リュウトミルユメ
キラキラしいアイドルスマイルが似合う少年たちが、てきぱきと段ボールを運んでいく。汗さえも爽やかさを演出する為に流れているのではないかと錯覚してしまいそうになる。
「茉莉さーん! これは奥でいい?」
「…あ、ハイ!」
少し通り過ぎてからくるりと振り返った赤髪の少年の声にハッとし、慌てて頷いた。
見とれている場合ではなく、きちんと指示を出して自分も運ばなくては。無理やり気持ちを切り替えて、続いて入ってくる段ボールの行き先を伝える。
なぜこうなったかといえば、話はあの、徹夜で仕事をした日に遡る。
仕事の達成感と倦怠感で疲れきっていたあの日。始電まで仮眠するつもりが、かなり深く寝てしまった気がして、茉莉はソファの上で飛び起きた。
途端、何かが体から落ちた音がした。ブランケットである。被って寝た記憶のないそれにやはり見覚えがなく、あれ、と呟いたのは完全に無意識だった。
「起きたか」
「え!?」
正面から聞こえた声はどう考えても副社長である龍也のもので、その低い声に思わずビクリとしてしまった。寝惚けているからである。決して怖かったわけではない。
「あ、えっと…?」
龍也の部屋で眠るのはまずいと思って事務室に移動した、はずだ。なのに何故彼は目の前にいるのだろう。
うまく言葉に出来ずにいる彼女の前で、龍也が苦笑している。向かいのソファで足を組んで座っている彼は、その足に乗せていたノートパソコンを閉じた。
そして、未だぼんやりとその動作を見つめている茉莉に再び目を向けた。
「資料のデータは確認した。良くできてる」
「…あ、はい! え、と…お役に立てましたか?」
「すごくな。だが、徹夜はもうするなよ。させた俺が言えることじゃないが」
「いいえ!私が勝手にしたことですから。ですが、今後は気を付けます…」
話しているうちに目が覚めてきて、茉莉はきちんと座り直し頭を下げる。またしても寝顔を見られてしまった恥ずかしさが込み上げてきて、下げた頭をあげたくないくらいだった。
が、いつまでもそうしている訳にはいかない。
茉莉が一人うちひしがれている間に、彼は一旦部屋から出ると、その手にマグカップを持って戻ってきた。
「ほら」
カップは茉莉が仕事場に持ち込んで使っているものだ。差し出されたカップからも、龍也からもコーヒーの良い香りがしている。
今更気付いたが、龍也はスーツではなくラフな私服である。
「あ、ありがとうございます」
「飲み終わったら帰り仕度してこい。送ってやるから」
「!?」
あやうくコーヒーを噴き出しそうになって、必死に耐える。
「あ、だ、大丈夫ですよ!?」
「買い物ついでだ。送られとけ」
「でも…」
移動手段は、彼の場合バイクのはずだ。
龍也は既に着替えているし、おそらくシャワーでも浴びてスッキリした状態だろうが、こちらは徹夜で仕事をしたままなのだ。近づくには色々気になる。それはもう、色々と。
とは思うものの、茉莉はそれを理由に断るだけの勇気がない。結局、促されるまま彼の後に付いて外に向かう。
「…? こっち、ですか?」
「ああ、柚木が置いて帰った車がある。借りる許可は貰ったから安心しろ」
なるほど、車だった。
勘違いを恥ずかしく思いながら頷き、数台止まっているうちの一台に迷わず近付く。
柚木は車が趣味でかなり拘っている。見た目からして社用車とは違うフォルムなのですぐに分かった。
「……」
「…あれ? これですよね?」
「そうだが…まぁ、いいか…助手席乗れよ」
メットがもうひとつあれば、と呟いていたがどういう意味だったのだろうか。
運転席に乗り込んだ龍也は、少しの間、シフトレバーを触ったりシートの位置を調整したりして、最後にミラーの角度を変えてからエンジンを始動させた。
車庫内に、普通車とは思えないエンジン音が響き渡る。
「!」
「ちゃんと合法なんだろうな、これ…」
不穏な言葉を吐きつつ、龍也が車を発進させる。弟と柚木以外の人の運転は初めてである。車内は別に気まずい沈黙がある訳ではない。なんとなく話しかけるのも躊躇われて、茉莉は龍也の運転捌きを眺めていた。
龍也の大きな手がハンドルからシフトレバーに移る。かなりの間見つめていた事に気付いて正面に目を戻すと、信号待ちで止まった所だった。
「眠けりゃ寝てて良いぜ」
「…いえ…すみません、お気遣い頂いて」
「そうか」
再び沈黙が訪れる。龍也は道路を見たままだ。その横顔に目を向けてみると、彼がまた口を開く。
「今取りかかってるライブが終わったら……事務所の寮に入るか?」
「……は、い?」
言われた内容がよく分からず、きょとんとする茉莉に、車を発進させなから龍也が説明してくれる。
シャイニング事務所の敷地内は、アイドルたちの寮の他、社員寮なるものもあるらしい。
どれだけ広いのだと思ってしまうが、あの広さなら頷ける。まだ茉莉は隅から隅まで見て回れていない。
「え、私がそこに入って宜しいんでしょうか?」
「……試用期間の事を言ってるなら、あれは本当に一応の措置だ。本採用するのは最初から決めてた。実際、問題なく仕事は出来てるしな」
「あ、ありがとうございます…!」
「で、どうする?」
「部屋が空いているなら、ぜひ!」
決まりだな、と笑った龍也が手続き書類を用意する話を始め、もしや自分で揃えて出す流れかと内心焦りながら聞いていれば、自宅へはあっという間に着いていた。
そうして話が今日に戻る。
寮への引っ越し日である。
何故か、荷物運びを通りがかった事務所のアイドルたちが手伝っているのだ。
そもそもこの広い敷地でなぜ偶然通りかかるのだろう。アイドルだからだろうか。きっとそうに違いない。
「トキヤくん、レンくん、助かりました、ありがとうございました!」
「これくらいお安いご用ですよ」
「うん、いつでも頼って? でも、どういたしまして」
電化製品の配線を整えてくれた二人が部屋の奥から歩いてくるのが見えて、茉莉は礼を言った。
彼らは先日のライブでも大いに活躍していた売れっ子アイドルである。それぞれに返ってくる余裕の返答と微笑みの威力は凄まじい。
「茉莉さん、荷物全部運び終わったみたいぜ」
そこへ顔を出したのが、金髪の少年──翔だ。彼も二人と同じメンバーである。その後ろにいる赤髪の彼も、更に、外でトラックを運転する弟と談笑している青髪の彼も、その隣でふわりとした金髪を風に踊らせている長身の彼も。
「茉莉さん! ヒッコシソバはいつ食べますか?」
ひょこりと顔を出し、キラキラした目でこちらを見る異国の少年も。
七人とも、ST☆RISHという国民的人気のあるアイドルたちである。彼らが大集合しているのは、今日は朝から全員での仕事があったからだという。その帰り、トラックで敷地に乗り入れる茉莉に会うなり、何故か、手伝うと言い出し皆付いてきてしまった。
アイドルになんということをさせているのだと恐ろしくなったが、途中、様子を観に来た龍也は怒る所か「もっと必要なら他のやつも使え」とさえ言ってきた。人使い、いやアイドル使いが荒い。
まあ男性が7人居れば、独り暮らしの女の荷物などすぐ運び終えるので十分である。それに、茉莉は元々物をたくさん持たないので、普通より少ないはずだ。
「みんなありがとうございました。ええと、蕎麦はないんだけど、弟特製のハンバーガーがあるから、もし良ければそれを食べていきませんか?」
「わー! やったー! それ、すごく美味しいってれいちゃんも蘭丸先輩も言ってたやつでしょ?」
取り急ぎ、と先に出しておいた皿やコップなどを軽く洗い──当然のようにそれも皆手伝ってくれる──弟がその間、テーブルにハンバーガーを並べる。
手伝い要員がたくさんいるのを見た弟が、気を効かせてこっそり作ってきてくれたのだ。本当に出来た弟である。
「……皆で入るとさすがに狭いな。すまない、手伝うと言いながら……騒がしいだろう?」
「ふふ、賑やかで嬉しいですよ?」
キッチンから振り返り、テーブルに群がる仲間を見た真斗が渋面になるが、茉莉は笑顔を返す。
ちなみに、彼らの方が年下なのだが、立場としては先輩なので茉莉はなるべく敬語を心掛けている。ただ、皆人懐こいので気を抜くと言葉遣いがつられてしまいそうだ。
飲み物を入れてテーブルに戻れば、それぞれ大ボリュームのハンバーガーを手にした面々に囲まれる。
「では、みなさん、お手伝いありがとうございました。これから、改めて宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします!」
「ってことで、いただきまーす!」
「うっまー!」
仲の良さが滲み出たやりとりに囲まれながら、茉莉も一緒に頬張る。
好みを知り尽くした弟による、姉専用バーガーである。幸せが全身に広がった。
「茉莉さーん! これは奥でいい?」
「…あ、ハイ!」
少し通り過ぎてからくるりと振り返った赤髪の少年の声にハッとし、慌てて頷いた。
見とれている場合ではなく、きちんと指示を出して自分も運ばなくては。無理やり気持ちを切り替えて、続いて入ってくる段ボールの行き先を伝える。
なぜこうなったかといえば、話はあの、徹夜で仕事をした日に遡る。
仕事の達成感と倦怠感で疲れきっていたあの日。始電まで仮眠するつもりが、かなり深く寝てしまった気がして、茉莉はソファの上で飛び起きた。
途端、何かが体から落ちた音がした。ブランケットである。被って寝た記憶のないそれにやはり見覚えがなく、あれ、と呟いたのは完全に無意識だった。
「起きたか」
「え!?」
正面から聞こえた声はどう考えても副社長である龍也のもので、その低い声に思わずビクリとしてしまった。寝惚けているからである。決して怖かったわけではない。
「あ、えっと…?」
龍也の部屋で眠るのはまずいと思って事務室に移動した、はずだ。なのに何故彼は目の前にいるのだろう。
うまく言葉に出来ずにいる彼女の前で、龍也が苦笑している。向かいのソファで足を組んで座っている彼は、その足に乗せていたノートパソコンを閉じた。
そして、未だぼんやりとその動作を見つめている茉莉に再び目を向けた。
「資料のデータは確認した。良くできてる」
「…あ、はい! え、と…お役に立てましたか?」
「すごくな。だが、徹夜はもうするなよ。させた俺が言えることじゃないが」
「いいえ!私が勝手にしたことですから。ですが、今後は気を付けます…」
話しているうちに目が覚めてきて、茉莉はきちんと座り直し頭を下げる。またしても寝顔を見られてしまった恥ずかしさが込み上げてきて、下げた頭をあげたくないくらいだった。
が、いつまでもそうしている訳にはいかない。
茉莉が一人うちひしがれている間に、彼は一旦部屋から出ると、その手にマグカップを持って戻ってきた。
「ほら」
カップは茉莉が仕事場に持ち込んで使っているものだ。差し出されたカップからも、龍也からもコーヒーの良い香りがしている。
今更気付いたが、龍也はスーツではなくラフな私服である。
「あ、ありがとうございます」
「飲み終わったら帰り仕度してこい。送ってやるから」
「!?」
あやうくコーヒーを噴き出しそうになって、必死に耐える。
「あ、だ、大丈夫ですよ!?」
「買い物ついでだ。送られとけ」
「でも…」
移動手段は、彼の場合バイクのはずだ。
龍也は既に着替えているし、おそらくシャワーでも浴びてスッキリした状態だろうが、こちらは徹夜で仕事をしたままなのだ。近づくには色々気になる。それはもう、色々と。
とは思うものの、茉莉はそれを理由に断るだけの勇気がない。結局、促されるまま彼の後に付いて外に向かう。
「…? こっち、ですか?」
「ああ、柚木が置いて帰った車がある。借りる許可は貰ったから安心しろ」
なるほど、車だった。
勘違いを恥ずかしく思いながら頷き、数台止まっているうちの一台に迷わず近付く。
柚木は車が趣味でかなり拘っている。見た目からして社用車とは違うフォルムなのですぐに分かった。
「……」
「…あれ? これですよね?」
「そうだが…まぁ、いいか…助手席乗れよ」
メットがもうひとつあれば、と呟いていたがどういう意味だったのだろうか。
運転席に乗り込んだ龍也は、少しの間、シフトレバーを触ったりシートの位置を調整したりして、最後にミラーの角度を変えてからエンジンを始動させた。
車庫内に、普通車とは思えないエンジン音が響き渡る。
「!」
「ちゃんと合法なんだろうな、これ…」
不穏な言葉を吐きつつ、龍也が車を発進させる。弟と柚木以外の人の運転は初めてである。車内は別に気まずい沈黙がある訳ではない。なんとなく話しかけるのも躊躇われて、茉莉は龍也の運転捌きを眺めていた。
龍也の大きな手がハンドルからシフトレバーに移る。かなりの間見つめていた事に気付いて正面に目を戻すと、信号待ちで止まった所だった。
「眠けりゃ寝てて良いぜ」
「…いえ…すみません、お気遣い頂いて」
「そうか」
再び沈黙が訪れる。龍也は道路を見たままだ。その横顔に目を向けてみると、彼がまた口を開く。
「今取りかかってるライブが終わったら……事務所の寮に入るか?」
「……は、い?」
言われた内容がよく分からず、きょとんとする茉莉に、車を発進させなから龍也が説明してくれる。
シャイニング事務所の敷地内は、アイドルたちの寮の他、社員寮なるものもあるらしい。
どれだけ広いのだと思ってしまうが、あの広さなら頷ける。まだ茉莉は隅から隅まで見て回れていない。
「え、私がそこに入って宜しいんでしょうか?」
「……試用期間の事を言ってるなら、あれは本当に一応の措置だ。本採用するのは最初から決めてた。実際、問題なく仕事は出来てるしな」
「あ、ありがとうございます…!」
「で、どうする?」
「部屋が空いているなら、ぜひ!」
決まりだな、と笑った龍也が手続き書類を用意する話を始め、もしや自分で揃えて出す流れかと内心焦りながら聞いていれば、自宅へはあっという間に着いていた。
そうして話が今日に戻る。
寮への引っ越し日である。
何故か、荷物運びを通りがかった事務所のアイドルたちが手伝っているのだ。
そもそもこの広い敷地でなぜ偶然通りかかるのだろう。アイドルだからだろうか。きっとそうに違いない。
「トキヤくん、レンくん、助かりました、ありがとうございました!」
「これくらいお安いご用ですよ」
「うん、いつでも頼って? でも、どういたしまして」
電化製品の配線を整えてくれた二人が部屋の奥から歩いてくるのが見えて、茉莉は礼を言った。
彼らは先日のライブでも大いに活躍していた売れっ子アイドルである。それぞれに返ってくる余裕の返答と微笑みの威力は凄まじい。
「茉莉さん、荷物全部運び終わったみたいぜ」
そこへ顔を出したのが、金髪の少年──翔だ。彼も二人と同じメンバーである。その後ろにいる赤髪の彼も、更に、外でトラックを運転する弟と談笑している青髪の彼も、その隣でふわりとした金髪を風に踊らせている長身の彼も。
「茉莉さん! ヒッコシソバはいつ食べますか?」
ひょこりと顔を出し、キラキラした目でこちらを見る異国の少年も。
七人とも、ST☆RISHという国民的人気のあるアイドルたちである。彼らが大集合しているのは、今日は朝から全員での仕事があったからだという。その帰り、トラックで敷地に乗り入れる茉莉に会うなり、何故か、手伝うと言い出し皆付いてきてしまった。
アイドルになんということをさせているのだと恐ろしくなったが、途中、様子を観に来た龍也は怒る所か「もっと必要なら他のやつも使え」とさえ言ってきた。人使い、いやアイドル使いが荒い。
まあ男性が7人居れば、独り暮らしの女の荷物などすぐ運び終えるので十分である。それに、茉莉は元々物をたくさん持たないので、普通より少ないはずだ。
「みんなありがとうございました。ええと、蕎麦はないんだけど、弟特製のハンバーガーがあるから、もし良ければそれを食べていきませんか?」
「わー! やったー! それ、すごく美味しいってれいちゃんも蘭丸先輩も言ってたやつでしょ?」
取り急ぎ、と先に出しておいた皿やコップなどを軽く洗い──当然のようにそれも皆手伝ってくれる──弟がその間、テーブルにハンバーガーを並べる。
手伝い要員がたくさんいるのを見た弟が、気を効かせてこっそり作ってきてくれたのだ。本当に出来た弟である。
「……皆で入るとさすがに狭いな。すまない、手伝うと言いながら……騒がしいだろう?」
「ふふ、賑やかで嬉しいですよ?」
キッチンから振り返り、テーブルに群がる仲間を見た真斗が渋面になるが、茉莉は笑顔を返す。
ちなみに、彼らの方が年下なのだが、立場としては先輩なので茉莉はなるべく敬語を心掛けている。ただ、皆人懐こいので気を抜くと言葉遣いがつられてしまいそうだ。
飲み物を入れてテーブルに戻れば、それぞれ大ボリュームのハンバーガーを手にした面々に囲まれる。
「では、みなさん、お手伝いありがとうございました。これから、改めて宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします!」
「ってことで、いただきまーす!」
「うっまー!」
仲の良さが滲み出たやりとりに囲まれながら、茉莉も一緒に頬張る。
好みを知り尽くした弟による、姉専用バーガーである。幸せが全身に広がった。