リュウトミルユメ
事務所に新人が来た。と言ってもアイドルではなく事務員である。
これをただの事務員と侮るなかれ。シャイニング事務所の事務はかなり過酷である。
まず社長が非常識で突拍子もない事ばかりする。それを副社長がフォローして回る。事務員はその副社長がスムーズに仕事を行えるよう、全力で走り回らなければならない。
細かな仕事内容をリスト化しようとすると、所属アイドルに関する仕事より社長がやらかした件を鎮静化する為に割く時間の方が長いというおかしなデータがとれてしまう為、藍は早々に事務員に関するデータ収集を止めていた。
しかし、今回の新人については少し事情が違ってくる。
藍は既に彼女を知っているのだ。
高田茉莉。数ヵ月前にとある芸能事務所を辞めた、元、雑誌モデル。タレント活動に興味が無かったのかほぼ無名だった為、すんなりと引退したようだ。
殊更に艷やかで目を引きつける美女という訳ではないのだが、すっきりと整った顔立ちに健康的な笑みが似合ってていて、彼女に悪印象を抱く人間を、今のところ見た事がない。
くるくると変わる表情は分かりやすく、明るい性格だというのはすぐに理解できた。
何故彼女を知っているかと言えば、彼女に少し前までついていたマネージャーが、現在藍たちのグループを支える柚木なのである。彼女の最後の仕事として柚木が受けたのが、藍たちのグループの新曲のMV撮影であり、彼女は急遽ヒロイン役に抜擢されたのであった。
その時はあまり話をする時間はなかったが、その後も交流のあった柚木に連れられ、彼女の弟が切り盛りする店に何度か足を運んだ事がある。彼女は店員として時々話し相手になって貰っていた。
今回の採用の件は、その店の手伝いで偶々事務所を訪れていた茉莉を、居合わせた柚木と林檎が事務員として推薦し、そして龍也がその場で採用を決めたのだという。
彼女のデータは先日彼女の弟からも数々聞き出したのでかなり揃っているが、弟も知らないであろう仕事ぶりについてはこれから見て更新していこうと、藍は密かに事務所に顔を出す回数を少し増やしている。
そのお陰で、もう一人データを更新する必要のある人物がいる事に気がついたのだった。
龍也である。
今までは自室兼副社長室になっている部屋に引きこもるか、外に出ているかだったのに、よく事務室に顔を出しているのだ。
そして、何か失敗したのかそれとも勝手に行き詰まっていたのか、難しい顔でパソコンを睨んでいる茉莉に話し掛け、彼女の笑顔を引き出してから満足げにどこかに立ち去る。
自身で採用を決めた新人の成長がそんなに気になるのだろうか。
「ふふふ~。ぼ・く・は~ぁ、最初から気づいてたよ~ん」
「わかっていてあの態度か……寿、貴様つくづく面倒な男だな」
というのは藍が龍也の行動に疑問を浮かべている事を知ったメンバーの言葉である。
「藍、そこを詮索するのはやめとけ……馬に蹴られんぞ」
蘭丸にまで呆れたような顔で言われた。どうやら三人は理由が分かってるらしいのが非常に納得いかない。
「? 馬なんてその辺にいるわけないでしょ」
「そういう意味じゃ……あー、なんでおれが説明しなきゃなんねえんだよ。嶺二、なんとかしろ!」
「フン、馬ならいないことも無いがな」
「え? そうだねー、社長のペットにいるかもしれないけど」
「……待って、アニマルタレントたちはネコ科とかイヌ科ばっかりだった筈なんだけど」
「なんでそっちの話掘り下げてんだよお前ら」
ペットもといアニマルタレントたちの中に馬は居ただろうかとデータを遡るくらいには、藍にとってやや興味のある話題だったのだが、確かに話が逸れたようだ。
しかし、再び話を蒸し返すような空気でもなく、時間的にもそろそろ仕事モードに切り替えなければならない。
藍はもやもやした気持ちを抱えながらノートパソコンを閉じたのだった。
これをただの事務員と侮るなかれ。シャイニング事務所の事務はかなり過酷である。
まず社長が非常識で突拍子もない事ばかりする。それを副社長がフォローして回る。事務員はその副社長がスムーズに仕事を行えるよう、全力で走り回らなければならない。
細かな仕事内容をリスト化しようとすると、所属アイドルに関する仕事より社長がやらかした件を鎮静化する為に割く時間の方が長いというおかしなデータがとれてしまう為、藍は早々に事務員に関するデータ収集を止めていた。
しかし、今回の新人については少し事情が違ってくる。
藍は既に彼女を知っているのだ。
高田茉莉。数ヵ月前にとある芸能事務所を辞めた、元、雑誌モデル。タレント活動に興味が無かったのかほぼ無名だった為、すんなりと引退したようだ。
殊更に艷やかで目を引きつける美女という訳ではないのだが、すっきりと整った顔立ちに健康的な笑みが似合ってていて、彼女に悪印象を抱く人間を、今のところ見た事がない。
くるくると変わる表情は分かりやすく、明るい性格だというのはすぐに理解できた。
何故彼女を知っているかと言えば、彼女に少し前までついていたマネージャーが、現在藍たちのグループを支える柚木なのである。彼女の最後の仕事として柚木が受けたのが、藍たちのグループの新曲のMV撮影であり、彼女は急遽ヒロイン役に抜擢されたのであった。
その時はあまり話をする時間はなかったが、その後も交流のあった柚木に連れられ、彼女の弟が切り盛りする店に何度か足を運んだ事がある。彼女は店員として時々話し相手になって貰っていた。
今回の採用の件は、その店の手伝いで偶々事務所を訪れていた茉莉を、居合わせた柚木と林檎が事務員として推薦し、そして龍也がその場で採用を決めたのだという。
彼女のデータは先日彼女の弟からも数々聞き出したのでかなり揃っているが、弟も知らないであろう仕事ぶりについてはこれから見て更新していこうと、藍は密かに事務所に顔を出す回数を少し増やしている。
そのお陰で、もう一人データを更新する必要のある人物がいる事に気がついたのだった。
龍也である。
今までは自室兼副社長室になっている部屋に引きこもるか、外に出ているかだったのに、よく事務室に顔を出しているのだ。
そして、何か失敗したのかそれとも勝手に行き詰まっていたのか、難しい顔でパソコンを睨んでいる茉莉に話し掛け、彼女の笑顔を引き出してから満足げにどこかに立ち去る。
自身で採用を決めた新人の成長がそんなに気になるのだろうか。
「ふふふ~。ぼ・く・は~ぁ、最初から気づいてたよ~ん」
「わかっていてあの態度か……寿、貴様つくづく面倒な男だな」
というのは藍が龍也の行動に疑問を浮かべている事を知ったメンバーの言葉である。
「藍、そこを詮索するのはやめとけ……馬に蹴られんぞ」
蘭丸にまで呆れたような顔で言われた。どうやら三人は理由が分かってるらしいのが非常に納得いかない。
「? 馬なんてその辺にいるわけないでしょ」
「そういう意味じゃ……あー、なんでおれが説明しなきゃなんねえんだよ。嶺二、なんとかしろ!」
「フン、馬ならいないことも無いがな」
「え? そうだねー、社長のペットにいるかもしれないけど」
「……待って、アニマルタレントたちはネコ科とかイヌ科ばっかりだった筈なんだけど」
「なんでそっちの話掘り下げてんだよお前ら」
ペットもといアニマルタレントたちの中に馬は居ただろうかとデータを遡るくらいには、藍にとってやや興味のある話題だったのだが、確かに話が逸れたようだ。
しかし、再び話を蒸し返すような空気でもなく、時間的にもそろそろ仕事モードに切り替えなければならない。
藍はもやもやした気持ちを抱えながらノートパソコンを閉じたのだった。