蘭春
幾度か訪れたことのあるキッチンパセリのドアを開ける。
準備中の札はかかっていたが、事前に電話して許可を得ているので問題ない。
そのドアの先で、いつもは老婦人がにこやかに出迎えるのだが、今日は違っていた。
「あの、今はまだ準備中で…あっ」
「む?」
「あああっ、か、カミュ先輩!?」
俺を迎えたのは、キッチンパセリの制服に身を包んだ春歌だった。
……ふむ。やや地味だが、似合ってはいるな。
いや、今言うべき言葉はそれではないか。
「何故貴様が働いている?」
「あの、それは…」
春歌が困った様子で口ごもる。
その時、奥の厨房からコック服の男が現れた。
なっ…黒崎…!?
奴は俺を見てあからさまに嫌な顔をした後、春歌に話しかけた。
「おい、なんでコイツがいるんだよ?」
「えーっと…」
聞いたところで春歌が知っているとは思えん。
「予約しておいたはずだが、聞いていないのか?」
「あ! そういえば…」
春歌が何かを思いだし、レジ横の予約表を確認しにいく。
頷いているので、俺の名前が入っているのだろう。
「チッ……なんでこんな時に…」
「老夫婦はどうした?」
「あー。じいさんが腰痛めちまって、今病院だ。その間だけ手伝うことになってる」
「そうか…」
ならば仕方ない。
「では、日を改めよう」
「ですが、せっかくいらっしゃったのに…」
「代理という事は今俺が注文するとこの男が料理をするのだろう? お断りだ」
「テメェ…おれだってテメェになんざ作りたくねぇよ!」
「せ、先輩…っ」
俺たちが睨み合っていると、時計が鳴り響いて開店時間になったことを告げる。
「あ! 黒崎先輩っ、今日は団体の御客様がいらっしゃいます!」
「マジかよ…じいさんちゃんと仕込みしてるんだろうな」
黒崎が焦った様子で厨房に走っていく。
春歌はいそいそと準備中の札を下げ、緊張の面持ちで予約表を抱える。
そして、俺のところへやってきた。
「カミュ先輩、パフェを御所望でしたら私が作りますので…」
それはそれで魅力的な提案だったが、俺は首を横に振った。
「いや、いい。忙しくなるのだろう。落ち着いて味わえないなら今日はいらん」
「ですが…」
カランカラン!
「はぁーい、こんにちは♪ れいちゃんだよーん!!」
「レイジ、うるさい」
振り返ると、勢い良くドアを開けて入ってきたのは寿と美風だった。明らかに美風は寿に無理やり引き摺られて来たようだが。
声が聞こえたのか、黒崎が厨房から顔を出した。
「何しに来やがった!?」
「ランランと後輩ちゃんが社長命令でここで働いてるって聞いて見に来たよん♪」
「ペナルティなんでしょ、しっかりやりなよ」
「テメェら…っ」
寿と美風の言葉で、俺は二人がここにいる理由に思い当たった。
先日、黒崎の仕事でまた春歌が表舞台に立った。しかも、水着で黒崎と絡むなどという全くもって許しがたい撮影を行ったのだ。
これはそのペナルティと言うわけだ。
「ランラン、コック服似合うね~」
「黙れ」
「後輩ちゃんエプロン姿すっごい可愛い!」
「潰すぞ嶺二」
「酷くない!?」
春歌はおろおろしながらドアと俺たちを交互に見ている。
勢揃いしてしまった俺たちに、やってきた客が騒がないか心配しているのだろう。
「寿。騒ぎ立てるならさっさと帰れ」
「ええ~? ミューちゃんだって見物に来たんじゃ…」
「違う。俺は…手伝いだ」
髪を纏め、袖を捲る。
「春歌、予備のエプロンを出せ。俺は厨房に入る。黒崎のせいで店の評判が下がっては問題だからな」
「なっ…!?」
黒崎が絶句している。が、俺は無視して厨房に入った。大の男が二人並ぶと少々狭いが、致し方ない。
「ミューちゃんとランランが並んで料理って壮絶な光景だよね…」
俺が包丁片手に睨むと、寿が青くなって厨房から逃げていく。
「よおーっし、じゃ、僕たちも手伝おうかアイアイ!」
「なんで?」
「あの、ペナルティですし、皆さんにご迷惑をお掛けする訳には…っ」
ここからは声しか聞こえないが、春歌がどんな顔で言っているのか分かる。美風のため息が聞こえてきた。
「……仕方ないな。注文とって料理運べばいいんでしょ?」
「後輩ちゃん、迷惑じゃないし気にしなくて良いから、接客任せてよ~」
確かに、寿がいればフロアに何人客が来ようと難なく捌けるだろう。実家の手伝いで十分慣れている。
横で黒崎がため息をつきかけて飲み込んだのが見えた。
「皆、貴様の為にいる訳ではないから安心しろ」
「うるせーよ。それと厨房は私語厳禁だ」
危なげない手つきで具材を刻みながら、黒崎が答える。
ふん、可愛いげのない男だ。いや、可愛いげなどこの男には要らぬが。
程なく、ドアベルが立て続けに鳴り、フロアが慌ただしくなる。
数分後、ちょこんと厨房に顔を出した春歌が、注文を読み上げた後笑顔を残してフロアに戻っていった。
「……」
「なんだよ」
「何も言っておらんわ」
淡々と返していると、次に美風がやってきて、事務的に注文を読み、不機嫌に俺たちを見た。
「手が止まってるけど、ちゃんと注文捌けるの?」
「当たり前だ」
春歌に癒されている場合ではない。
俺たちは黙々と注文された料理を作り始めた。
ここの看板商品は特大のオムライス。黒崎が慣れた様子でフライパンを操るのを横目に、俺は皿と付け合わせメニューの準備に専念する。
時々フロアから寿が客と談笑する声がする。せいぜい時間稼ぎして貰うとするか。
「ほら、出来たぞ」
「はい!」
黒崎が一品目を完成させ、ちょうど取りに来た春歌に渡す。
二人は以前もここで働いていた事がある。その時もこのような状態だったのだという事は容易に想像がついた。
ペナルティのはずだが、楽しそうなのが腹立たしい。
俺が睨んでいたのが分かったのか、黒崎が再び俺の方へ視線を向けた。
「何だよ」
「…貴様、アイドルなど辞めて転職したらどうだ」
「あ? んだと?」
話しながらも、俺たちは次々と注文された料理を仕上げていく。それを取りに来た寿が余計な口を挟んできた。
「二人とも手際良いね~。いつかアイドル引退したらさ、皆でレストランやるとかどう?」
「一人でやれ」
黒崎と声が揃ってしまった。
む、と睨み合う間に、寿が「ほんと扱い酷いんだから」と嘘泣きしながら皿を運んでいく。
黒崎が面倒そうにもう一度俺を睨んだ後、オムライスを皿に滑り込ませた。
「……厨房は私語厳禁だ」
「…そうであったな」
これ以上話したくないので、俺もその言葉に頷く。
それからは無言でひたすら注文を受け続け、気づけば営業時間を過ぎていた。
「よっし、終わろー!」
最後の客が帰り、寿が笑顔で飛び込んでくる。その顔の前に、黒崎が皿を突き出した。
「うわ、何、何!?」
「メシだ。運べ」
「おお!! ランランやっさしい~♪」
賄い料理というやつか。黒崎が渋々俺にも渡してきた。
…確かに、今日はまだ何も食していなかったな。仕方がない。受け取ってやろう。
「ランマル、僕は要らない。新幹線の時間があるから、もう帰るね」
「先輩、お忙しいのにすみませんでした…っ」
エプロンを外しながら美風が言い、それを聞いた春歌が申し訳なさそうに頭を下げた。
無表情だった美風が、その一言で笑顔になる。
「春歌。こういう時は笑ってありがとう、だよ。ボクはそれで十分だから」
「でも…」
「でもは無し」
「あ…ありがとうございました」
困ったような微笑みだが、威力は十分にあった。美風が満足した様子で帰っていく。
それを見送り、俺と寿、黒崎と春歌でゆったりと夕食を開始した。
あの黒崎が作ったというのに、腹が減っているせいか美味い。そうだな、腹が減っているせいだな。だから俺は感想など言わぬぞ。
「ランランの手料理なんて初めてだよ~。すごい美味しい!なんか感激しちゃう!」
「…そうかよ」
「…フン」
食べている間にも、春歌が皆の飲み物を運んだりと甲斐甲斐しく働いている。
見兼ねたのか黒崎が顔をしかめて言った。
「お前も落ち着いて食え。客じゃねえし、飲み物くらい自分で注げるだろ」
「あ、ですが…」
「ねえねえ後輩ちゃん、さっき冷蔵庫にケーキが入ってたけど、あれは余り?」
なん…だと…!?
「あ、はい。よろしけば召し上がりませんか?」
「食べる食べる!」
「…分かった。取り分けは俺がやろう」
俺が立ち上がると、春歌がびっくりして見上げてきた。
俺は今、そんなにおかしなことを言ったか?
「さすがミューちゃん。でもミューちゃん一人に任せると全部持ってかれそうだから僕ちんも行く~!」
冷蔵庫の扉を開けると、数種類のケーキがいくつか残っていた。
ほう…チーズケーキ、チョコレートケーキ、ベリータルト、あとこれは紅茶のシフォンケーキか…どれもシンプルだがそれだけに味が重要だ。この店に限ってはどれも素晴らしいものであると、俺は既に知っているが。
俺がケーキを吟味している後ろで、寿はフロアの方を観察している。
「やっぱりさ、何だかんだでお似合いだよね、あの二人」
見れば、黒崎の正面に座った春歌が今日一番の笑みで賄い料理を頬張っている。その向かいの黒崎も、偽物かと思いたくなる程穏やかに笑っていた。
「ふん…早乙女ももっとペナルティになる事をさせれば良いものを」
「ほんとだよねー。あ、僕このチョコレートケーキがいい」
「む…貴様っ」
「もう触っちゃったもーん!」
ケーキを持って寿が逃走する。
こら走んな、と黒崎の声がして、フロアが騒がしくなった。
ちっ。あやつが先に行ってしまったと言うことは、春歌はともかく黒崎の分まで俺が用意せねばならぬではないか。
適当にケーキを選んで盛り付けると、俺もフロアに向かう事にした。
20140927
─────
無駄に超長い
蘭春ベースの春ちゃん総受けみたいな感じでわいわいしたかったんです。
カミュ盛り付けのケーキは、練乳仕込みの生クリーム蜂蜜がけになっていると思う。
準備中の札はかかっていたが、事前に電話して許可を得ているので問題ない。
そのドアの先で、いつもは老婦人がにこやかに出迎えるのだが、今日は違っていた。
「あの、今はまだ準備中で…あっ」
「む?」
「あああっ、か、カミュ先輩!?」
俺を迎えたのは、キッチンパセリの制服に身を包んだ春歌だった。
……ふむ。やや地味だが、似合ってはいるな。
いや、今言うべき言葉はそれではないか。
「何故貴様が働いている?」
「あの、それは…」
春歌が困った様子で口ごもる。
その時、奥の厨房からコック服の男が現れた。
なっ…黒崎…!?
奴は俺を見てあからさまに嫌な顔をした後、春歌に話しかけた。
「おい、なんでコイツがいるんだよ?」
「えーっと…」
聞いたところで春歌が知っているとは思えん。
「予約しておいたはずだが、聞いていないのか?」
「あ! そういえば…」
春歌が何かを思いだし、レジ横の予約表を確認しにいく。
頷いているので、俺の名前が入っているのだろう。
「チッ……なんでこんな時に…」
「老夫婦はどうした?」
「あー。じいさんが腰痛めちまって、今病院だ。その間だけ手伝うことになってる」
「そうか…」
ならば仕方ない。
「では、日を改めよう」
「ですが、せっかくいらっしゃったのに…」
「代理という事は今俺が注文するとこの男が料理をするのだろう? お断りだ」
「テメェ…おれだってテメェになんざ作りたくねぇよ!」
「せ、先輩…っ」
俺たちが睨み合っていると、時計が鳴り響いて開店時間になったことを告げる。
「あ! 黒崎先輩っ、今日は団体の御客様がいらっしゃいます!」
「マジかよ…じいさんちゃんと仕込みしてるんだろうな」
黒崎が焦った様子で厨房に走っていく。
春歌はいそいそと準備中の札を下げ、緊張の面持ちで予約表を抱える。
そして、俺のところへやってきた。
「カミュ先輩、パフェを御所望でしたら私が作りますので…」
それはそれで魅力的な提案だったが、俺は首を横に振った。
「いや、いい。忙しくなるのだろう。落ち着いて味わえないなら今日はいらん」
「ですが…」
カランカラン!
「はぁーい、こんにちは♪ れいちゃんだよーん!!」
「レイジ、うるさい」
振り返ると、勢い良くドアを開けて入ってきたのは寿と美風だった。明らかに美風は寿に無理やり引き摺られて来たようだが。
声が聞こえたのか、黒崎が厨房から顔を出した。
「何しに来やがった!?」
「ランランと後輩ちゃんが社長命令でここで働いてるって聞いて見に来たよん♪」
「ペナルティなんでしょ、しっかりやりなよ」
「テメェら…っ」
寿と美風の言葉で、俺は二人がここにいる理由に思い当たった。
先日、黒崎の仕事でまた春歌が表舞台に立った。しかも、水着で黒崎と絡むなどという全くもって許しがたい撮影を行ったのだ。
これはそのペナルティと言うわけだ。
「ランラン、コック服似合うね~」
「黙れ」
「後輩ちゃんエプロン姿すっごい可愛い!」
「潰すぞ嶺二」
「酷くない!?」
春歌はおろおろしながらドアと俺たちを交互に見ている。
勢揃いしてしまった俺たちに、やってきた客が騒がないか心配しているのだろう。
「寿。騒ぎ立てるならさっさと帰れ」
「ええ~? ミューちゃんだって見物に来たんじゃ…」
「違う。俺は…手伝いだ」
髪を纏め、袖を捲る。
「春歌、予備のエプロンを出せ。俺は厨房に入る。黒崎のせいで店の評判が下がっては問題だからな」
「なっ…!?」
黒崎が絶句している。が、俺は無視して厨房に入った。大の男が二人並ぶと少々狭いが、致し方ない。
「ミューちゃんとランランが並んで料理って壮絶な光景だよね…」
俺が包丁片手に睨むと、寿が青くなって厨房から逃げていく。
「よおーっし、じゃ、僕たちも手伝おうかアイアイ!」
「なんで?」
「あの、ペナルティですし、皆さんにご迷惑をお掛けする訳には…っ」
ここからは声しか聞こえないが、春歌がどんな顔で言っているのか分かる。美風のため息が聞こえてきた。
「……仕方ないな。注文とって料理運べばいいんでしょ?」
「後輩ちゃん、迷惑じゃないし気にしなくて良いから、接客任せてよ~」
確かに、寿がいればフロアに何人客が来ようと難なく捌けるだろう。実家の手伝いで十分慣れている。
横で黒崎がため息をつきかけて飲み込んだのが見えた。
「皆、貴様の為にいる訳ではないから安心しろ」
「うるせーよ。それと厨房は私語厳禁だ」
危なげない手つきで具材を刻みながら、黒崎が答える。
ふん、可愛いげのない男だ。いや、可愛いげなどこの男には要らぬが。
程なく、ドアベルが立て続けに鳴り、フロアが慌ただしくなる。
数分後、ちょこんと厨房に顔を出した春歌が、注文を読み上げた後笑顔を残してフロアに戻っていった。
「……」
「なんだよ」
「何も言っておらんわ」
淡々と返していると、次に美風がやってきて、事務的に注文を読み、不機嫌に俺たちを見た。
「手が止まってるけど、ちゃんと注文捌けるの?」
「当たり前だ」
春歌に癒されている場合ではない。
俺たちは黙々と注文された料理を作り始めた。
ここの看板商品は特大のオムライス。黒崎が慣れた様子でフライパンを操るのを横目に、俺は皿と付け合わせメニューの準備に専念する。
時々フロアから寿が客と談笑する声がする。せいぜい時間稼ぎして貰うとするか。
「ほら、出来たぞ」
「はい!」
黒崎が一品目を完成させ、ちょうど取りに来た春歌に渡す。
二人は以前もここで働いていた事がある。その時もこのような状態だったのだという事は容易に想像がついた。
ペナルティのはずだが、楽しそうなのが腹立たしい。
俺が睨んでいたのが分かったのか、黒崎が再び俺の方へ視線を向けた。
「何だよ」
「…貴様、アイドルなど辞めて転職したらどうだ」
「あ? んだと?」
話しながらも、俺たちは次々と注文された料理を仕上げていく。それを取りに来た寿が余計な口を挟んできた。
「二人とも手際良いね~。いつかアイドル引退したらさ、皆でレストランやるとかどう?」
「一人でやれ」
黒崎と声が揃ってしまった。
む、と睨み合う間に、寿が「ほんと扱い酷いんだから」と嘘泣きしながら皿を運んでいく。
黒崎が面倒そうにもう一度俺を睨んだ後、オムライスを皿に滑り込ませた。
「……厨房は私語厳禁だ」
「…そうであったな」
これ以上話したくないので、俺もその言葉に頷く。
それからは無言でひたすら注文を受け続け、気づけば営業時間を過ぎていた。
「よっし、終わろー!」
最後の客が帰り、寿が笑顔で飛び込んでくる。その顔の前に、黒崎が皿を突き出した。
「うわ、何、何!?」
「メシだ。運べ」
「おお!! ランランやっさしい~♪」
賄い料理というやつか。黒崎が渋々俺にも渡してきた。
…確かに、今日はまだ何も食していなかったな。仕方がない。受け取ってやろう。
「ランマル、僕は要らない。新幹線の時間があるから、もう帰るね」
「先輩、お忙しいのにすみませんでした…っ」
エプロンを外しながら美風が言い、それを聞いた春歌が申し訳なさそうに頭を下げた。
無表情だった美風が、その一言で笑顔になる。
「春歌。こういう時は笑ってありがとう、だよ。ボクはそれで十分だから」
「でも…」
「でもは無し」
「あ…ありがとうございました」
困ったような微笑みだが、威力は十分にあった。美風が満足した様子で帰っていく。
それを見送り、俺と寿、黒崎と春歌でゆったりと夕食を開始した。
あの黒崎が作ったというのに、腹が減っているせいか美味い。そうだな、腹が減っているせいだな。だから俺は感想など言わぬぞ。
「ランランの手料理なんて初めてだよ~。すごい美味しい!なんか感激しちゃう!」
「…そうかよ」
「…フン」
食べている間にも、春歌が皆の飲み物を運んだりと甲斐甲斐しく働いている。
見兼ねたのか黒崎が顔をしかめて言った。
「お前も落ち着いて食え。客じゃねえし、飲み物くらい自分で注げるだろ」
「あ、ですが…」
「ねえねえ後輩ちゃん、さっき冷蔵庫にケーキが入ってたけど、あれは余り?」
なん…だと…!?
「あ、はい。よろしけば召し上がりませんか?」
「食べる食べる!」
「…分かった。取り分けは俺がやろう」
俺が立ち上がると、春歌がびっくりして見上げてきた。
俺は今、そんなにおかしなことを言ったか?
「さすがミューちゃん。でもミューちゃん一人に任せると全部持ってかれそうだから僕ちんも行く~!」
冷蔵庫の扉を開けると、数種類のケーキがいくつか残っていた。
ほう…チーズケーキ、チョコレートケーキ、ベリータルト、あとこれは紅茶のシフォンケーキか…どれもシンプルだがそれだけに味が重要だ。この店に限ってはどれも素晴らしいものであると、俺は既に知っているが。
俺がケーキを吟味している後ろで、寿はフロアの方を観察している。
「やっぱりさ、何だかんだでお似合いだよね、あの二人」
見れば、黒崎の正面に座った春歌が今日一番の笑みで賄い料理を頬張っている。その向かいの黒崎も、偽物かと思いたくなる程穏やかに笑っていた。
「ふん…早乙女ももっとペナルティになる事をさせれば良いものを」
「ほんとだよねー。あ、僕このチョコレートケーキがいい」
「む…貴様っ」
「もう触っちゃったもーん!」
ケーキを持って寿が逃走する。
こら走んな、と黒崎の声がして、フロアが騒がしくなった。
ちっ。あやつが先に行ってしまったと言うことは、春歌はともかく黒崎の分まで俺が用意せねばならぬではないか。
適当にケーキを選んで盛り付けると、俺もフロアに向かう事にした。
20140927
─────
無駄に超長い
蘭春ベースの春ちゃん総受けみたいな感じでわいわいしたかったんです。
カミュ盛り付けのケーキは、練乳仕込みの生クリーム蜂蜜がけになっていると思う。