リュウトミルユメ

何故こんな状態になっているのだろう。
友人の名前でかかってきた電話で嫌な予感がすると駆け付けたものの、そこは、既にどうしようもない状態だったのだ。
場所はとあるバーガーショップである。営業時間は終了しているが、後で確認したところ、そもそも今日は昼頃からずっと貸切の札が出されていて、店内が見えないようにスクリーンが下ろされていたそうだ。
中に踏み込んでみれば、まず見えたのはカウンターの奥で黙々と料理をしている藍。その前のカウンターでへらへらしながら酒を煽る嶺二、そしてその両側に、目を据わらせたカミュと号泣している柚木がいて、蘭丸はカウンターではなくシート席の方で寝ているようだ。

そして、そんな情けない男たちからさらに離れた席で茉莉がうつ伏せで眠っているのが見え、龍也は複雑な気持ちになった。
ここは彼女の弟が切り盛りする店である。柚木が足繁く通うせいで、餌付けられた蘭丸たちも気に入っているとは聞いていた。
先日のロケの打ち上げをすると聞いていたのに、何故こうなったのか。

「……おい、柚木」
「うう……ぼくは、ぼくはもうだめだぁー……」

駄目なようだ。自己申告であるから龍也はそれを信じてやることにした。この強面マネージャーは酒に弱い上、とてつもない泣き上戸なのである。
続いて、と目を向けたカミュの目の据わり方が尋常ではない。何やらぶつぶつ呟いているが相当呑んだらしい。触らぬ伯爵に祟り無しであるとここもスルー。
へらへらしている嶺二は絡んでくる前に問答無用で拳骨を落として静かにさせ、結局藍に視線を向けた。龍也への連絡も彼からのものだったのだ。

「……で、なんでお前が料理を作ってるんだ」
「店主が、二階の自室に下がってるからだね。さっきまでランマルが凄い勢いで食べてたんだよ。そのフォロー」
「そうか……」

その蘭丸は今、毒でも盛られたのかというくらい静かに寝ている。まあ、腹一杯で幸せなのだろう。害はないのでもう少し寝かせておいてやることにした。

「この肉の比率はなかなか難しいね……すべてのブロックで脂の割合が同じ訳じゃないのに、同じパフォーマンスを発揮できるように調合してる……人間の感覚ってこれだから侮れないんだ」
「取り敢えずもう作らなくていいんじゃねえか?」
「明日の仕込み分。これだけ騒いだんだし少し手伝わないと」

一番年下にフォローされてるぞお前たち。
という内心は飲み込んで、龍也はようやっと茉莉の方に顔を向けた。
椅子に座り、テーブルにうつ伏せになったまま器用に眠っている。起こすべきか迷っていると、肉塊を冷蔵庫にしまい終えた藍が手を拭きながら隣にやって来た。

「今、二階で寝かせられるように準備しているから、彼女はもう少しそのままにしていて」
「ああ…わかった」
「それと、彼女はお酒飲んでないよ。給仕に専念するって言ってて、結果的にレイジに絡まれて辟易してた様子だけど」
「……なるほど」

相変わらずのようである。だがまあ元気にやっていそうで何よりである。出来ればこんな形ではなく会いたかったし、嶺二は後でもう数回拳骨を落としておきたい。
様々な感情が押し寄せるが、どれもぐっと押し殺して顔に出さないようにした。

「……日向」
「……ああ、なんだ、お前意識あったのか」

カミュが言葉を発したので驚きつつ返すと、

「寿だけではない。黒崎もなんだかんだその女に触っていたぞ」
「!?」

女嫌いで通っている蘭丸が、と何も言葉を返せない龍也に、藍が追い討ちをかける。

「カミュの言い方は語弊があるけど……ハンバーグを作るときの手捌きが甘いって、後ろから抱き込むみたいにして手を握ってたよね」
「……」

想像するにその感じだと、蘭丸も意識してやった事ではなさそうな気がするが、彼も男なので本当のところはわからない。しかし、茉莉は常識人だと思っていたが、やはりどこか抜けているようだ。
龍也はため息を飲み込み、茉莉の肩にそっと手を掛け、一気に抱き上げた。所謂、お姫様抱っこというやつである。
つい数ヵ月前、花嫁姿の彼女をこうして抱き上げた記憶がよみがえる。あの時は恥ずかしそうに俯いてガチガチに緊張していたが、よほど疲れているのか抱き上げても起きる気配はなく、静かにもたれてくるだけだ。

珍しく、わずかに驚いた様子を見せる藍に奥の扉を開けるように指示し、龍也は改めて店内を見回した。

「とりあえず、こいつを上に寝かせて挨拶したら帰るぞ。タクシー呼んであるから準備しておけよ」

各々から返事があるのを確認し、龍也は扉の奥へと足を向ける。
後ろで、藍がカミュに向かって何か言っている。カミュも茉莉に絡んでいたとかそんな指摘をしているようである。
後で必ず詳細報告をさせようと決め、龍也は渋面で階段を上がったのだった。
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