他プリ春+わちゃわちゃ短編詰め合わせ
◎人はなぜ歌うのか
雨が降っている。
緩急を繰り返しながら窓を打つその音が、広い室内に響く。
そこは、いつもなら、もっと多くの会話で賑わう空間である。
長く降り続く雨が、彼らの口を固く閉ざしているとでも言うように、皆、静かな時を過ごしていた。
「……人はなぜ、歌を歌うのでしょう」
ティーカップの中へ、ぽつりと落とされたつぶやき。問いかけの形をしたそれは、彼らの立場上聞き逃せないもので、かつ、すぐには答えの出せない壮大な議題でもある。皆が顔をあげ、未だ視線を落としたままの声の主を見、次いで互いの顔を見合わせる。
「起源説は様々ありますが……明確に『歌を歌う』という行為をするのは、人間だけだと言われていますね」
一人が答えにならない答えを告げて、向かいに座る一人が「そうだね」と同意を示す。
「……始まりに、理由なんて無かったかもしれねえだろ」
「でも、祈りの歌が女神に届けば、女神は加護を与えてくれます」
「答えを絞るのは難しいな。もしかしたら、違う場所で同時に生まれたのかもしれないし」
誰かが口を開く度、別の意見が生まれる。否定も肯定も出来ない、これが続けばとてつもない難解な議論へと発展する可能性もあるが、皆、問いかけの主がそれを望んで発言した訳ではない事を理解していた。
「いえ、人がなぜ歌うのか……というより、『私たちがなぜ歌うのか』ということなのではないでしょうか」
「僕たちが……」
「そうでしょう?」
先程のつぶやきは、永遠の議題のような壮大なものではなく、もっと単純で、身近なもののはずだ。
そう指摘されれば、声の主は、泣きそうなほどに表情を歪ませ、切ない笑みになった。震える唇が「はい」と囁くように同意を返す。
「ぼくたちが何故歌うか、ね……どんな思いで歌っているのかってことだったら、みんなきっと答えられるんじゃない?」
そう口にした男が「ねえみんな?」と笑顔を向ければ、一様に頷きが返る。
「愛」
「決意」
「憧憬」
「勇気」
「真心」
「情熱」
「衝動」
「幸せ」
「祈り」
「夢」
それぞれが、迷うことなくそれぞれの答えを告げる。それを聞いて、互いに顔を見合せ、得心のいった顔で微笑みあう。
「願いも、想いも……僕たちは、何だって歌に乗せて伝える事ができるんですね」
「……もしかしたらそれは、『歌う』事ができる、人間だけが持って生まれた特別な力なのかもしれません」
「そうかもしれません……いえ、きっと」
室内の空気が和らぐ。気付けばいつの間にか、室内のあちこちにいた彼らは一ヶ所に集まっていて、それも彼らの笑いを誘う。
誰からともなく話題が振られると、口々に感想が述べられはじめ、一気に賑やかになった。
そこへ、軽やかなノックの音が届く。
彼らはぴたりと話を止め、一人がいそいそと扉を開けに行く。
程なく、あまやかな春色が室内に加わった。
20191023
雨が降っている。
緩急を繰り返しながら窓を打つその音が、広い室内に響く。
そこは、いつもなら、もっと多くの会話で賑わう空間である。
長く降り続く雨が、彼らの口を固く閉ざしているとでも言うように、皆、静かな時を過ごしていた。
「……人はなぜ、歌を歌うのでしょう」
ティーカップの中へ、ぽつりと落とされたつぶやき。問いかけの形をしたそれは、彼らの立場上聞き逃せないもので、かつ、すぐには答えの出せない壮大な議題でもある。皆が顔をあげ、未だ視線を落としたままの声の主を見、次いで互いの顔を見合わせる。
「起源説は様々ありますが……明確に『歌を歌う』という行為をするのは、人間だけだと言われていますね」
一人が答えにならない答えを告げて、向かいに座る一人が「そうだね」と同意を示す。
「……始まりに、理由なんて無かったかもしれねえだろ」
「でも、祈りの歌が女神に届けば、女神は加護を与えてくれます」
「答えを絞るのは難しいな。もしかしたら、違う場所で同時に生まれたのかもしれないし」
誰かが口を開く度、別の意見が生まれる。否定も肯定も出来ない、これが続けばとてつもない難解な議論へと発展する可能性もあるが、皆、問いかけの主がそれを望んで発言した訳ではない事を理解していた。
「いえ、人がなぜ歌うのか……というより、『私たちがなぜ歌うのか』ということなのではないでしょうか」
「僕たちが……」
「そうでしょう?」
先程のつぶやきは、永遠の議題のような壮大なものではなく、もっと単純で、身近なもののはずだ。
そう指摘されれば、声の主は、泣きそうなほどに表情を歪ませ、切ない笑みになった。震える唇が「はい」と囁くように同意を返す。
「ぼくたちが何故歌うか、ね……どんな思いで歌っているのかってことだったら、みんなきっと答えられるんじゃない?」
そう口にした男が「ねえみんな?」と笑顔を向ければ、一様に頷きが返る。
「愛」
「決意」
「憧憬」
「勇気」
「真心」
「情熱」
「衝動」
「幸せ」
「祈り」
「夢」
それぞれが、迷うことなくそれぞれの答えを告げる。それを聞いて、互いに顔を見合せ、得心のいった顔で微笑みあう。
「願いも、想いも……僕たちは、何だって歌に乗せて伝える事ができるんですね」
「……もしかしたらそれは、『歌う』事ができる、人間だけが持って生まれた特別な力なのかもしれません」
「そうかもしれません……いえ、きっと」
室内の空気が和らぐ。気付けばいつの間にか、室内のあちこちにいた彼らは一ヶ所に集まっていて、それも彼らの笑いを誘う。
誰からともなく話題が振られると、口々に感想が述べられはじめ、一気に賑やかになった。
そこへ、軽やかなノックの音が届く。
彼らはぴたりと話を止め、一人がいそいそと扉を開けに行く。
程なく、あまやかな春色が室内に加わった。
20191023