他プリ春+わちゃわちゃ短編詰め合わせ
ベンチに座り、スマホへと目を落としていた音也の視界の隅で、見覚えのある靴が近付いて止まる。ぱっと顔を上げて、彼は自分の直感が正しかったと、嬉しくなってその名を呼んだ。
「トキヤ!」
「皆さんへのメッセージは打ち終わりましたか?」
「うん、今送ったところ!」
よろしい、と何かの先生のように頷いて、トキヤが微笑む。仕事中に見せるよりも幾分か柔らかな雰囲気のそれは、仲間にだけに向けてくれる特別なものだと、音也は思っている。指摘すると意識してしまうだろうから、言わないけれど。
「では、行きますよ」
「えへへ~、ねぇ、どこに行くの?」
「そうですね。あぁ、寿さんの行きつけだそうですよ」
今日は音也の誕生日だ。現場に入る度に色々な人から祝われて、とても嬉しい。そんな日に、わざわざトキヤが夕飯に誘ってくれた。それはもう、祝ってくれるためだと絶対に決まっている。音也はニコニコ顔を隠すことなくトキヤの後を付いていく。
「れいちゃんの! じゃあ、絶対美味しいね」
「まぁ、否定はしませんね」
待ち合わせた駅から、トキヤは迷わず歩いていく。知らなければ通らないような路地を抜けると、急に洋館のような作りのカフェに辿り着いた。が、そのカフェは既に店仕舞いしている。おや、と思っていると、トキヤはそのままカフェを通り過ぎ、とある扉を押し開く。
「わ……なにここ?」
「カフェの上がバーになっているんです。今日は、そちらへ」
カフェはまた今度来ましょうね、とトキヤが言っているのに頷きながらも、音也の目は雰囲気のある空間に釘付けだ。
照度がやや落とされた、その空間。二階へと続く木製の階段には赤い絨毯が敷かれており、足音を消してくれる。大きな洋館自体は事務所の建物で慣れていたつもりだったが、ここは小さいながらもどこか歴史を感じさせる、重厚な空気が流れている。
「バーって……え、バー?」
「ええ、バーです」
「えーっ、バーとか大人~! どうしよ、緊張する!」
「緊張している人の足取りではありませんよ、音也。店の前です、落ち着いてください」
階段を一段抜かしで駆け上がる音也を追いかけながら、トキヤが呆れたようにたしなめる。しかし、小言はそれ以上続かなかった。
なぜなら、バーの入口と思われる扉が急に開いたからだ。それはもう、勢い良くバーンと。
扉を開け放ったのは銀髪長身の男。てっきり直属の先輩がいるのだと思っていた二人は驚いて動きを止める。
「来たな。待ってたぜ音也」
「え? 蘭丸先輩?」
「ほら、とにかく入れ」
まるで自分の家かのように二人を招き入れる蘭丸。入口近くの席は通り過ぎ、奥の方へとずんずん進んでいく。それほど広くはない店内に、今のところ蘭丸以外の客は見当たらない。
通り過ぎざま、カウンター内からバーテンダーが爽やかな笑みで会釈してくる。蘭丸が何も言っていないのに、席に着くと同時に音也とトキヤの分の水と、 蘭丸の前に酒が置かれた。
「蘭丸先輩もここ行きつけなの?」
「まぁな。音也、そっち見てみろ」
顎で示された方に、なんとピアノが置かれている。そして、その手前には蘭丸のベースが立て掛けてあった。
「えっ、これ……」
期待に目を輝かせる音也に、蘭丸がニヤリとする。
「今日は、思う存分セッションするから覚悟しとけよ!」
「いいの? やったー!」
「トキヤも入れよ」
「はい、分かりました」
勿論いつも持ち歩いているギターをさっと肩から下ろして、音也はいそいそと準備を始めた。トキヤがピアノの前に座って軽く音を確認しているのを、わくわくしながら眺める。
「ねぇ、トキヤのピアノでセッションするの、すっごい久し振りじゃない?」
「……そうでしたか?」
「そうだよ! えへへ、嬉しい! 蘭丸先輩、トキヤ、ありがとう!」
「礼言うのが早えよ。つーか、お前の誕生日祝いだろうが。ここのオーナーも客も、皆音楽好きしかいねぇから遠慮しなくて良いぜ」
「そうなんだけど、それランランが言うのはどうなの?」
「あ、れいちゃん!」
居ないと思っていた嶺二は、なぜかバーカウンターの奥から出てきた。エプロンもつけて、手には料理皿をいくつか持っている。
「オーナーがさ、せっかくだから作れば? とか言い出して……という訳でじゃーん、れいちゃん特製唐揚げカレーだよーん!」
「れいちゃーん! ありがとうー!」
カウンターを挟んだまま抱き合いそうな二人を、フロアにいた店員がおろおろしながら見守っている。カウンターと料理を心配しているのかもしれないが、テンションが高過ぎる二人は全く気づいていなかった。
「あいつ、昨日からここで仕込んでたんだぜ」
「寿さん……」
「あ、おとやん、ケーキもあるからね! セッションも良いけどご飯も食べてねっ☆」
「わっ、いちごのショートケーキ! 食べる~! れいちゃんもあとでセッションしようね?」
「うんうん、しようねー! 他の皆も来るって言うし、オーナーが今日は貸し切りにしてくれるって。だから、ゆっくり楽しもうね」
「うん!」
バチン、と華麗にウインクを決めて、嶺二がカウンターに皿を並べていく。そうなるともう辺り一体が美味しそうな匂いに包まれていて、蘭丸が舌打ちしながら手にしていたベースを置き直した。
「まず乾杯と、腹ごしらえにすっか」
「はーい!」
ニコニコが止まらない音也を真ん中に据えて、それぞれがスツールに腰かける。話している間に、バーテンダーがノンアルコールのカクテルを用意してくれていた。
美しい所作で差し出されたグラスを受け取るなり、音也は早速それを掲げたり匂いをかいだりしてみる。彼のために作ってもらったそれは、赤色が煌めいて、とても綺麗だ。お酒ではないが、大人に近づいているという実感が増したような気がする。
「おとやん、お誕生日おめでとうー!」
「おめでとうございます」
「おめでとう」
豊かに彩られたグラスが、音也に向けて掲げられる。
「ありがとう、みんな……」
本当は、その一言では表せないくらいに嬉しい。でも、それ以上の言葉が出てこない。
この日がくる度に思い出すのは、家に帰って、鏡に「ただいま」を言っていたあの頃。施設の友達に囲まれていたあの頃。学園に通って、アイドルになって、仕事をして。
年々、この日を祝ってくれる人が増えている気がする。それは、とてつもなく幸福なことだと思う。
奇跡としか思えない、すばらしい出会いが続いているのだと思う。
「……っ、ありがとう」
横から後ろから伸びてきた三つの手が、うつむいた音也の髪を順にぐしゃぐしゃにしていく。
くい、と一気に飲み干したカクテルジュースは、甘酸っぱくてさっぱりした味だった。
「どう? 美味しい?」
「うん、すっごく美味しい!」
にっこり笑った嶺二が横から覗きこんでいて、音也も一緒ににっこり笑ったのだった。
完
「トキヤ!」
「皆さんへのメッセージは打ち終わりましたか?」
「うん、今送ったところ!」
よろしい、と何かの先生のように頷いて、トキヤが微笑む。仕事中に見せるよりも幾分か柔らかな雰囲気のそれは、仲間にだけに向けてくれる特別なものだと、音也は思っている。指摘すると意識してしまうだろうから、言わないけれど。
「では、行きますよ」
「えへへ~、ねぇ、どこに行くの?」
「そうですね。あぁ、寿さんの行きつけだそうですよ」
今日は音也の誕生日だ。現場に入る度に色々な人から祝われて、とても嬉しい。そんな日に、わざわざトキヤが夕飯に誘ってくれた。それはもう、祝ってくれるためだと絶対に決まっている。音也はニコニコ顔を隠すことなくトキヤの後を付いていく。
「れいちゃんの! じゃあ、絶対美味しいね」
「まぁ、否定はしませんね」
待ち合わせた駅から、トキヤは迷わず歩いていく。知らなければ通らないような路地を抜けると、急に洋館のような作りのカフェに辿り着いた。が、そのカフェは既に店仕舞いしている。おや、と思っていると、トキヤはそのままカフェを通り過ぎ、とある扉を押し開く。
「わ……なにここ?」
「カフェの上がバーになっているんです。今日は、そちらへ」
カフェはまた今度来ましょうね、とトキヤが言っているのに頷きながらも、音也の目は雰囲気のある空間に釘付けだ。
照度がやや落とされた、その空間。二階へと続く木製の階段には赤い絨毯が敷かれており、足音を消してくれる。大きな洋館自体は事務所の建物で慣れていたつもりだったが、ここは小さいながらもどこか歴史を感じさせる、重厚な空気が流れている。
「バーって……え、バー?」
「ええ、バーです」
「えーっ、バーとか大人~! どうしよ、緊張する!」
「緊張している人の足取りではありませんよ、音也。店の前です、落ち着いてください」
階段を一段抜かしで駆け上がる音也を追いかけながら、トキヤが呆れたようにたしなめる。しかし、小言はそれ以上続かなかった。
なぜなら、バーの入口と思われる扉が急に開いたからだ。それはもう、勢い良くバーンと。
扉を開け放ったのは銀髪長身の男。てっきり直属の先輩がいるのだと思っていた二人は驚いて動きを止める。
「来たな。待ってたぜ音也」
「え? 蘭丸先輩?」
「ほら、とにかく入れ」
まるで自分の家かのように二人を招き入れる蘭丸。入口近くの席は通り過ぎ、奥の方へとずんずん進んでいく。それほど広くはない店内に、今のところ蘭丸以外の客は見当たらない。
通り過ぎざま、カウンター内からバーテンダーが爽やかな笑みで会釈してくる。蘭丸が何も言っていないのに、席に着くと同時に音也とトキヤの分の水と、 蘭丸の前に酒が置かれた。
「蘭丸先輩もここ行きつけなの?」
「まぁな。音也、そっち見てみろ」
顎で示された方に、なんとピアノが置かれている。そして、その手前には蘭丸のベースが立て掛けてあった。
「えっ、これ……」
期待に目を輝かせる音也に、蘭丸がニヤリとする。
「今日は、思う存分セッションするから覚悟しとけよ!」
「いいの? やったー!」
「トキヤも入れよ」
「はい、分かりました」
勿論いつも持ち歩いているギターをさっと肩から下ろして、音也はいそいそと準備を始めた。トキヤがピアノの前に座って軽く音を確認しているのを、わくわくしながら眺める。
「ねぇ、トキヤのピアノでセッションするの、すっごい久し振りじゃない?」
「……そうでしたか?」
「そうだよ! えへへ、嬉しい! 蘭丸先輩、トキヤ、ありがとう!」
「礼言うのが早えよ。つーか、お前の誕生日祝いだろうが。ここのオーナーも客も、皆音楽好きしかいねぇから遠慮しなくて良いぜ」
「そうなんだけど、それランランが言うのはどうなの?」
「あ、れいちゃん!」
居ないと思っていた嶺二は、なぜかバーカウンターの奥から出てきた。エプロンもつけて、手には料理皿をいくつか持っている。
「オーナーがさ、せっかくだから作れば? とか言い出して……という訳でじゃーん、れいちゃん特製唐揚げカレーだよーん!」
「れいちゃーん! ありがとうー!」
カウンターを挟んだまま抱き合いそうな二人を、フロアにいた店員がおろおろしながら見守っている。カウンターと料理を心配しているのかもしれないが、テンションが高過ぎる二人は全く気づいていなかった。
「あいつ、昨日からここで仕込んでたんだぜ」
「寿さん……」
「あ、おとやん、ケーキもあるからね! セッションも良いけどご飯も食べてねっ☆」
「わっ、いちごのショートケーキ! 食べる~! れいちゃんもあとでセッションしようね?」
「うんうん、しようねー! 他の皆も来るって言うし、オーナーが今日は貸し切りにしてくれるって。だから、ゆっくり楽しもうね」
「うん!」
バチン、と華麗にウインクを決めて、嶺二がカウンターに皿を並べていく。そうなるともう辺り一体が美味しそうな匂いに包まれていて、蘭丸が舌打ちしながら手にしていたベースを置き直した。
「まず乾杯と、腹ごしらえにすっか」
「はーい!」
ニコニコが止まらない音也を真ん中に据えて、それぞれがスツールに腰かける。話している間に、バーテンダーがノンアルコールのカクテルを用意してくれていた。
美しい所作で差し出されたグラスを受け取るなり、音也は早速それを掲げたり匂いをかいだりしてみる。彼のために作ってもらったそれは、赤色が煌めいて、とても綺麗だ。お酒ではないが、大人に近づいているという実感が増したような気がする。
「おとやん、お誕生日おめでとうー!」
「おめでとうございます」
「おめでとう」
豊かに彩られたグラスが、音也に向けて掲げられる。
「ありがとう、みんな……」
本当は、その一言では表せないくらいに嬉しい。でも、それ以上の言葉が出てこない。
この日がくる度に思い出すのは、家に帰って、鏡に「ただいま」を言っていたあの頃。施設の友達に囲まれていたあの頃。学園に通って、アイドルになって、仕事をして。
年々、この日を祝ってくれる人が増えている気がする。それは、とてつもなく幸福なことだと思う。
奇跡としか思えない、すばらしい出会いが続いているのだと思う。
「……っ、ありがとう」
横から後ろから伸びてきた三つの手が、うつむいた音也の髪を順にぐしゃぐしゃにしていく。
くい、と一気に飲み干したカクテルジュースは、甘酸っぱくてさっぱりした味だった。
「どう? 美味しい?」
「うん、すっごく美味しい!」
にっこり笑った嶺二が横から覗きこんでいて、音也も一緒ににっこり笑ったのだった。
完