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リュウトミルユメ

柚木は確かに優秀なマネージャーだった。
仕事内容がこちらの能力に見合わないと判断したらどんな好条件でもバッサリ断るが、成長が見込めると思えば強引にでも捩じ込んでくる。
移動時間の計算もゆとりがあり、歌やダンスの練習時間もなるべく四人揃うように配慮されていた。それでいて休息時間は以前より確保されているのだ。おかげで最近はすこぶる体調が良い。

決まった仕事を確認しようとしたら綺麗に整理されたスケジュール表をぺらりと渡され、蘭丸はこの強面マネージャーに任せて良かったと心底思った。本人に伝えると泣いて喜びそうなので言わないが。

「……って、これ四人分書いてあんのかよ」
「はは、他のメンバーのスケジュール把握も大事だよ? ほら、トークを求められた時にさりげなくネタにしたりとか。そういうのファンは好きだからねー。希望によっては後輩くんたちのも付け足し可能だから言ってね」

ちなみにその要望は藍からだったらしい。さすがに膨大な量なので印刷ではなく全てデータで送信しているのだそうだ。
そんなものを入手して何に使うのかさっぱり理解できないので、後輩のはいらねえ、と返して先程渡された昼食を頬張る。
今日は久しぶりに移動の車内での昼食である。別に家にいてもいい時間だったのだが、昼食を買ってきてくれるというので早めに乗り込んだ。柚木が運転するのはワゴンタイプの車なので、大柄に入る蘭丸でもゆったりと座っていられる。
これから各所にいるメンバーを拾っていき、そのまま県外で四人揃っての撮影になる予定だ。

柚木が用意してくれたのは結構なボリュームのあるハンバーガーだ。有名チェーン店のものではない。最近よく貰うので柚木の行きつけの店なのだろう。
肉はおそらく、ブロックのものをわざと粗いミンチにしている。手作り感の強い食感や肉本来の風味が引き立っているし、肉汁の旨味が素晴らしい。バンズもそれ単体でかなりの高レベル。野菜も多く挟んであり、いつも新鮮で味が良い。
なによりそれらを融合させているソースが見事である。日本人なら誰もが好むであろう甘辛のソースは、よく味わえば味わうほど複雑な香りが広がり、隠し味は何だろうかとじっと考えてしまうほどだ。

「なぁ、この店どこにあるんだ?」
「え? あ、うん……」

ミラーに映る顔はとても話したそうなのだが、急に口をもごもごさせたので、蘭丸は眉を寄せた。

「なんだよ?」
「いや……龍也には言わないでくれる? そこ、茉莉の弟さんがやってるお店なんだ……」
「……弟?」

何故黙っていろというのかピンと来なかったのだが、その視線に耐えられなかったのか、そもそもそんなに隠す気はなかったのか、信号が青に変わると同時に相当な踏み込みをしながら一気に喋りだす。ぐんと加速した勢いで体が勝手に背もたれに押し付けられた。

「あぁーごめん! 白状すると茉莉も時々そこで働いてるんだ! 今、専門学校に通ったり色々充実してるみたいでね、バイトもしたがってるようなんだけど、だったら店を手伝えって弟さんが言ったらしくて、それでねえー」
「…スピード出しすぎじゃねえか?」
「あ! さっきのとこのスタジオで一人待ってたんだった!」

慌ててハンドルを切る柚木。運転する手捌きは荒いのだが、不思議と酔いは来ない。身の危険を感じるとしたら先程のような加速時くらいである。
先に長時間この車に乗ったことがある嶺二が、あれは昔相当走ってた人だと若干興奮していたのが頭をよぎる。運転免許を持っていない蘭丸にはいまいち分からないが、つまりそういう事だろうか。

「龍也に知られると未練がましいって怒られるからさ…そういうんじゃなくて普通にね、会えたタイミングで近況聞かせてもらってるだけなんだけど…何よりこのバーガー美味しいからつい通っちゃって」
「まあ、美味いのは認める」
「お! 蘭丸くんが認めたってなれば本物だね!! お店だとね、バーガーだけじゃなくてプレートランチとかあるんだよ。今度連れていってあげるよ」

撮影の時に初めて会った上、それもほとんど遠くから見ただけだが、茉莉は良くも悪くも普通の感覚の人間に見えた。が、この男をマネージャーにして平然としていた時点で普通ではなかったのだろう。
まあ、今はこの世界の人間ではなくとも、その後も交流があるのは悪いことではないはずだ。
縁というのはどこでどう繋がり、広がっていくか分からないのだから。
などと考えつつ、蘭丸がハンバーガーを片付けている間に、待ち合わせ場所まで戻れたらしい。
スタジオの出入口に爽やか過ぎる笑みをたたえたカミュが立っており、彼の本性を知る者からすればご立腹なのは明らかだった。

「柚木、一度通り過ぎただろう」
「いやー、なんか間違えちゃって」
「誤魔化すな。あれは我を忘れる勢いで何か語っている顔だった。どうせ高田の事だろう」
「あちゃー、見抜かれてた」
「その言い方は止めろ。寿のようで余計に腹が立つ」

ドアを開けた途端笑顔のカミュから発せられた氷のような言葉も、柚木は特に気にしていない。この辺りの図々しさは流石は龍也の友人というべきか。
カミュとてそれは分かっているので、それ以上の会話をする事なく乗り込んでくる。ちらりと蘭丸を見たものの、彼は何も言わずに奥の席へと体を滑り込ませた。
これは別に仲の悪さだけでとる行動ではない。四人揃う時の定位置であり、体格の良い蘭丸とカミュが並ぶと、いくら車内が広いと言っても圧迫感があるのだ。

「さて、次が嶺二くんで、最後が藍くんだね……藍くんは少し撮影が押してるみたいだな」

連絡が入っていたのか、スマホを操って柚木が呟く。
押していると言っても、どうせ次の仕事には間に合うのだろう。この強面マネージャーがギリギリの時間設定などするわけがない。

「カミュくん、これ君の分ね! リクエストのスペシャルデザートバーガー」

どうせバカみたいに甘いのだろうな、というのは予想ができた。保冷ボックスから出てきたのでアイスが使われているのかもしれない。
しかし、何も聞かなかった事にしようと、蘭丸は目を閉じる。
そんなことより、煩い同乗者が来る前に、仮眠をとっておきたかった。
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