの黒崎先輩もとてもかっこよくて素敵なのですが、あ…」

慌ただしく顔を上げたあいつと目が合う。
途端にあいつの頬がポンッと音が聞こえそうな勢いで真っ赤に染まった。
潤んだ目が少しさ迷った後、そっと反らされる。

「ほ、本当に、素敵だと…思います…」
「……お、おう…」
「わ、私打ち合わせがあるので…し、失礼しますっ…」

そのまま顔を上げることなく、あいつは廊下を駆け抜けていった。

「……」

暫くの沈黙。
それを破ったのはまたも嶺二だった。

「大好評だねぇランラン。髪型はともかく髪色変えるのくらいは良いんじゃない?」
「…そもそも役作りしねぇなんて一言も言ってねぇだろうが。とにかく今おれは経費の申請に行く。邪魔すんな」
「はいはーい」

失礼します、と律儀に礼をして真斗が引き揚げていく。
レンはニヤニヤしながらこちらを見ていたが、真斗に促されて一緒に出ていく。

「じゃあぼくも…帰って役作りしよっと」

明らかに笑いを堪えている顔で嶺二も踵を返した。
が、ドアを開けたところで肩越しに振り返る。

「ランラン…演技の練習必要なら付き合うからね?」
「うるせーよ!」

どうせ今おれが顔真っ赤でバレバレだとか言いたいんだろうが!
しょうがねぇだろあいつにつられちまったんだから!

あーくそ。
あいつに絡むことじゃなけりゃうまく演じきるんだが…

つーか帰ってどんな顔してりゃいいんだよ…いや、いっそこの髪型で迎えてやるってのも良いか。
…逃げそうだなあいつ。

「…おもしれぇ」

絶ッ対、逃がさないから覚悟しとけよ…!





(見て、ランランが超悪い顔になってる! こっわー!)
(やれやれ、ご愁傷様だねレディ…でも、さっきのは可愛すぎたね)
(ああ…直視を躊躇う程に愛らしかったな)




20130705
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