リュウトミルユメ
雑誌を捲っていた嶺二が不思議そうに首を捻り、そしてまた雑誌を最初から捲り始める。
この部屋に来てからずっとその繰り返しである。
打ち合せまでまだ少し時間があるものの、嶺二がそういった様子を見せるのは珍しい。
そう分析しつつ、カミュは静観していた。すると、ついに耐えきれなくなったのか蘭丸ががばりと起き上がった。因みに、この男はいつものようにいくつか並べた椅子の上に横になって寝ていたところである。
「っだぁー! ぺらぺらぺらぺら捲る音がうるせーんだよ!」
「へ? そうだった?」
どうやら無自覚だったらしい嶺二はきょとんとした顔で蘭丸の鋭い睨みを受け止めている。そこへ、自身のノートPCから視線をずらすことなく藍が口を挟む。
「最初から最後まで見るだけで何周してたか教えてあげようか?」
「え、ううん、教えてくれなくて大丈夫だよアイアイ。起こしちゃってごめんねランラン」
「……チッ。全然休めねぇじゃねえか……」
壁にかかった時計を見て、蘭丸が椅子を元に戻し始める。嶺二も雑誌を鞄に仕舞い始める。しかしその表情は冴えず、何かに気を取られていることは明らかだった。
「……高田茉莉を探していたのだろう」
カミュが放ったその言葉に、嶺二が弾かれたように反応した。
「そう! よく分かったねミューちゃん! この雑誌でモデルしてるはずなのに全然載ってなくてさぁ〜」
新曲のMVに抜擢された、ほぼ無名のモデル。しっかりと顔が映っている訳ではないとは言え少し話題になってもいいはずなのに、新曲の売れ行きやМVの評判が良いにも関わらず茉莉の存在はどのメディアにも取り上げられて居ない。
当たり前である。
「……その女、今は一般人だ。もうこの業界で見ることはない」
「え」
嶺二が固まる。蘭丸と藍が身構えたのは、次の展開に予想がついたからである。
「えええええええええっあ痛ぁああ!!??」
会議室に響き渡る大音量。その発生源の頭にすかさず拳が落とされ、最後は悲痛な叫びになる。
この男にこんな事ができるのは事務所に一人しかいない。龍也である。
「ったく。何騒いでんだ嶺二」
「だ、だってぇ~って、あれ?」
嶺二の目は既に龍也の横に立つ男に向いている。
そこにいる全員が見覚えのあるその男は、素性を知らない者が見たら既に数人手にかけていそうな凶悪犯に間違うかもしれない。
「あのー、龍也先輩、この方って」
「柚木だ。俺の古くからの知り合いでな。先日ウチの事務所に引き抜いた。それで、お前らのマネージャーとしてつけることになった」
「は?」
間抜けな声を上げたのは蘭丸である。あれの頭では理解できなかったのであろうと哀れみの目を向けたカミュに、気づいた蘭丸がすかさずメンチを切る。途端に、室内に手を叩く音が響く。目を向けると、柚木が顰めっ面で二人を見ていた。
「はい、そこの二人睨み合いはやめるように! たった今から僕が君たちのマネージャーだからね
、そういうの時間の無駄だし禁止だよ!」
「……ウス」
「……」
龍也の言う『古くからの知り合い』が何を意味するのかは良く分かっている。カミュも蘭丸も、さすがにここで反論して、未だに涙目で頭を擦る男の二の舞になろうとは思わない。
「けどリューヤ、なんで今更なの? ボクたち、今までマネージャーなしでやって来たでしょ」
「今まではな。だが、グループ活動が本格化してきて、個人の仕事もこなすとなると、そろそろ専属でマネジメントしないと、お前たち予定合わせんの大変だろうが」
確かに、この打ち合せ自体、1ヶ月前から調整を重ねてようやく実現したものである。
「そうだねー、この数ヶ月休みなしは辛いし。柚木さんよろしくマッチョッチョ☆」
「まぁ、他に時間が割けるしマネジメントしてくれるのは賛成だよ」
「……新曲の練習も個人ばっかだったしな……こんな仕上がりじゃライブどころじゃねえ」
「俺も異論はない」
四人がそれぞれ意見を述べ、龍也が頷く。横に立つ柚木がわずかにほっとした様子を見せた。
「そりゃあ良かった。つーか、社長命令だから仮に異論があってもマネージャーはつくがな」
「それ言ったらおしまいでしょ。て言うかさ、今すごくタイムリーだったんだよ! 柚木さんって茉莉ちゃんのマネージャーだったんでしょ? 彼女って芸能界引退しちゃったって本当?」
「!!」
見てはいけないものを見てしまった。
この時この場にいた誰もがそう思ったと確信できる。
柚木の両目から溢れる涙は止まることを知らず、涙どころか鼻水も芸術的な糸を引いている。
「うっうっ……茉莉……僕が初めてスカウトできた子だったんだ……良い子だったんだよ……だからこそ、だからこそ辞めたいって言われても引き留められなかったんだ……!」
まぁ、この強面に声をかけられたら普通、芸能事務所へのスカウトだとは思わない。そういう事情を鑑みると、茉莉の判断力や胆力は相当なものであったと言えるだろう。
目の前で急にぐしゃぐしゃになった強面にひどく怯えながら、嶺二が声をかける。
「え、えーっとあの……辛いこと聞いてごめんね、柚木さん……」
龍也は当然全て知っていたのだろう。うんざりしたような顔で柚木に会議室のティッシュケースを渡し、それから少し言いにくそうにしながら口を開いた。
「おい、次のライブの打ち合わせ始めんぞ」
「あ! そうだったごめんね四人とも」
龍也の言葉で急に正気に戻り、鞄から書類を出し始める柚木。
強面で涙脆い上、茉莉の事を引きずりすぎている。しかし、いきなり専属マネージャーとして引き抜かれるのだから仕事は出来るのだろう。
一癖も二癖もある男のようである。
「ぼくちん、恐くて今日一人で寝れないかも……」
一番間近で柚木の顔を見ていた嶺二がぽつりと呟いたが、カミュを始め残りのメンバーも龍也さえも当然のように黙殺した。
この部屋に来てからずっとその繰り返しである。
打ち合せまでまだ少し時間があるものの、嶺二がそういった様子を見せるのは珍しい。
そう分析しつつ、カミュは静観していた。すると、ついに耐えきれなくなったのか蘭丸ががばりと起き上がった。因みに、この男はいつものようにいくつか並べた椅子の上に横になって寝ていたところである。
「っだぁー! ぺらぺらぺらぺら捲る音がうるせーんだよ!」
「へ? そうだった?」
どうやら無自覚だったらしい嶺二はきょとんとした顔で蘭丸の鋭い睨みを受け止めている。そこへ、自身のノートPCから視線をずらすことなく藍が口を挟む。
「最初から最後まで見るだけで何周してたか教えてあげようか?」
「え、ううん、教えてくれなくて大丈夫だよアイアイ。起こしちゃってごめんねランラン」
「……チッ。全然休めねぇじゃねえか……」
壁にかかった時計を見て、蘭丸が椅子を元に戻し始める。嶺二も雑誌を鞄に仕舞い始める。しかしその表情は冴えず、何かに気を取られていることは明らかだった。
「……高田茉莉を探していたのだろう」
カミュが放ったその言葉に、嶺二が弾かれたように反応した。
「そう! よく分かったねミューちゃん! この雑誌でモデルしてるはずなのに全然載ってなくてさぁ〜」
新曲のMVに抜擢された、ほぼ無名のモデル。しっかりと顔が映っている訳ではないとは言え少し話題になってもいいはずなのに、新曲の売れ行きやМVの評判が良いにも関わらず茉莉の存在はどのメディアにも取り上げられて居ない。
当たり前である。
「……その女、今は一般人だ。もうこの業界で見ることはない」
「え」
嶺二が固まる。蘭丸と藍が身構えたのは、次の展開に予想がついたからである。
「えええええええええっあ痛ぁああ!!??」
会議室に響き渡る大音量。その発生源の頭にすかさず拳が落とされ、最後は悲痛な叫びになる。
この男にこんな事ができるのは事務所に一人しかいない。龍也である。
「ったく。何騒いでんだ嶺二」
「だ、だってぇ~って、あれ?」
嶺二の目は既に龍也の横に立つ男に向いている。
そこにいる全員が見覚えのあるその男は、素性を知らない者が見たら既に数人手にかけていそうな凶悪犯に間違うかもしれない。
「あのー、龍也先輩、この方って」
「柚木だ。俺の古くからの知り合いでな。先日ウチの事務所に引き抜いた。それで、お前らのマネージャーとしてつけることになった」
「は?」
間抜けな声を上げたのは蘭丸である。あれの頭では理解できなかったのであろうと哀れみの目を向けたカミュに、気づいた蘭丸がすかさずメンチを切る。途端に、室内に手を叩く音が響く。目を向けると、柚木が顰めっ面で二人を見ていた。
「はい、そこの二人睨み合いはやめるように! たった今から僕が君たちのマネージャーだからね
、そういうの時間の無駄だし禁止だよ!」
「……ウス」
「……」
龍也の言う『古くからの知り合い』が何を意味するのかは良く分かっている。カミュも蘭丸も、さすがにここで反論して、未だに涙目で頭を擦る男の二の舞になろうとは思わない。
「けどリューヤ、なんで今更なの? ボクたち、今までマネージャーなしでやって来たでしょ」
「今まではな。だが、グループ活動が本格化してきて、個人の仕事もこなすとなると、そろそろ専属でマネジメントしないと、お前たち予定合わせんの大変だろうが」
確かに、この打ち合せ自体、1ヶ月前から調整を重ねてようやく実現したものである。
「そうだねー、この数ヶ月休みなしは辛いし。柚木さんよろしくマッチョッチョ☆」
「まぁ、他に時間が割けるしマネジメントしてくれるのは賛成だよ」
「……新曲の練習も個人ばっかだったしな……こんな仕上がりじゃライブどころじゃねえ」
「俺も異論はない」
四人がそれぞれ意見を述べ、龍也が頷く。横に立つ柚木がわずかにほっとした様子を見せた。
「そりゃあ良かった。つーか、社長命令だから仮に異論があってもマネージャーはつくがな」
「それ言ったらおしまいでしょ。て言うかさ、今すごくタイムリーだったんだよ! 柚木さんって茉莉ちゃんのマネージャーだったんでしょ? 彼女って芸能界引退しちゃったって本当?」
「!!」
見てはいけないものを見てしまった。
この時この場にいた誰もがそう思ったと確信できる。
柚木の両目から溢れる涙は止まることを知らず、涙どころか鼻水も芸術的な糸を引いている。
「うっうっ……茉莉……僕が初めてスカウトできた子だったんだ……良い子だったんだよ……だからこそ、だからこそ辞めたいって言われても引き留められなかったんだ……!」
まぁ、この強面に声をかけられたら普通、芸能事務所へのスカウトだとは思わない。そういう事情を鑑みると、茉莉の判断力や胆力は相当なものであったと言えるだろう。
目の前で急にぐしゃぐしゃになった強面にひどく怯えながら、嶺二が声をかける。
「え、えーっとあの……辛いこと聞いてごめんね、柚木さん……」
龍也は当然全て知っていたのだろう。うんざりしたような顔で柚木に会議室のティッシュケースを渡し、それから少し言いにくそうにしながら口を開いた。
「おい、次のライブの打ち合わせ始めんぞ」
「あ! そうだったごめんね四人とも」
龍也の言葉で急に正気に戻り、鞄から書類を出し始める柚木。
強面で涙脆い上、茉莉の事を引きずりすぎている。しかし、いきなり専属マネージャーとして引き抜かれるのだから仕事は出来るのだろう。
一癖も二癖もある男のようである。
「ぼくちん、恐くて今日一人で寝れないかも……」
一番間近で柚木の顔を見ていた嶺二がぽつりと呟いたが、カミュを始め残りのメンバーも龍也さえも当然のように黙殺した。