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他プリ春+わちゃわちゃ短編詰め合わせ

ふと、引っ張られたような感覚があって、トキヤは後ろを振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
そう判断しかけて、先程の感覚からすると、もっと目線を下げなければいけないことに気がついた。

「え」

彼にしては珍しく、言葉にならない戸惑いの声が漏れる。
彼の服を掴んでいるのは子どもだった。浴衣を着ているから、花火を見に来たのだろう。青みがかったつやめく黒髪は、汗ですっかり貼り付いている。潤んだ瞳は真っ直ぐトキヤを見上げていたが、今にも涙が溢れ落ちそうだ。

それだけなら、迷子かと思って終わりだった。だが、トキヤが戸惑ったのはそんな理由ではない。
とても似ているのだ──自分の幼少期に。

思わず辺りを見回すが、すれ違う人々は絶えず空に打ち上がる花火に夢中で気づく様子はない。
他人のそら似にしても似すぎである。親戚筋にこの年頃の子どもはいただろうかとまで思いを巡らせはじめてから、トキヤは我に返った。
考えるのは後でもできる。今は目の前の事に集中すべきである。

「ええと、どうしましたか? 迷子でしょうか」

こんな時、友人たちならもっと上手く話せるだろうにと頭のどこかで諦めながら、努めて優しく声をかける。
ここは花火会場ではないが、花火が見える道の為、この辺りで見物している人は多い。はぐれる可能性は大いにある。
少年はなぜか、困ったように眉を寄せ、ちょっと考えてからゆっくりと頷いた。

「そうですか…ご自分の名前は言えますか?」

その問いかけにも、彼はしばらく戸惑いの表情で沈黙した。警戒されているのだろう。誰にでも個人情報を流すのは良くない時代なので、今時の子はそのくらいでいいのかもしれない。
どうしたものかと、少年が掴んだままの自分のシャツに目をやっていると、花火の合間にぽつりと、声が聞こえた。

「ハヤト」
「え」

つい疑いの眼差しを向けそうになったが、少年は今にも泣きそうである。別に、よくある流行りの名前だ。内心そう言い聞かせ、トキヤはひきつりそうになった表情をなんとか制御した。

「そ、そうですか……ハヤトくん、ですね」

こくり。
また頷いた拍子に、ついに涙が溢れ落ちる。心細いのに、よく耐えている方だろう。
トキヤはとりあえず、通行の邪魔にならないよう端に誘導し、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。ハンカチを取り出し、涙とついでに汗も少し拭き取ってやる事にする。

「誰かと花火を見に来たんですか?」

ふるふると、首を横に振るハヤト。おや、とトキヤは少年の反応を意外に思う。浴衣を着せてもらっているのだから、何かしら夏祭りに行く最中のはずだ。
まあともかく、イエスかノーで答える質問なら反応しやすいようである。
トキヤは別の質問に切り替えた。

「一人で歩いていたのですか?」

こくり。

「家族の方は、ここにあなたがいることを知っていますか?」

やや迷ってから、これには否定が返り、それでトキヤは気がついた。「誰かと花火を見に来たのか」という質問に否と答えたのは、彼が一人でここに来たからだ。
誰かとではなく、たった一人で。
首から携帯電話を下げているわけでもなく、試しに聞いてもやはり電話番号や住所は言えないようだった。これではどうしようもない。
大人しく交番に届け出るしかない。

「少し歩きますが、駅の方に向かいましょう」

駅前なら交番もあるし、ここよりは明るく、花火が終わる時間も人通りがある。もしかしたら彼が居ないことに気付いて、彼の家族も探しに来ているかもしれない。

トキヤが差し出した手を、ハヤトがおずおずと握り返してくる。その小さな手の感触にどこか懐かしさを覚えて、トキヤは目を細める。
あまり言葉が出てこないから、まだそんな年齢でもないのかもしれない。が、こちらの言うことは理解しているから、聡明な子なのだろう。
自分の幼少期はどうだっただろう。こんな風に、誰かと手を繋いで歩いた記憶はあったろうか。

なんとはなしに繋いだ手を軽く握ってみると、同じくらいの力で握り返された。試しに強く握れば、精一杯で応えようとしてくる。ふにふにとした柔らかな手が一生懸命握ってくるのがなかなかに面白い。
歩きながら強弱を繰り返しているうちに、ハヤトはすっかりその他愛ない悪戯が気に入ってしまったようで、次はどちらでくるのかと期待に満ちた目で繋いだ手を見つめている。

「ふっ……、足元もちゃんと見てくださいね?……ほら!」
「!」

言っている間にも小さな溝に足を取られそうになり、トキヤが寸前で引き上げる。それすらも楽しいのか、ハヤトはほとんどトキヤにしがみついている状態である。にこにこ笑っていて、先ほどまでの涙など無かったことになっている。
すっかり懐かれたようだ。
喜んで良いものかわからなかったが、怯えられるよりはずっと良い。

「……さあ、もうすぐ駅の方ですよ」

角を曲がるだけで、急に明るくなる視界。高いビル群に、目まぐるしく映像を映し続ける街頭モニター。
嫌な予感というのは本当によく当たるもので、彼らがそこに到着したとたん、その映像にはトキヤが映っていた。
商品の新発売を宣伝するものだ。それに合わせた新曲が流れており、映像中でもトキヤが口ずさんでいる。
さすがにこれは、ハヤトも気付いたかもしれないとそろりと視線を下げれば、彼もまたトキヤを見上げていた。横にいるトキヤではなく、映像の方だが。
そのハヤトの唇が、小さく動いている。映像と同じように歌っているのだと気付いて、トキヤは目を見開いた。
言葉はあまり話せないのではと思っていたが、なかなかに、彼の歌は音程も発音もとてもしっかりしている。
トキヤに見られているのを思い出した瞬間、真っ赤な顔でだんまりになってしまったのが少し残念なくらいだ。

「君は……」

何を言おうと口を開いたのか、途中でわからなくなりトキヤも黙る。二人はしばらく、そのまま見つめあった。

自分にそっくりな少年。けれど、自分とは似ていない少年。
彼は──

「──!」

柔らかく、しかしよく通るその声が彼の名を呼び、文字通り目を輝かせた少年が駆け出していく。
するりと、なんの抵抗もなく、今の今まで共にいたトキヤの横を、風のように走り抜けていく。

その背を追おうと振り向いて、トキヤはあっという間に少年を見失った。
雑踏の中、取り残されたのはトキヤの方だった。

けれど、人混みの向こうに見えた気がするのだ。
少年を抱き上げ、こちらに頭を下げる男性と、寄り添う女性が。

「……!」

浮かびあがった可能性も、胸を締め付けるように込み上げた思いも、結局言葉にはできなかった。そうなる前に消えてしまうくらい、一瞬のものだった。
まるで、夢から覚めたばかりのような、そんな思考のだるさだけが残っていて、トキヤはゆるりと首を振る。

「帰りますか……」

ちらほらと、すれ違う中には彼に気づく人もいる。あまり気にしないようにしながら、トキヤはまた、少年にしがみつかれたあの道を目指す。
花火はちょうど、フィナーレを迎えたようだ。
数年前に、彼女と共に花火会場を回ったのを思い出す。あの時は、その後皆で集まって花火を見上げた。
皆、忙しくして、今年はついに実現出来なかったけれど。

「来年こそは…」

無意識に、少年と繋いでいた方の手を花火に重ねるように掲げていて、トキヤは苦笑した。

彼は──彼らはちゃんと、来年も、その次も三人で同じ空を見上げているだろうか。

そうだと良い。
どうか、必ず、しあわせに。

小さな手の温もりを思い出して、トキヤはぎゅっと、自身の手を握りしめた。






20190806
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お話にでてくるハヤトくんは……
未来からきたのか、過去からきたのか、ちょっとわかりにくい感じで書いてみました。
どちらでも、お好きな方で。


過去だとすると、別の未来に繋がる過去です。
未来だとすると、なにがなんでもこれからトキヤが実現させていく未来です。
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