蘭春
「アイドルにならなかったら、何をしていたと思いますか?」
「さぁ……なんだろうな、音楽に関わる仕事はしてたと思うが」
くだらねぇ質問するんじゃねえよ。
冷めた気持ちで心底そう思いながらも、おれの口は当たり障りのない回答をしている。
幾度もされてきた質問だ。回答は既に用意してある。何年も、ずっと同じ答えだ。
おれの経歴を考慮した質問ということでもない、誰にでも投げかけられているその質問に、いちいち腹を立てて声を荒げるのは無意味だろう。
それでも。
言われるたびに苦々しい思いが浮かぶのを、止められるわけでもない。
もしも、あのとき。
ふとした瞬間にこみ上げた思いを、再三ねじ伏せてきたその「もしも」の先から、おれはずっと逃げてきた。
過去は変えられない。隠せるものでもない。もちろん、恥じるつもりもない。
おれはおれのできることをがむしゃらにやってきただけだ。
音楽しか、なかったから。
「美風さんは、どうですか?」
「ボクもランマルと同じで、音楽の仕事をしてたと思うよ」
隣からする藍の声に引き上げられ、おれは物思いにふけるのをやめる。
「ボクには音楽しかないからね」
感情の薄い声で何気なく放たれたそれ。思わず凝視してしまったおれの顔を見返して、藍がコテンと首を傾げる。
「なに? ランマル」
「…………いや、真似すんなよ藍」
「真似じゃないし」
途端に少し拗ねたように口を尖らせた藍にカメラが向くのがわかる。ああ、この顔は確実に使われるな。藍も計算ずくで撮られている。
「音楽だけは譲れないよ。ボクのアイデンティティだからね」
「それはおれもだ」
「お、お二人は似ていらっしゃるんですね。それで、次の質問ですが……」
険悪な空気になりそうだと怯えた年若い女性インタビュアーがむりやり次の質問へ移る。
この程度で怯えるなら、おれとカミュのやり取りには耐えられねぇだろうな。まあ、嶺ニが居ないうちは手加減しておいてやるか。
あとから合流するメンバーの到着時刻を見計らいながら、おれたちは淡々と質問に答えていく。
「おっつかれさまでーす!」
場違いな明るい声が響き渡り、スタジオの空気が変わる。
「ランランも、アイアイも、大人しくお仕事してたー?」
「ガキ扱いやめろ」
「インタビューくらい答えられるよ、嶺ニじゃあるまいし」
「えーん、ランランもアイアイも反抗期ぃー!」
嶺ニが騒がしく入ってくる後ろで、カミュがにこやかにスタッフへ挨拶している。その奥にもう一人やってくるのが目に入り、ふと心が弛んだ気がした。
「では、写真撮影の準備をしますのでお待ち下さい」
嶺ニたちのインタビューは先日済ませたと聞いている。
未だ騒がしくしている嶺ニたちの横をすり抜け、おれは一人佇んでいるそいつに声をかけた。
「春歌」
「おつかれさまです、蘭丸さん」
周囲への配慮か、小さな声で返してくる春歌。別に、もう隠しても居ないのだから堂々としていれば良いものを。
「どうした? 今日、ここに来る予定じゃ無かったろ」
嶺ニたちに無理やり連れてこられたのか、と心配になり尋ねれば、春歌の目が途端に輝き出す。
ああ、これは。
「あの、編曲作業が終わったので、音源を持ってきたんです! 聞いていただけませんか?」
「おう、今聞く」
やっぱりな。
ここのところ、新曲の最終調整に追われていたがついに納得のいくレベルに仕上がったのだろう。
こいつの才能は、正直もうおれの助言でどうにかなるような水準じゃない。それでも毎回一番に聞かせに来てくれるのだから、悪い気はしない。
春歌の鞄から出てきたイヤホンを借りて聞いていると、視界の隅でニヤニヤしている嶺ニと目が合う。
邪魔だ、消えろ。
手で追い払うも、全く居なくならない。なんならカミュと藍も加わって何か言いたげだ。なんだよ、撮影準備まだ出来てないだろうが。
「ランマル。カルナイの曲なんだから、ボクたちも聞く権利があるよね」
「強欲なたんぽぽ頭め。爆ぜろ」
「ていうか、この際だからスタジオに流してもらっちゃおうよ〜。ね、いいでしょ?」
「え、えっと……」
良いのだろうかと焦る春歌をよそに、嶺ニがさっさと音源を奪い話を通している。まあ、調整前のサビ入り動画は先日公開してたから、問題ないだろう。無理な話なら嶺ニも提案しない。
「春歌。そこでしっかり聞いておけ」
「そうだよ、ハルカ。キミの作ってくれた最高の曲を、ボクたちの歌で最強にしてあげる」
「やっぱり曲が良いとテンション上がるね〜! ありがとうね、後輩ちゃん!」
スタジオの立ち位置に向かいつつ、三様に春歌へ言葉をかけていく。あいつら、言いたい放題しやがって。
「春歌」
おれが呼べば、信頼のこもった目がすぐにおれだけを映す。
「いってくる」
ぽんと頭を撫でてやれば、嬉しそうに細まるその目を見て、おれにも自然と笑顔が浮かぶ。
「いってらっしゃい、蘭丸さん」
おれだけを見て言ってくれるその言葉がおれにとってどれだけの活力になるか、きっとこいつは分かってない。
息を吸い込む。
四人の全く違う声質が、歌い出しからぶつかり合い、重なり、波が生まれる。
おれには、音楽しかない。
おれには、春歌と、春歌の音楽がある。
「もしも」があったら、無かったかもしれない「今」だ。
やっぱり、あれはくだらねぇ質問だったな。
「さぁ……なんだろうな、音楽に関わる仕事はしてたと思うが」
くだらねぇ質問するんじゃねえよ。
冷めた気持ちで心底そう思いながらも、おれの口は当たり障りのない回答をしている。
幾度もされてきた質問だ。回答は既に用意してある。何年も、ずっと同じ答えだ。
おれの経歴を考慮した質問ということでもない、誰にでも投げかけられているその質問に、いちいち腹を立てて声を荒げるのは無意味だろう。
それでも。
言われるたびに苦々しい思いが浮かぶのを、止められるわけでもない。
もしも、あのとき。
ふとした瞬間にこみ上げた思いを、再三ねじ伏せてきたその「もしも」の先から、おれはずっと逃げてきた。
過去は変えられない。隠せるものでもない。もちろん、恥じるつもりもない。
おれはおれのできることをがむしゃらにやってきただけだ。
音楽しか、なかったから。
「美風さんは、どうですか?」
「ボクもランマルと同じで、音楽の仕事をしてたと思うよ」
隣からする藍の声に引き上げられ、おれは物思いにふけるのをやめる。
「ボクには音楽しかないからね」
感情の薄い声で何気なく放たれたそれ。思わず凝視してしまったおれの顔を見返して、藍がコテンと首を傾げる。
「なに? ランマル」
「…………いや、真似すんなよ藍」
「真似じゃないし」
途端に少し拗ねたように口を尖らせた藍にカメラが向くのがわかる。ああ、この顔は確実に使われるな。藍も計算ずくで撮られている。
「音楽だけは譲れないよ。ボクのアイデンティティだからね」
「それはおれもだ」
「お、お二人は似ていらっしゃるんですね。それで、次の質問ですが……」
険悪な空気になりそうだと怯えた年若い女性インタビュアーがむりやり次の質問へ移る。
この程度で怯えるなら、おれとカミュのやり取りには耐えられねぇだろうな。まあ、嶺ニが居ないうちは手加減しておいてやるか。
あとから合流するメンバーの到着時刻を見計らいながら、おれたちは淡々と質問に答えていく。
「おっつかれさまでーす!」
場違いな明るい声が響き渡り、スタジオの空気が変わる。
「ランランも、アイアイも、大人しくお仕事してたー?」
「ガキ扱いやめろ」
「インタビューくらい答えられるよ、嶺ニじゃあるまいし」
「えーん、ランランもアイアイも反抗期ぃー!」
嶺ニが騒がしく入ってくる後ろで、カミュがにこやかにスタッフへ挨拶している。その奥にもう一人やってくるのが目に入り、ふと心が弛んだ気がした。
「では、写真撮影の準備をしますのでお待ち下さい」
嶺ニたちのインタビューは先日済ませたと聞いている。
未だ騒がしくしている嶺ニたちの横をすり抜け、おれは一人佇んでいるそいつに声をかけた。
「春歌」
「おつかれさまです、蘭丸さん」
周囲への配慮か、小さな声で返してくる春歌。別に、もう隠しても居ないのだから堂々としていれば良いものを。
「どうした? 今日、ここに来る予定じゃ無かったろ」
嶺ニたちに無理やり連れてこられたのか、と心配になり尋ねれば、春歌の目が途端に輝き出す。
ああ、これは。
「あの、編曲作業が終わったので、音源を持ってきたんです! 聞いていただけませんか?」
「おう、今聞く」
やっぱりな。
ここのところ、新曲の最終調整に追われていたがついに納得のいくレベルに仕上がったのだろう。
こいつの才能は、正直もうおれの助言でどうにかなるような水準じゃない。それでも毎回一番に聞かせに来てくれるのだから、悪い気はしない。
春歌の鞄から出てきたイヤホンを借りて聞いていると、視界の隅でニヤニヤしている嶺ニと目が合う。
邪魔だ、消えろ。
手で追い払うも、全く居なくならない。なんならカミュと藍も加わって何か言いたげだ。なんだよ、撮影準備まだ出来てないだろうが。
「ランマル。カルナイの曲なんだから、ボクたちも聞く権利があるよね」
「強欲なたんぽぽ頭め。爆ぜろ」
「ていうか、この際だからスタジオに流してもらっちゃおうよ〜。ね、いいでしょ?」
「え、えっと……」
良いのだろうかと焦る春歌をよそに、嶺ニがさっさと音源を奪い話を通している。まあ、調整前のサビ入り動画は先日公開してたから、問題ないだろう。無理な話なら嶺ニも提案しない。
「春歌。そこでしっかり聞いておけ」
「そうだよ、ハルカ。キミの作ってくれた最高の曲を、ボクたちの歌で最強にしてあげる」
「やっぱり曲が良いとテンション上がるね〜! ありがとうね、後輩ちゃん!」
スタジオの立ち位置に向かいつつ、三様に春歌へ言葉をかけていく。あいつら、言いたい放題しやがって。
「春歌」
おれが呼べば、信頼のこもった目がすぐにおれだけを映す。
「いってくる」
ぽんと頭を撫でてやれば、嬉しそうに細まるその目を見て、おれにも自然と笑顔が浮かぶ。
「いってらっしゃい、蘭丸さん」
おれだけを見て言ってくれるその言葉がおれにとってどれだけの活力になるか、きっとこいつは分かってない。
息を吸い込む。
四人の全く違う声質が、歌い出しからぶつかり合い、重なり、波が生まれる。
おれには、音楽しかない。
おれには、春歌と、春歌の音楽がある。
「もしも」があったら、無かったかもしれない「今」だ。
やっぱり、あれはくだらねぇ質問だったな。
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