リュウトミルユメ

なんでも、撮影直前に監督が一目惚れしたウエディングドレスが、新婦役に選ばれていた女性には合わなかったそうだ。
ドレスを用意し直すか検討をしていた為に撮影開始時間が延びるだろうと言われていた。
その説明を受けつつ、非常に残念なことに、茉莉にそのドレスはぴったりで、かつその姿を監督に気に入られてしまったのだった。
教会内には、新曲が流れている。参列者席には人が大勢いて、皆祝福モードの顔で拍手している。
そんな中、父役の男性の腕を掴みながら、茉莉は一歩ずつ進んでいく。実際の映像で使うかどうかは分からないが、式の様子は一通り撮るらしい。

気軽な気持ちで引き受けたことを少しばかり後悔しながら、転ばないように注意して歩く。映像に映えるだけあって、豪華なドレスがとにかく重いのである。うつむき気味で良いと言われたのを全力で実行し、足下でふわふわしているドレスをさりげなく捌きまくる。ここはさすがに細かく映らないので大丈夫だと先程スタッフに聞いたのである。
父役の男性の足が止まった。顔を上げると、緊張の面持ちをした龍也が立っていて、ここからは彼の腕を頼りに行くのだと思い出す。
ヴェール越しに龍也を見上げつつ、差し出された手に自分の手を重ねる。誘導された手がしっかりと彼の腕に絡むまで、龍也は待ってくれていた。
二人で歩き、ようやく神父の前に辿り着く。

ここで一旦「カット!OK!」と声がかかり、他の参列者たちからも安堵の声が漏れた。
この後もカメラの角度を様々変えて、誓いの言葉やら何やらが待っているらしい。
椅子に座らせてもらい、ブーケを落とさないように抱え直した。ただ歩くだけで何回撮ったのかわからない。監督はかなり拘るタイプのようだ。まあ、一生残るМVになるだろうし気合が入るのは分からないでもない。
早速やってきたメイクスタッフに汗を拭かれる間、水を飲ませて貰った。しかし、コルセットの締め付けとドレスの重さを思うとあまりごくごく飲めない。

「はぁ…」
「すごい疲れてるねー、茉莉ちゃん」
「はい……ドレスがこんなに大変なら、将来もし結婚する事になっても式はなくていいやって気になってきました」
「えー、旦那さんになる人、絶対茉莉ちゃんのドレス姿見たいだろうに、可哀想~」
「そしたらこのMV見て貰えば…」
「……いや、それは残酷だろ」
 
メイクスタッフとの雑談に、思っても見ないところから突っ込まれ、驚いて横を見る。龍也がいつの間にかそこに座っていたのだ。
意味が分からず首を傾げると、龍也が苦笑した。

「相手が俺なんだぞ」
「あぁ、なるほど……相手が日向さんじゃ勝ち目ないですもんねぇ」
「……ん?」
「茉莉ちゃん、それちょっと違う! 面白いけど!」
「??」

龍也が怪訝な顔をし、メイクスタッフに指摘されたが、本当に思った事を言っただけなので、何が違うのかは分からない。

「茉莉~…うっ…うっ…本っ当に! 綺麗だっ!!まさに晴れ舞台じゃないか!!! 僕はうれしいぞ~」
「ゆ、柚木さん……え、お酒飲んでませんよね?」

近付いてきた柚木は、カシャカシャカシャカシャとうるさいくらいスマホのカメラで写真を撮りまくっている。そして派手に泣いている。飲み会の失敗例状態になっているではないか。

「柚木、お前撮りすぎだろ。親か」
「うっ、うっ……涙で良く見えないから撮っておこうと思って!」
「まず泣くのを止めろよ。今お前の顔トラウマ級の恐怖画だぞ」

二人のやり取りが教会中に響いて笑いが起きる。
茉莉にとってこれが正真正銘最後の仕事だと知っているからこその涙だ。それが分かるから、茉莉も貰い泣きしそうになる。
メイクスタッフからティッシュを貰い、柚木に近付いた。

「ほら、柚木さんじっとしててください」
「え!? あ、いや、さすがに自分で拭…」
「後でその写真私にも下さいね。記念にしますから」

ありがとうございます、と小さな声で続ければ、柚木は真面目な顔になって何度も頷き、スタッフ席に戻っていった。

そろそろ撮影再開になると号令もかかり、茉莉も祭壇に戻る。
既に役に入っているのか真剣な面持ちの龍也と目が合い、自然と背筋が伸びる。すると、彼の方がすっと視線を反らした。

「お前……相手はいるのか?」
「え……っと?」
「結婚を考えるような相手はいるのか」
「いえ、全く」

このままでは本当にもう二度とウエディングドレスを着る機会がないかもしれないくらいには、居ない。
と思ったところでハッとして、茉莉は慌てて付け足した。

「あの、今日は日向さんを旦那様と思って精一杯やりますから!」
「……そうか」
「?」

役になりきろうと思って言ったのだが、茉莉の言葉を聞いた日向は、なぜか撮影開始直前までずっと項垂れていたのだった。
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