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他プリ春+わちゃわちゃ短編詰め合わせ

※途中、曲や人に対する感想等が入りますが私の個人的な見解ですのでさらっと流していただけると幸いです。







「お疲れさまでした」

スタッフに挨拶をして、楽屋に戻る。今日の仕事はもう無い。ゆっくり家に帰り、明日の準備をするだけだ。
久し振りに本屋に寄るのも良いだろう。最近は忙しさから寄ることが出来ず、話題の本などは取り寄せたりしていたが、やはり本屋で実際に手に取りながら選ぶとより楽しみが増える。

そうと決まれば、とトキヤは手際よく荷物を纏め、楽屋を出ようとドアノブに手をかけた。

ガチャ!

「トキヤ! まだいるー?」

急に開いたドアに衝突しそうになって、トキヤは咄嗟に飛び退いた。
大袈裟ではない。それくらいしなければ、ノックもせずにドアを開けたこの人物は、そのまま中に飛び込んでくるのでどのみちぶつかってしまうところだったのだ。

「音也! ノックしなさいと何度言えば──」
「あ、ゴメンゴメン、トキヤが帰っちゃってたらどうしようって急いでたからさ!」

こちらは怒っているのに悪びれた様子など微塵もない音也。
だからと言って彼を無視して帰るほどの事でもないのが残念でならない。トキヤは自分の甘さを恨めしく思った。

「なんですかそんなに急いで。用があるなら、電話なりメールなりすれは良かったでしょう」

ため息一つで気持ちを切り替え、バッグを肩にかけ直す。

「えへへ、そうだったね。ねぇ、トキヤ今日はもう仕事無いよね?」
「ええ、まあ」
「じゃあさ、ちょっと一緒に行って欲しい所があって……」
「どこですか?」

とたずねた瞬間、トキヤの肩から彼のバッグが消えていた。気づいたときには音也が抱えて走り出している。

「トキヤー! こっちこっち!」
「ちょ、音也……さっきから何なんですか!!」

早くー、などと呑気な声で急かされ走らされ、これで怒るなと言うのは無理がある。しかし音也が自身のポテンシャルを遺憾なく発揮してくれている為、正直追いかけるので精一杯である。

「はぁっ……はぁっ」
「あー!良い汗かいたねー!トキヤ、着いたよ!」
「こ、ここは……?」
「とにかく入ろう!」

背中を押され、エレベーターに押し込まれ、そして降ろされる。いくつも同じようなドアが並ぶそのフロアを歩く頃には、さすがのトキヤもこの場所が何なのかはわかっていた。

「音也……なぜカラオケになど……」
「まあいいじゃん、この部屋だよ!」

音也がドアを開けた瞬間、部屋の中に見知った顔がたくさんあるのが見えた。
そして、何かを構えた彼らが一斉にそれを放つ。

「誕生日おめでとうー!!」

ひらひらと舞う紙吹雪を散らしながら貰った言葉に驚いて、トキヤは目をまるくした。
誕生日。

「トキヤ!誕生日おめでとう!」

まだ背後にいた音也にまで改めて言われて、ようやくトキヤの中で何かが繋がる。

「……イッチー、もしかして、今日が誰の誕生日か忘れてた?」
「あ、ええ……すみません」

繕いようもないほど動揺してしまったので、トキヤは恥ずかしくなって俯いてしまう。
勿論自分の誕生日であること自体は覚えていたのだが、まさかこんな風に祝われると思っておらず、嬉しい反面どんな顔をすればいいのか分からなくなってしまったのである。
何やら察したらしいレンの助け船に大人しく乗っていると、真斗が道を開けてソファーを示した。

「謝ることではないぞ一ノ瀬。さあ、こちらへ座れ」
「そうそう!立ってないで座れよ!なんかすごい汗かいてるけど大丈夫か」
「……大丈夫です」

こんな流れになるならもう少し息を整えたかったのが本音だが、翔のせいではない。
とにかく、勧められるままソファーに腰を降ろす。そこへ、すかさずコップを差し出てくる手があった。

「一ノ瀬さん、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」

春歌である。ありがたく受け取って喉を潤すと、ようやく生きた心地がした。

「俺もはりきって走りすぎちゃった、トキヤ、ごめんね……」
「いえ、私もまだまだ鍛える必要があると実感したのであれはあれで良い経験でしたよ」

バッグを返して貰いつつ、トキヤは苦笑を浮かべる。

「トキヤ、あついですか? もう少し温度を下げますか?」
「大丈夫ですよ。それに、あまり下げると愛島さんが寒くなってしまうでしょう。今くらいでちょうど良いです」
「トキヤ……では、あつくなったら言ってくださいね!」
「はい、ありがとうございます」

エアコンのリモコンを握りしめているセシル。どうやら彼は空調係らしい。彼の奥から那月も身を乗り出していて、バッチリ目が合った。

と言うより、全員がトキヤに大注目している状態である。
そう言えば、先程の祝いの言葉に答えていなかったと気づき、トキヤは改めて皆を見回した。

「皆さん、このような会を開いて頂いてありがとうございます」
「そんなの当然だろ! つーか少し落ち着いたかなって思ってさ、ごめんな皆で見ちまって」
「すまん、礼を言わせるために見ていたわけではないのだ」
「悪いね、特に聖川は緊張してるんだよ、トップバッターだから」

トップバッター、という単語が引っ掛かったトキヤだったが、真斗が既にマイクを手にたたずんでいるので、歌の順番だというのは直ぐに分かった。
咳払いした真斗がおもむろに語り出す。

「一ノ瀬……学園で出会い、同じアイドルとして共に切磋琢磨していける仲間となれた事を嬉しく思う。そして、」
「翔ちゃん、ここ押して良いですかぁ?」
「待て那月! お前はやらなくていい、俺がやるから!」
「あ、マサト! 曲が入りました」
「何!? 一ノ瀬への祝辞はまだ終わっていないぞ!」

翔が那月から選曲用のリモコンを取り上げ、テレビ画面を凝視していたセシルが報告し、真斗が青ざめる。
そうこうしているうちに画面にタイトルが表示され、トキヤは本日何度目かの驚きでお茶を吹き溢しそうになった。

「聖川、祝辞は後でじっくりイッチーに読んでやって。ということで、オレ達からプレゼントとしてイッチーの歌を贈らせて貰うよ」

もう一つのマイクを通してレンが告げて、ちょうど歌い出しに差し掛かる。
『BELIEVE☆MY VOICE』
トキヤの始まりの歌だ。最大限の緊張感に包まれながら、真斗が息を吸い、歌い始める。

「すげぇ……」

翔がポツリと溢したそれは、本当につい出てしまった素直な気持ちだろう。
力強い。
とてつもなく力強い歌い出しである。歌詞の意味を理解しながら発声しているのが良く分かる。
逃げ場のない、完璧な空間。
1コーラス終わるより早く、室内は真斗にしか作れない空気が完成していた。

歌う前の緊張感など消え去って、真斗が曲を歌い切る。
自然と拍手が沸いた。

「聖川さん、ありがとうございます。とても素晴らしかったです」
「そ、そうか……!」

もっと詳しく感想を伝えたかったのだが、何故か真斗が男泣きしそうな程涙目になっているので、トキヤは言葉を飲み込んだ。
もう少し、落ち着いた頃にゆっくり話した方が良さそうである。

「たくさん練習した甲斐があったんじゃない聖川?」
「う、うるさい!」
「はいはーい! 次は俺だよトキヤ! 誕生日おめでとう!!」

喧嘩が始まりそうな真斗とレンの会話をぶったぎって、音也がぴょこんと立ち上がる。
目配せされた翔が曲を入れる間に、真斗からマイクを受け取って音也がステージに立った。

「この曲、歌ってみたかったんだー! いくよー!『星屑☆Shall we dance?』」

彼もまた彼らしく、元気良く歌い始める。自分の曲のはずなのに別の曲のような印象を受けて、トキヤは苦笑した。
音也の楽しそうな笑顔はやはり、ステージにいると特にキラキラ輝いて見える。それが歌にも影響するのだろうか。

「みんなも一緒に!」

振り付けまで覚えたらしく、こちらを巻き込みながら歌を進めていく。
指差されたレンがちゃんと応えて踊っているのが意外だった。

「どうだったー? トキヤ!」
「ええ。ありがとうございます。楽しく歌って貰えて良かったです」
「うん、楽しい曲だもんね!」

歌い終わるなり隣にやってきた音也にジュースを渡してやる。ライバルだと思っている相手なだけに、嬉しさだけでない感情が混じる。

「さて、次はオレだよ、イッチー。誕生日おめでとう」

この曲順だとおそらく……と予想した通りのタイトルが見えて、トキヤは目を細めた。
『七色のコンパス』
アカペラ部分を、レン独特の甘い声が滑らかに歌い上げていく。

真斗の作る強さとも、音也の醸し出す光のステージとも全然違う、妖しくて甘い空気。
これは──

「ファンタスティック……」

ちらりと見ると、セシルが目をキラキラさせている。ちなみに、エアコンのリモコンはまだ握りしめている。
気を取り直してレンに視線を戻す。トキヤが見ているのに気付くとご丁寧にウインクを飛ばしてきたが、別に嬉しくない。まあサービスということで今回は大人しく受け取っておく事にした。

曲のイメージが変わりそうなくらいの衝撃である。しかし、今の自分であれば真似できるアプローチかもしれない。
冷静に考えつつ、歌はしっかりと耳に焼き付ける。皆でトキヤの歌をと言い出したのが誰か知らないが、成る程、体験してみると単純に嬉しいだけではなく様々な発見があって、録音しておければ良いのにと悔しくなる。
それならば、今は楽しんで、後でいくらでも分析できる。

歌い終えたレンがニコリと笑ってソファに腰を下ろした。

「イッチー、オレからのお祝いの気持ち、ちゃんと届いた?」
「ええ、ありがとうございました」
「次はワタシからです! トキヤ、誕生日おめでとうございます!トキヤはいつも色々なことを分かりやすく教えてくれます。これからも頼りにしています!」

前奏の間に、セシルが目をキラキラさせながらトキヤに語りかける。
彼に言われると何でも素直に受け入れられるから本当に不思議である。
はい、と頷いてみせると、セシルも嬉しそうに笑って歌い始めた。
『My Little Little Girl』
セシルの声に合った選曲だと思った。とても綺麗に、丁寧に歌ってくれているのが嬉しくなる。
心に染み渡るような優しい声に包まれ、カラオケボックスにいることさえ忘れてしまいそうな和やかな気持ちになった。

「ありがとうございました」
「セシル……お前すげーな!」

翔が涙を拭いつつ、マイクを回収している。
トキヤも名残惜しく思いながら戻ってきたセシルを労う。

「嬉しかったです、ありがとうございます愛島さん」
「トキヤが喜んでくれてワタシも嬉しいです!」

次は翔だろうか、とコップに手を伸ばしたトキヤだったが、その翔がマイクを渡した相手を見て文字通り固まった。

「頑張って、レディ!」
「ハルちゃん! とっても可愛いですー!」

ステージに立ったのは春歌だったのである。
そういえばと思い返すと、彼女は今までの皆の歌に全く反応していなかった。緊張でそれどころでは無かったのだろう。

「い、一ノ瀬さん……お、おめ、おめでとございまふっ!」
「な、七海!落ち着いて!!」
「く、……『CRYSTAL TIME』……いきますっ!」

既にパニックになりかかっている春歌であったが、曲の再生が始まると、何度も深呼吸して、震える手でマイクを持ち、少しずつ歌い始めた。
皆、黙っている。春歌を除いて、同じ気持ちを共有しているのは確実であった。
サビに差し掛かる辺りでほんの少し余裕が出たのか、顔を上げた途端トキヤと目が合った。
するとまた、薄暗くても分かるほど顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

「……っ」

つられたトキヤも顔が赤くなっている自覚がある。本当に、この時間を永久保存版で録画しておいてくれないだろうかと願わずにいられない。
何とか平常心を装って、その後の歌う姿を見守り、曲が終わった瞬間大喝采が起きた。
何目的の集まりだかわからなくなるくらい盛り上がっているが、トキヤも同じ気持ちなので咎めたりなどしない。

「七海さん、よく頑張りましたね」
「あ、あの……うまく歌えなくて……」
「懸命に歌ってくださったではありませんか。とても嬉しいです。ありがとうございます」

精一杯、下心を隠して感謝の気持ちを込めて春歌に言葉をかけるが、彼女も真斗同様泣き出しそうなので後は微笑むだけにとどめておく。
そうこうしているうちに次の曲が始まり、ステージを見ると、満面の笑みで那月がマイクを手にしていた。

「トキヤくん、おめでとうございます! 頑張って歌いますね~!」

曲は『Independence』である。
春歌の可愛い歌の余韻を吹き飛ばす勢いで、得体の知れない何かが背筋を通り抜けていく。
彼こそが絶対であると言わんばかりの歌唱。豹変した彼が作り出す圧倒的な空間に、皆が畏れと震えを隠しきれずにいた。
そして、ついにラストのサビに差しかかった時──

カシャーン!

「……え」

派手に音を立てて落ちてきたその眼鏡が誰のものか、考えるまでもない。
先程とは違う恐怖が込み上げてくる。

もちろん歌は続いている。元々彼の歌であったかのように華麗かつ情熱的に歌い上げている。
そんなに情熱的な歌だったかと言われるとちょっと良く分からなくなってきた。
まあこれはこれで身を委ねてしまいたいくらい素晴らしいのだが、聞き手側は今、目配せで犠牲の押し付けあいをしていた。

何故せっかく開いてもらった自分の誕生日会でそんな恐怖体験をしなければいけないのだという、譲れない理由があるのでトキヤもここは引けない。

もうじき、曲が終わる。
歌い手の方は、何故かステージで片膝立ちして天に向かって吼えていた。目は閉じられている為、チャンスは今しかない。
と、ここでレンが持ち前の流し目スキルを発揮して翔へとパスをする。

「(え、ちょっ、レンおまえっ!)」
「(すまん来栖……)」
「(ショウ! 男気です!)」
「(翔くん、あ、あの、私が……!)」

春歌がおろおろし始めた所で、ついに覚悟を決めたらしい翔が眼鏡をそっと拾い上げる。
そこからの彼は速かった。
最後の一音を発した砂月がふと動きを止めた瞬間、素早く駆け寄る翔。
職人技とも言うべき無駄の無い動きであった。
数秒の間。皆が固唾を飲んで見守る中、中心人物が言葉を発する。

「……あれぇ、曲終わっちゃいました?」

意識を取り戻し、那月が首を傾げる中、大きな拍手が起こる。
室内は、謎の達成感に包まれていた。






時を同じくして。
実は、トキヤたちのいる部屋の隣にも数名客が入っていた。

「フゥー!! ウォンチュッ!ラビュッ!」

マイクを持ったその人物がマラカス片手に歌い上げて、気分よく振り返る。
ハイタッチする勢いで腕を上げていたが、残念ながら、彼のテンションに付き合ってくれる誰かはそこに居なかった。

「ちょっとちょっとーォ、皆ノリ悪いぞー?」
「食事中だ、静かにしろ」

めげずに話し掛けるが、答えは冷淡なものだった。しかし、言われ慣れている彼は「まったくもう」と呟きながら席に座る。

「さっきからぼくちんばっかり歌ってるんですけどぉー」
「おい、ロックバンドのライブ映像とかねぇのかよ。そっち流せ」
「せっかくこの四人でカラオケに来たのに!」

嶺二の言葉に、うんざりしたような三人の視線が返る。
そもそも、このカラオケに三人は乗り気では無かった。
しかし、嶺二のしつこい勧誘と、最新設備完備、食べ放題付き、という条件でしぶしぶ付き合っているのだ。
なので、蘭丸とカミュはそれぞれ食事に忙しく、藍は何やらPC片手に選曲機をいじっているが歌う気配はない。

嶺二が誘いをかけた時の目的は勿論、後輩たちが準備していたトキヤの誕生日会の様子をこっそり見守ろう、というものだ。しかし、折角訪れたので少しは自分も楽しみたい。
なので曲を入れるのだが。
前奏が終わり、さあ勢いよく歌を──歌えなかった。

「え……」

曲がぶち切られ、嶺二は呆然とする。振り返って確認すると、リモコンを持っているのはやはり藍であった。

「アイアイー?」
「うるさい。第一、目的はこっちでしょ」

泣きつこうとする嶺二を制して、藍がノートパソコンの画面を皆に向ける。
そこに映っていたのは、

「え、これ……隣の部屋?」
「どこについてるカメラだこれ」
「ショウに頼んでおいたんだよ。後で編集してトキヤにあげるから部屋が見渡せるところに設置してって」

乗り気では無かったはずなのに一番用意が良い。衝撃を受ける嶺二をよそに、食べるのに忙しかったはずの蘭丸やカミュまで、その手を止めて映像を見ている。
ちゃんと音も拾っているらしく、皆が楽しんでいる様子が伝わってくる。

「お前がさっきからパソコン弄ってたのはこれかよ」
「ううん。これはただ繋いだだけ。さっきまでやってたのはボクからトキヤへのプレゼントの用意」
「なになに?何してたの?」
「もうすぐだよ」

しー、と口元に指を当てる藍に、三人は従う。
パソコンから、後輩たちの話し声が聞こえてきた。

『あれ、次のナイショ予約ってやつ誰が入れたんだ?』
『ん? 本当だ……聖川……はさっきから機械弄ってないし……シノミー、これに触った?』
『え? なんですかぁ?』
『自覚なしだな……まあ、曲が始まれば誰が入れたかわかるだろ』

まさか。
三人が藍を見つめるが、彼は表情を変えることなく画面を見つめている。
やがて聞こえてきたのは、とても軽快な音楽だった。

『はっ! HAYATO様!?』

春歌の可愛い声が響き、彼女がとてもキラキラした顔でカラオケ画面を見つめる様子が映る。
その手前でトキヤがこの世の終わりみたいな顔をしているのも映っている。

『誰です! こんなものを入れたのは……!』
『わぁ、トキヤくんのHAYATO楽しみですぅ!』
『ま、待ってくださ』
『一ノ瀬……自身の誕生日にHAYATOというもう一人の自分とも言える存在と敢えて向き合おうと言うのだな……俺は、俺はお前のプロ根性に感動した!!』
『いえ、私は』
『えー、トキヤ歌わないの?』
『Oh……ワタシこの曲大好きです……残念』
『そうですか……』

最後に残念そうな春歌の声が続いて、隣室の空気が一瞬固まった気がした。

悟りを開いたような穏やかな顔で翔がそっとマイクを差し出し、絶望感を全身に纏ったトキヤがそれを受けとる。

歌い出しのタイミングはピタリと合い、そしてその瞬間には表情も完璧に作り上げられていた。
さすがは本物。
隣室がとてつもなくヒートアップしたのが、画面どころか壁越しに伝わってくる。

いち早く状況を理解したカミュが、優雅に長い脚を組んで言った。

「遠隔操作か……なかなかやるな」
「簡単だよ、これくらい」
「今の話、お兄さんは聞かなかったことにするからね……でも何でこれがアイアイからトッキーへのプレゼントなの?」

これ以上ないくらい盛り上がってはいるが、これはただの嫌がらせである。
画面に見えるトキヤは満面の笑みでダンスまでしているけれども、終わったら胃が痛いとか言い出しそうで、嶺二は憐れみの目を向けずにはいられなかった。
そんな中、藍はいつものすまし顔で解説をしてくれる。

「ハルカはHAYATOが好きでしょ。ここでHAYATOを歌うことで彼女のトキヤに対する好感度が上がる。それがプレゼント」
「恐ろしい子っ!」
「チッ。ダンスにキレがねぇな、おいトキヤ、やるならやりきれ!」
「ふむ。今、半テンポ飛ばしたな」

戦慄する嶺二を押し退け、蘭丸とカミュが割と本気でダメ出しを始める。からかいがいのある展開を前にして、大変楽しそうである。そんなに食い入るように見ているならいっそ隣の部屋に乱入すればいいのにと思わなくもないが、何はともあれこの三人が案外ちゃんと後輩たちを見ているのだという発見が出来たのは、嶺二としては喜ばしい事だった。

そんな嶺二の表情に気付いた藍が、半眼になってごりごりとマイクを押しつけてくる。

「レイジ、なにニヤニヤしてるの、気持ち悪い」
「痛い痛い! いや、だって~」
「レイジは歌いたかったんでしょ、ボクはモニター見てるから、勝手にやれば?」
「ええっ、今更!?」
「……あー、なんか叫びたくなってきた……おい嶺二、ロックなやつ入れろ、次はおれが歌ってやるよ」
「じゃあじゃあ~、デュエットするっ?」
「何でもいいから早く入れろ。藍、マイク貸せ」

はーい、と機械を触り始める嶺二。蘭丸は既にスタンバイしており、藍もモニターを見つつ、そんな彼と話している。カミュはモニターを見ながらまたアイスを頬張っていた。

「……ほんと、自由だよねーぼくら」

後輩たちの仲の良さが羨ましい。しかし、あんな風に仲良しこよしをしている自分達は、怖くて想像できない。
だから結局、今の関係が一番良いのだろう。

「今更何言ってやがる」
「え」

聞こえていないと思っていたが、先ほどの呟きはバッチリ聞かれていたらしい。
顔を上げると蘭丸がもうひとつ、マイクを持った状態で待っていて、差し出されたそれを反射的に受け取る。
一緒に歌えという事らしい。

「歌詞間違ったら別料金の肉も奢らせるからな」
「まだ食べる気なの!?」
「ほう、ならばこの裏メニューデザートとやらをかけて俺も歌ってやろう」
「ミューちゃん、普通に歌お!! お願いだから!!」

嶺二たちは知らない。実はこの室内の様子も藍がしっかり録画しており、後々編集されてトキヤの手に渡る事を。





カラオケボックスから出てきた一行は、どこへ行くともなしにだらりと歩いていた。
本日の主役であるはずのトキヤが、げっそりしているのは気のせいではあるまい。
そう、この数時間のうちに本当に様々な事があった。トキヤの脳内で危うく走馬灯が駆け巡りそうだったのだ。

「トキヤ、大丈夫ですか?」
「ええ……」

セシルと春歌に挟まれながら、トキヤは何とも言えない気持ちで先行する音也たちの後に続く。

「あ、ゲームセンターだ」
「翔ちゃん翔ちゃんあのぬいぐるみさん可愛いです~!」
「分かったって、分かったから抱きつきに行こうとするんじゃねぇ!」

相変わらずである。しかし、さすがに中には入らないようで、わいわい騒ぎながらも歩みを止めることはない。
するとそんな中、春歌がとてもとても控えめに提案してきた。

「あの……プリクラ……撮りませんか……?」

存在は知っているが、トキヤ自身は撮ったことがない。
思っても見ないことを提案されトキヤが首を傾げる間に、早々と乗ってきたのは音也とレンだった。

「いいね! 俺、撮ったことないんだ~!」
「良い提案だよレディ」
「あ、ありがとうございます。実は私も先日、初めてトモちゃんと撮りまして……」

これです、と彼女はとても嬉しそうに携帯の待受画面にしているそれを見せてくれた。
友千香の笑顔が勝ち誇っているように見えた。
ともかく、彼女の提案を断る男などここには存在しないので嬉々としてゲームセンターに足を踏み入れる。ほとんど人がいないのは幸いだった。

「おお、中は意外と広いのだな……」
「立ち止まるな聖川。ほら、主役が真ん中だよ」
「翔ちゃんは前列が良いですか?」
「よし、お前もしゃがんで並べ!」

レンの先導で、トキヤを中心にして、皆で並んでいく。皆で機械を操作し、いよいよ撮影が始まった。

『カウントダウン、3、2』
「ちょっと待ったー!」
「!?」

聞き覚えのある声と共にカーテンが開き、雪崩れ込むように人が入ってきた。

「わっ!」
『1』
「ぐえっ!」

パシャ!

めちゃくちゃな状態で撮れてしまったようだ。

「何なんですか!?」

ぎゅうぎゅう詰めの狭い空間で一度崩れた体勢を立て直すのは一苦労だ。
隣にいた春歌を探していると、那月の後ろに避難出来たようで、無事な姿が見えてひとまずほっとする。
彼女の横にあるモニターに、今撮れた画像が写し出された。

「あー!ランランが押すからぼく見切れてるしぃー!」
「押し出したんだよ。ギリギリ踏ん張りやがって」
「ドイヒー!」

乱入してきたのは、先輩にあたる四人組であった。がっちり捕まっていた蘭丸の腕から抜け出して、音也が嬉しそうな声を上げる。

「えー!? なんでみんないるのっ?」
「そりゃかわいい後輩の誕生日を祝いにだよー!ってことで、ぼくたちも一緒に撮って!」
「しかし、今撮ってしまったのでは……」

真斗が残念そうに言うが、何枚か撮れるのだと分かるや、皆も黙々と並びはじめる。この辺りはプロなので、今度は喧嘩はなかった。

「撮るよ」

機械に一番近い藍が撮影開始のボタンを押す。
今度は無事に撮れそうだ。そう思ってトキヤも笑顔を作るが、またもや誰かが動いて列が崩れる。

「カミュ!今ワタシを押しました!」
「ふん、当たってしまっただけだ。なにせ腕が長いのでな」
「むぅ……」
「ミューちゃん、魔王みたいな笑顔でイタズラしないで!」
「翔ちゃんが画面から消えちゃいましたぁ~」
「しょうがないな、おチビちゃんは」
「チビ言うな!」
「何でもいいけど、もう一回撮るから並び直して」

その後も何度か撮り直しをして、春歌と嶺二が何やら書き込みを加え、最終的に藍がそのデータを皆の携帯電話に転送してくれた。

「うまく撮れてる~!」
「良い顔してるじゃねえか」

送られたデータは数枚分あった。
そのうちの一枚で皆が変な顔をしているのは、蘭丸からのロックにいこうぜ、との号令でなったものだ。
それに、途中でもみくちゃになったまま撮られたのも結局送られていた。態勢だけなら喧嘩しているように見えるが、皆、全開の笑顔である。それも、雑誌で見るようなアイドルスマイルではなく、素の表情。
そして、その勢いのまま全員がカメラ目線でピースサインをしているものも一枚。そこには『HAPPY BIRTHDAY TOKIYA』と、可愛らしい字で書かれていた。

「これは、あなたが?」
「はい。書かせて頂きました! ですが、私もプレゼントをもらった気分です……写真、宝物にしますね!」

画面から顔を上げた春歌が笑顔で言い、大事そうに携帯を抱きしめる。
それを見たトキヤも、この時ばかりは素直にうなずくこと事が出来た。自然と広角が上がる。

「ええ……私もそうします」








20160818
───
SECRET LOVERは翔が歌いました(割愛)
色々詰め込みすぎました反省…は、しない!
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