他プリ春+わちゃわちゃ短編詰め合わせ

◎藍と翔とヴァイオリン

切なさを募らせるメロディーが、一部の隙もなく奏でられていく。
それはそれで、美しいのだろうと思う。
だが、それだけだ。
それだけで、人のココロは動かない。

「…なんでかな…」
「なにがだ?」

いつの間にか疑問は音になって溢れてしまったらしい。
隣に座っていた少年が、ひょいと身を乗り出して、こちらを覗きこんできた。透き通った眼差しはいつも通り、安心感で包み込んでくれる。

「…ショウやナツキが弾くのと、全然違う曲みたいだ」

簡潔に理由を告げれば、彼はああ、と曖昧にうなずいて、少し困ったような顔で斜め上に視線を流す。

翔も那月も、藍にとっては後輩。けれど、人生の先輩であり、先生であり、そして、友人でもある。
彼らが弦楽器をひきこなす様子を見て、自分もやってみたいと申し出たのは数ヵ月前。二人は、藍の申し出をとても喜んで、時間を作って手解きしてくれた。
そうしてなんとか曲を弾けるようにはなったのだが、違和感は拭えない。

藍が弾くと、何度弾いても、いつだって同じように曲が仕上がる。
これは、音源を再生しているのと同じだ。
人が楽器を弾くというのは、こういう事ではないはずだ。そうでなければ、この世に演奏家など必要なくなる。
翔が弾くと、力強く背を押されて元気になれる。
那月が弾くと、優しい愛情に包まれて癒される。
二人はやはり一流の演奏家なのだ。それぞれに個性があり、それが確立されている。

藍自身の演奏は、ただ綺麗なだけだ。そこに個性も感動もない。
それが、藍が生身の人間ではないからだとすれば、せっかく時間を作って教えてくれた二人にとても申し訳なかったし、知りたくなかった現実を突きつけられてどうすればいいか答えが出せない。

「あのな、藍。楽器は難しいんだよ」
「それは、わかっているけど…」
「いいや、分かってねえ」

強く否定され、少しムッとして見返すと、翔の目は真剣そのものので、思わず言葉を飲み込む。

「俺はともかく、那月の演奏聴いたら誰だって自分の力量に落ち込むもんだから、それはもう気にすんなよ」
「けど…」
「あー、待て。俺が言いたいのはつまりな、楽器弾くのって難しいし、特にヴァイオリンは、音がちゃんととれるだけでも相当凄いんだ! ってこと」

そうなのか、と藍は思うが、藍にとってそれはそんなに難しい事ではなかった。二人の教えは的確だったし、やり方さえ分かれば音取りは彼の能力をもってすればさほど苦労する部分ではないのだ。

「…なんか、あんま伝わってない気がするけど…要は、もっと感情を乗せて弾きたいってことだよな?」
「うん、そうだね…けど、ボクには…」
「出来るだろ、お前なら」

うつむきかけた藍の肩を押して、翔はきっぱりと言い切った。男気溢れる笑顔を見せ付けられて、藍は困惑した。
出来ていないから落ち込んでいたのに、なぜ彼は、こんなに自信満々なのだろう。

「藍、楽器を弾くことにばっかり気を取られてるかもしれねえけど…俺たちのこの声だって、言ってみりゃ楽器なんだぜ? お前の歌は、無感動なものだったか? お前の歌は、ただ綺麗なだけのものだったか?」

違うだろう、と続けて言われて、藍は目を見開いた。
記憶として浮上したのは、必死に声を振り絞って、歌ったあの瞬間。割れるような喝采の中、紫一色に染まったライブ会場を走り回って歌ったあの時。
記憶を辿るだけで、また胸が熱くなる、気がした。

「思い出せたか? な? 出来るだろ?」
「…うん、たぶん」
「っし! じゃあ、次は俺と一緒に弾いてみようぜ」
「分かった」

今まではお互いの演奏を聴きあうだけだったので、音を重ねるのは初めてだ。
その事に気付いた時、藍の中に生まれた気持ちに気付いて、なんだそうか、と心の中で呟いた。
この気持ちは、皆で歌う時と同じだ。
どんな化学反応が起きるだろう、相手はどんな感情をぶつけてくるだろう、そう思いながら向き合い、背を合わせ、声を重ねるあの時と。

「…ショウ、ありがとう」
「おう! いくぜー?」

言葉が短くても、足りなくても、全て理解して、なんでもないように返してくれるこの笑顔が、今、とても嬉しかった。




20190818
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