リュウトミルユメ

恥ずかしい。
ふと思い出す度に──正確には覚えていないので言われた内容で想像するしかないのだが、茉莉は激しい後悔にみまわれていた。

もちろん後悔しているのは、昨日QUARTET NIGHTの打ち上げで寝てしまった事である。
実は朝に資格試験があって、前日はよく眠れなかった。そこへまだ慣れない給仕を引き受けてしまい、さすがに限界だったのだ。
朝ようやく目覚めて、そこが弟の私室である事は分かった。だが枕元に、

『危機管理しろ』

という、いかにも男性らしい、見覚えのない筆跡のメモを見つけた時の衝撃は忘れられない。
そしてそれが日向龍也の手になるもので、しかも自分自身が彼に抱えられてベッドに連れてこられたのだと聞かされた時は、さすがに蹲ってしまった。
良い歳した大人がなんという失態をしているのか。アイドルになんという事をさせているのか。穴があったら入りたいとはまさにこういう事ではないか。

そんな思いで項垂れる茉莉に、弟は全く容赦なかった。

「という訳で、これ日向龍也氏にお届けしてきて」
「……龍珠くん、どういう事?」

笑顔をひきつらせる茉莉に、顔立ちが良く似た弟は完璧な営業スマイルで応じてきた。

「日向さんから注文受けたんで作っておいたんだけど、さっき柚木さんがこれだけ持っていくの忘れたんだよね」

なんでも茉莉を二階に運んできた時に少し話をして、そこで注文されたらしい。そして、柚木が先程、いつも通り自分の分を受け取りに来たのだが、一緒に持っていってもらおうと用意していたところ彼は見事に忘れていったのである。

「えぇ…柚木さんのバカ!」
「そんなの前から知ってるでしょ。はい、いってらっしゃ~い」

保冷バッグに入ったそれを受け取り、茉莉は大通りにやってきたバスに乗り込んだ。

シャイニング事務所の場所は分かる。隣の敷地に遊園地があって、撮影で何度か行ったことがあるのだ。
この都心にどれだけの敷地を抱えているのか分からないが、かなりの広さである。それだけシャイニング早乙女の力が大きいという事を示しているし、実際、特に売れっ子でも何でもなかった茉莉ですら、芸能界におけるシャイニング早乙女の噂はよく聞かされていた。

「そこの副社長さんだもんなぁ」

龍也はあまりそういった事を前面に出している感じはしないが、彼もかなりの地位にある。そんな相手になんという事をさせてしまったのか──とまた後悔に襲われそうになりながらバスを降り、大きな塀に沿って歩いた。塀の向こうは既にシャイニング事務所の広大な敷地である。
入り方は分からないがインターフォンくらいあるだろうと、門前で保冷バッグを抱え直す。
大きく、まるでどこかの宮殿のような門である。思わず呆然と見上げていると、背後の通りから近づく足跡があった。

「貴女、もしかして高田茉莉ちゃん?」
「えっ、はい!」

反射的に返事をして振り返り、驚いて固まる。
月宮林檎。
茉莉にだって名前がすぐに頭に浮かぶほどの有名タレントだ。
長いピンクの髪はふわふわと綺麗に巻かれ、透き通るような白い肌は遠目にも分かるほどきめ細やかである。
サングラスを少しずらしてこちらを見る彼女──いや、男性だと分かっていても、彼女と言いたい──の、テレビで見るまま、いやそれ以上の輝く美貌を前に、茉莉は気づけば震えながら呟いていた。

「わ……可愛い」
「あら、なぁに? もっと言って♪」
「えっ、えっ、す、すみませ……っ」

ずい、と顔を寄せられて赤くなりなりつつ後ずさると、くすりと笑われたのが分かった。有名人相手に失礼なことをしてしまった事にさらに恥ずかしくなって、茉莉は困り果てて泣きたくなる。

「どうしたの? 柚木ちゃんに会いに来たの?」
「あ、ええと……日向さんにお届けものを」

柚木を『ちゃん』付けできるのは相当な猛者だと思いつつ、ここに来た理由を説明する。
すると林檎は、何故かとても嬉しそうに頷いてくれた。

「そうなのー♪ じゃあ、入って入って!」
「え!? あの、良いんでしょうか……?」
「だって、入らなきゃ渡せないでしょ?」

そう言って林檎は茉莉の手をとりぐいぐいと引っ張っていく。藍もそうだったが、この細身からどうしてこんな力が出るのだと言いたいくらい力強い。
結局抗えず、そのまま事務所の中に連れていかれる事になった。
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