『COMPANY's Pawn』短編・番外編
「誕生日プレゼントは何が欲しい?」、と聞かれるたびに、ルカはこう答えてきた。「お月様の綺麗な夜空が、丸ごと欲しい」、と。それを、『子どものような夢』と取るか、『大人の洒落』と取るか、はたまた、『化け物の戯言』と取るかは。質問をしてきた向こうの人間たち次第で。ルカにとっては、特段、気にすべき事項ではなかった。ただ、問われたから、答えただけ。それだけ。
だから。ルカは、ツバサが同じ質問をしてきたこの瞬間も。今までと全く同じ答えを、するりと口にした。ルカの返答を聞いたツバサは。暫し、ぽかん、としたが。すぐに、「そっか。何か、考えてみるね…」と彼を見上げながら、静かに返してきた。そのまま、本当に何かを考えるかのような素振りを見せつつ、自分のデスクへと帰って行くツバサを見守りながら。ルカは、今日も変わらず、ティーカップを傾けるのだった。
――――……
「ルカ…、お誕生日おめでとう」
ツバサにそう言われたとき。ルカは思わず、挙動を止めた。が、すぐに納得する。そう言えば、一週間前に、彼女から誕生日関連の質問をされていたなあ、と。
「ありがとう~、アリスちゃん~♡」
いつもの微笑みで、ルカは返すだけ。違うところがあるとすれば、相手がツバサなので、語尾が少し甘いぐらいか。これだけなら、いつものRoom ELの日常だ。これだけなら。
「あの、これを…」
「? なにが?」
ツバサは持っていた、小さな保冷バッグを開けると。そこから、プラスチックのゼリーカップを出して、ルカの目の前に置いた。飲みかけのティーカップの横に、置かれたもの。それは。
青色と薄紫色の二層仕立て。中に、型抜きされたオレンジ色と緑色の星の寒天たちが漂っている。一番上には、黄色の三日月が、クリームで表現された雲たちの上で、悠々と寝そべっていた。周りに散らされた銀色のアラザンは、まるで月光の煌めき。―――…宵に広がる夜空を閉じ込めた、ゼリーだった。
「どうしたの?これ…」
「え…、ルカが、『お月様の綺麗な夜空が、丸ごと欲しい』って言ったから…。こういうことなのかな?って、自分なりに解釈したのだけど…」
ルカの問いかけに対しての、ツバサの返答を聞いた彼は。青色の眼を僅かに見開いた。
「アリスちゃんが、わざわざ作ってくれたの?」
「ええ。こういうのは、趣味でよく作るから、材料もあったし…」
ツバサの言葉を聞きながら、ルカはカップを持ち上げて、様々な角度からゼリーを観察する。窓の無いRoom ELでの光源は、部屋全体を隈なく照らす青白いLED電灯だ。いつもなから無機質な印象を受ける光も、今はゼリーをルカの眼に美しく映し出すには、持ってこいの脇役である。
「ねえ?食べていい?」
「え、あ、うん…、勿論」
ルカはご丁寧にも、ツバサに断りを入れてから。左手に取ったティースプーンで、三日月とその下のクリーム、そしてゼリー部分を、綺麗に一口分だけ、掬い取った。ルカの青色の両目は、まるで無邪気な少年のようにキラキラと輝いている。いただきます、と言って、ルカは、ぱくり、とスプーンの上の三日月たちを口に含んだ。もぐもぐ、とよく味わい、咀嚼して、嚥下する。途端に花咲く、ルカの笑顔。
「美味しい~~!アリスちゃん!このゼリー、とっても美味しいよ!」
「ほ、本当…?」
「うん、本当!オレがツマラナイ嘘なんて言うワケないでしょ?ああ~幸せ~♡」
「よ、良かった…」
ホッと胸を撫で下ろすツバサを横目に、ルカはもう一口食べてから。今度は、オレンジ色の星を含んだゼリー部分を掬い取り、おもむろに、スプーンをツバサに向けて、差し出した。
「はい、お星様だよ。アリスちゃんも食べて?」
「え、私が…?」
そのゼリーはルカに贈ったものなんだけど…、と、ツバサは思ったが。こういう時の彼が、こちら側の進言を聞いてくれないことは既に知っている。でも…、と、彼女が迷っていると。ルカはにこにこと笑って、口を開いた。
「お月様は、オレだから。アリスちゃんは、オレの隣で煌めくお星様だよ~」
「…? そうなの…?」
「うん、そうだよ。だから、このお星様も、アリスちゃんが食べてくれる?」
「……、はい」
理屈が全然通っていない気がする、というか、そうなのだが。ツバサは考えるのを放棄して、ルカの言う通りに従うことにした。しかし、当然の如く、ルカはスプーンの先をこちらに向けてきているので。必然とツバサは、ルカにゼリーを「あーん」させられている構図になる。一抹の恥は捨て、ツバサは大人しく、スプーンの上のゼリーを、ぱくり、と食べた。甘さはなるべく控えめに調整した。だが、正直、味より見た目が重視だったので。味自体は、寒天、ゼラチン、砂糖、クリーム、その他着色剤など…。まあ、その辺りの味がした。
「お揃いだね♪」
「(お揃い…?)…ルカが楽しいなら、良かった」
ルカの楽しそうな声音と、輝く笑顔を見ながら。ツバサは穏やかな時間が流れているのを、感じ取る。
黒革の手の中に収まった夜空は、最後の一口になるその時まで。
『ルカ三級高等幹部という化け物』を閉じ込めるためと造られた、このRoom ELに取り付けられた人工の灯に照らされて。
キラキラキラ、と、夢のように輝いていたのだった。
だから。ルカは、ツバサが同じ質問をしてきたこの瞬間も。今までと全く同じ答えを、するりと口にした。ルカの返答を聞いたツバサは。暫し、ぽかん、としたが。すぐに、「そっか。何か、考えてみるね…」と彼を見上げながら、静かに返してきた。そのまま、本当に何かを考えるかのような素振りを見せつつ、自分のデスクへと帰って行くツバサを見守りながら。ルカは、今日も変わらず、ティーカップを傾けるのだった。
――――……
「ルカ…、お誕生日おめでとう」
ツバサにそう言われたとき。ルカは思わず、挙動を止めた。が、すぐに納得する。そう言えば、一週間前に、彼女から誕生日関連の質問をされていたなあ、と。
「ありがとう~、アリスちゃん~♡」
いつもの微笑みで、ルカは返すだけ。違うところがあるとすれば、相手がツバサなので、語尾が少し甘いぐらいか。これだけなら、いつものRoom ELの日常だ。これだけなら。
「あの、これを…」
「? なにが?」
ツバサは持っていた、小さな保冷バッグを開けると。そこから、プラスチックのゼリーカップを出して、ルカの目の前に置いた。飲みかけのティーカップの横に、置かれたもの。それは。
青色と薄紫色の二層仕立て。中に、型抜きされたオレンジ色と緑色の星の寒天たちが漂っている。一番上には、黄色の三日月が、クリームで表現された雲たちの上で、悠々と寝そべっていた。周りに散らされた銀色のアラザンは、まるで月光の煌めき。―――…宵に広がる夜空を閉じ込めた、ゼリーだった。
「どうしたの?これ…」
「え…、ルカが、『お月様の綺麗な夜空が、丸ごと欲しい』って言ったから…。こういうことなのかな?って、自分なりに解釈したのだけど…」
ルカの問いかけに対しての、ツバサの返答を聞いた彼は。青色の眼を僅かに見開いた。
「アリスちゃんが、わざわざ作ってくれたの?」
「ええ。こういうのは、趣味でよく作るから、材料もあったし…」
ツバサの言葉を聞きながら、ルカはカップを持ち上げて、様々な角度からゼリーを観察する。窓の無いRoom ELでの光源は、部屋全体を隈なく照らす青白いLED電灯だ。いつもなから無機質な印象を受ける光も、今はゼリーをルカの眼に美しく映し出すには、持ってこいの脇役である。
「ねえ?食べていい?」
「え、あ、うん…、勿論」
ルカはご丁寧にも、ツバサに断りを入れてから。左手に取ったティースプーンで、三日月とその下のクリーム、そしてゼリー部分を、綺麗に一口分だけ、掬い取った。ルカの青色の両目は、まるで無邪気な少年のようにキラキラと輝いている。いただきます、と言って、ルカは、ぱくり、とスプーンの上の三日月たちを口に含んだ。もぐもぐ、とよく味わい、咀嚼して、嚥下する。途端に花咲く、ルカの笑顔。
「美味しい~~!アリスちゃん!このゼリー、とっても美味しいよ!」
「ほ、本当…?」
「うん、本当!オレがツマラナイ嘘なんて言うワケないでしょ?ああ~幸せ~♡」
「よ、良かった…」
ホッと胸を撫で下ろすツバサを横目に、ルカはもう一口食べてから。今度は、オレンジ色の星を含んだゼリー部分を掬い取り、おもむろに、スプーンをツバサに向けて、差し出した。
「はい、お星様だよ。アリスちゃんも食べて?」
「え、私が…?」
そのゼリーはルカに贈ったものなんだけど…、と、ツバサは思ったが。こういう時の彼が、こちら側の進言を聞いてくれないことは既に知っている。でも…、と、彼女が迷っていると。ルカはにこにこと笑って、口を開いた。
「お月様は、オレだから。アリスちゃんは、オレの隣で煌めくお星様だよ~」
「…? そうなの…?」
「うん、そうだよ。だから、このお星様も、アリスちゃんが食べてくれる?」
「……、はい」
理屈が全然通っていない気がする、というか、そうなのだが。ツバサは考えるのを放棄して、ルカの言う通りに従うことにした。しかし、当然の如く、ルカはスプーンの先をこちらに向けてきているので。必然とツバサは、ルカにゼリーを「あーん」させられている構図になる。一抹の恥は捨て、ツバサは大人しく、スプーンの上のゼリーを、ぱくり、と食べた。甘さはなるべく控えめに調整した。だが、正直、味より見た目が重視だったので。味自体は、寒天、ゼラチン、砂糖、クリーム、その他着色剤など…。まあ、その辺りの味がした。
「お揃いだね♪」
「(お揃い…?)…ルカが楽しいなら、良かった」
ルカの楽しそうな声音と、輝く笑顔を見ながら。ツバサは穏やかな時間が流れているのを、感じ取る。
黒革の手の中に収まった夜空は、最後の一口になるその時まで。
『ルカ三級高等幹部という化け物』を閉じ込めるためと造られた、このRoom ELに取り付けられた人工の灯に照らされて。
キラキラキラ、と、夢のように輝いていたのだった。