リュウトミルユメ
「やーっぱりさぁ! 糖分のあとは塩分摂りたいし、そしたらまた糖分欲しくなる訳よ!ねっ?」
「う、うん、えーと、言い方、言い方がちょっとまずいんじゃないかな?」
「だって事実じゃない!」
酔っぱらいと介抱者の会話、ではない。飲んでいるのはただのジュースである。
ダァン、とそのジュースが入ったコップを叩きつけ、眼を据わらせた美女がブツブツと悪態をつき続けている。
美人なだけにとても怖い。
その横にいるのは、これまた美人ではあるが、ほんわかとした優しい空気を纏っていて、見ていても話していてもとても癒される少女である。
「友ちゃん、やっぱりもう休んだ方が…」
「だって、だって…!」
迫力美人が、ほんわか美人の胸に飛び込み静かに泣き始める。
もう一度言おう、彼女は呑んでいない。
心の中で宣言して、茉莉はそっとテーブルを移動させた。
あらゆるお菓子で埋め尽くされたそこはまさに惨状というべき荒れ具合で、総カロリー数は考えたくない。十中八九、彼女たちの同期である一ノ瀬トキヤが見たら青筋を浮かべて説教するに違いなかった。
ここは茉莉の部屋である。引っ越してからというもの、月に何度かこうしてお菓子を持ち寄り集まっているのだ。
酔っぱらいのごとく荒れているのが、渋谷友千香。シャイニング事務所所属のタレントである。茉莉とは年代もタイプも違うので会ったことは無かったが、ファッション誌で見かける事も多い、同世代女子憧れのタレント上位に入る売れっ子だ。
そしてもう一人は、七海春歌。シャイニング事務所所属の作曲家である。可愛らしい外見だけでは想像できないかもしれないが、彼女は同期であるST☆RISHと、その先輩にあたるQUARTET NIGHT両グループの楽曲を全て担当している。曲を聴けば誰もが納得する、凄い才能の持ち主である。
この二人、お互い学生時代に知り合って大親友になったという羨ましい関係なのだ。
何故か、そこに今は茉莉も加わりこうして集まる仲になった。
先程まで友千香の仕事の愚痴を聞いていたのだが、怒りがぶり返してしまったらしく、とても荒れている。
春歌がよしよしと頭を撫でてやっているのを見て、茉莉は立ち上がった。
「ちょっと待っててね」
こくりと頷く春歌。困っているが信頼もしてくれているのが分かるその眼差しに微笑みを返して、茉莉はキッチンスペースに向かう。手早く準備を済ませ、コーヒフィルターにお湯を注げば、すぐに良い香りが部屋に広がった。抽出されたコーヒーをカップへ移し、温めたミルクを注ぐ。
カフェオレの完成だ。
「友千香ちゃん、はいコレ飲んで。春歌ちゃんもね」
「うん…ありがと」
「ありがとうございます」
三人同時にこくりと一口飲んで、ほう、とため息が漏れる。そのタイミングまで同じで、自然と笑みがこぼれた。
「はー! いっぱい文句いって泣いてコレ飲むと本当にスッキリするのよねぇ。ごちそうさま!」
「ふふ、良かった。ね、春歌ちゃん」
「はい!」
いつも友千香を慰めている訳ではない。春歌が落ち込んでいる時もあるし、むしろ茉莉が落ち込んで慰められている回数の方が圧倒的に多い。
でも、いつの間にかこうして三人でカフェオレを飲んで終わるのが当たり前になってきて、こうして二人が美味しそうに飲んでくれるのを見るといつも元気を貰うのだ。
「本当に美味しい…いいなぁ日向先生、これいつも飲んでるんでしょ?」
「え? あ…うん、日向さんはブラックコーヒーだけどね、確かに最近は私が淹れる事が多いかなぁ…」
唐突に出た名前に驚いたが、二人とも早乙女学園出身で、龍也は恩師の一人である。先生と呼んでいることからしてやはり馴染みのある存在なのだろう。
事務員として採用されて早数ヵ月。試用期間が明けてから茉莉はなんと、龍也の直属の部下として、彼の部屋付きの事務員になったのだ。
主な仕事は彼の補佐であり、細々した書類のチェックやデータの管理を任せてもらっている。秘書のようなものだろうか。
事務室とのやり取りもあるし行き来でバタバタしているから籠りっきりではない。ほとんど座っていない。お陰で少しは馴染めて来ていると思うが、一番多いのが龍也にコーヒーを淹れるという行動になっている気がする。
「ねえねえ、どんな感じなの? 仕事部屋の中」
「どんなって、入った事あるよね? あのままだよー」
「もおー、鈍いなぁ…まぁだから日向先生もあんな感じなんだろうけど」
「???」
何故か友千香にがっかりされてしまい、茉莉は首を傾げる。
「もういいや、直接聞く! ね、茉莉さんは日向先生の事どう思う?」
「えっ!? どうって……?」
「好き? 嫌い?」
「嫌いなわけないよ!」
「じゃあ好き」
「それもちょっと……」
言葉を続けられなかった茉莉を、友千香と春歌が真剣に見詰めてくる。その様子を見て、茉莉は重大な事実に気づいた。
「は! も、もしかして二人のどちらか、日向さんと付き合ってむぐ!」
言い切る前に口の中にクッキーを詰められ、慌てて噛み砕く。カフェオレで流し込んだ。
「ケホッ…なにするの!?」
「…今のは茉莉さんが悪いです」
「春歌ちゃんまで!?」
「まいっか…今日はこれで許してあげる」
そんな会話をするうち、話題はすぐ別のものになっていく。
女子会はまだまだ続く。
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