『COMPANY's Pawn』短編・番外編
ヒルカリオの中心に聳える、ROG. COMPANY本社ビル。そこの二十八階にある、特別応接室にて。とある会談がスタートした。
「遠路はるばる、この楽園都市まで、ようこそ。美月夫人」
「本日はお招き頂き、ありがとうございます。ルカ三級高等幹部様」
いつものビジネススーツのルカの前に座っているのは、長い銀髪が美しい、和装の少女―――ではなく、れっきとした本土の大手財閥の社長夫人、美月である。美月に関しては、つい先日、ROG. COMPANY本社ビル内で開催されたイベントに参加した際、ツバサが彼女の来客対応した経緯を持つ。今回の会談は、それがきっかけで実現したものだ。――ルカは、全てを舞台袖から見ていた。美月がめろんぱんだの特大ぬいぐるみを引き当てたシーンも、ツバサが美月を乗せた高級リムジンが駐車場から去って行くまで、頭を下げ続けていた場面も。そして何より、美月がツバサに対して、始終、忖度のない、無垢な態度を取っていたことも。全部。
「今日の議題においては、弊社の玩具、…とりわけ、ぬいぐるみに目が無いという美月夫人の率直なご意見、オレは是非とも拝聴したいんだよね。遠慮も謙遜も、一切いらないよ。まあ、したとしても、その瞬間に、全部見抜いて、そのカードは捨てさせて貰う。オレが対応するって、そういうことだからね」
ルカの圧力の掛け方は容赦がない。例え相手が、いたいけな姿をした女性であろうと。財閥の社長夫人であろうと。彼の中にこそ、その言葉通り、遠慮と謙遜が見当たらない。…だが、美月は凛とした佇まいのまま、「はい、理解しております」とだけ答えて、小さく頷いただけだった。さすがは、ローザリンデの実家に並ぶほどの名家の令嬢出身にして、本土有数の巨大財閥の王配の椅子に座っているだけのことはある。ルカは素直に感心しておいた。
とりあえず、お茶を出して貰おうね。と、ルカは警護の雑用のために突っ立っているレオーネ隊の兵士に、紅茶のサーブをするよう指示を飛ばしたのである。
――――…。
議論は静かに白熱した。
ログ・ファンシーシリーズのぬいぐるみ専用としてリリース企画が上がっている、「おようふく」のデザイン案を、ルカは美月の前に広げられるだけ、広げた。
ドレスから、スーツ。カジュアルウエアから、スポーツウエア。ゴスロリから、ロックファッション。果ては、ぬいぐるみの頭や耳につけるワンポイントアクセサリーに至るまで。
ルカが投げてくるデザイン案に対して、美月は遠慮なく、謙遜もせず、忖度もせず、そして無垢な心と視線はそのままに。容赦なく修正案を提示していった。
この襟ぐりでは、ぬいぐるみの全体的なデザイン印象が崩れる可能性。このスポーツウエアの配色は到底現実的ではない。ドレスやゴスロリ風おようふくのスカートの線はくたびれてはならない。スーツはラインをストレートにして、且つ、ストイックな印象を与えるのが、世間の需要としては普遍。アクセサリーのサイズ提案が消極的に感じる。
その姿、さながら、和装の少女鬼軍曹。だが、美月の根底に在るものは、二つの信念だった。
一つ。『ぬいぐるみを素敵に魅せること』。
二つ。『自分の夫の顔に泥を塗るような真似はしないこと』。
ROG. COMPANYにおわす三級高等幹部に手ずから招かれての、今回の仕事。一人のぬいぐるみ愛好者として、そして、たった一人の男の妻として。美月は確かな矜持を抱えて、此処に座っているのだ。
間も無く。全てのデザイン案のチェックを終えて、ルカがその意見のまとめた書類を作ってから。そのデータをレオーネ隊の一体に預け、該当する部署へと、お遣いに出す。
そして、入れ替わりにやってきた別のロボット兵が持ってきた、新しい紅茶のカップを、二人して持ち上げたとき。ルカが、感慨深いといった風に零した。
「全く、何もかもが驚きだよねえ。過去に仕事の一環で訪ねた大きなお屋敷の中で、一人でお絵描きをして遊んでいた、あの小さな女の子が、…数年の時を経て、このオレの前に、社長夫人として再び現れるっていうんだから」
「…え…?」
美月はルカの言葉にぽかんとする。思わず間抜けな声が出てしまうが、そんなことより、ルカの台詞の意味を噛み砕くことに、脳内が処理を始めていた。だが、美月側に答えが出る前に、ルカはいとも容易く正解を述べてしまう。だって彼は、史上最強の軍事兵器。
「あのとき、オレがキミから預かった、めろんぱんだの原案になったイラスト。今は弊社のデザイナー部門が正式に所持、且つ、厳重に保管しているんだケドね。オレ、たまに見に行くんだ~。あの頃のオレは、やっと世間に秘匿されながらも、一応、弊社の人間の監視下に於いて、自由が利く方向に転換したばかりでさ。まあ、要するに、ちょっと浮かれちゃってたのかも。だからって、キミのアイデアを気まぐれに採用したつもりはないよ?玩具会社を設立させてしまった軍事兵器ならば、その玩具を手に取ってくれるキミみたいな子のアイデアを、オレは真っ先に拾い上げるべきだったワケ。あのイラストを見返すと、思い出すよ。幼いキミがクレヨンで指先を汚しながら、一生懸命に描いて、創り上げためろんぱんだが、この世に生まれた息吹を感じた、あの瞬間を、ね」
美月にとって、それは初めて聞く物語だった。めろんぱんだの原案になったイラストを描いたのが、幼い頃の美月である。と、ルカは言いたいのだ。そして、それは間違いなく正解である。ルカは正解しか言わない。その証拠に、彼は微笑んだまま、情報を提示し続ける。
「めろんぱんだ原案のデザイナー料や印税、著作権などの諸利権にする報酬は、今も弊社からキミの口座に入金され続けているんだよ。おうちに帰ったら、旦那さまに聞いてごらん?きっと旧姓のキミの名前で、大昔に開設された銀行口座が在るはずだからね。弊社から明細も発行されてるハズ。
ちなみに、最低賃金や税金に関する改定なんかで、年代によって額面にバラつきがあるから、そこは時代の流れと堪えて欲しいな。人間の社会のコトなんだから、その辺は弁えてくれるでしょ?
まあ、あんまし、おカタく考えなくていいと思うケド。たくさんの子どもたちが夢を見る一端に、キミが確かに座っている。それだけの事実だよ」
淀みなく開示された真実に、美月が呆気に取られていると。時間を告げに来たソラの登場で、その場はお開きとなった。
――――…。
「これのことだろうな」
「ほ、本当に…?」
美月は帰宅してから、まず着物を解いて貰い、湯を浴びてから。夫の帰りを待って、彼からルカに告げられた真実を打ち明けた。すると美月の夫である彼は納得した表情を浮かべながら、自分の書斎の金庫から、本土で一番大きな都市銀行の預金通帳と、一級品の象牙で作られた銀行印を差し出してきたではないか。―――その名義は、確かに、『小鳥遊美月』となっている。美月の旧姓だ。開設日も、彼女が幼い年齢の頃合いである。美月の嫁入り前は小鳥遊家で管理されていたのだろうが、夫に嫁ぐ際に、実家が彼に託したに違いない。
美月が通帳を捲ると、確かに定期的な感覚でおカネが入金されている事実が、印字されていた。その総計、実に―――…
「…よ、よんおく…、えっ…」
「まあ、それ以上は数えない方が良いと思うぞ」
眩暈を覚えそうになったところで、美月は夫の手によって預金通帳を取り上げられた。「使いたいなら返すが?」と言われたが、美月は、ぶんぶん、と首を横に振る。いくら名家の令嬢出身にして、現財閥社長夫人とはいえ。自分の与り知らずの場所で発生していた莫大な金銭を、すぐに自由に取り扱えるほど、美月は浅慮な女ではなかった。むしろ育ちが良いからこそ、即座に下せた判断である。その預金通帳に関することは、今までと変わらず、夫に管理して貰おうと思い、美月は改めて彼に「管理をよろしくお願いいたします」と頼んだのだった。
それから夫を伴って、自分のコレクションルームに入った美月は、一番目立つ場所に鎮座している、めろんぱんだの特大ぬいぐるみに近寄った。
この子のデザイン案の一番最初が、美月によるものだったという。その真実は、ルカという最強の存在によって提起されて、預金通帳に刻まれた額面が確固たる証拠として提示されていた。
でも、そんな大きな話は、美月にとって、何処か遠い話である。
美月は、もふっ、とぬいぐるみに抱き着いた。この柔らかい感触と、これに手を伸ばせたあの瞬間の高揚した気持ちと、その後にこの室内にこの子を置いたときの充足感。…これこそ、最高の夢。美月にとっての、夢。
もふもふ、と、めろんぱんだのぬいぐるみに頬擦りをしながら、幸せそうな表情を浮かべる美月を眺めながら。彼女の最愛の夫は、その目元を僅かに綻ばせたのだった。
――fin.
「遠路はるばる、この楽園都市まで、ようこそ。美月夫人」
「本日はお招き頂き、ありがとうございます。ルカ三級高等幹部様」
いつものビジネススーツのルカの前に座っているのは、長い銀髪が美しい、和装の少女―――ではなく、れっきとした本土の大手財閥の社長夫人、美月である。美月に関しては、つい先日、ROG. COMPANY本社ビル内で開催されたイベントに参加した際、ツバサが彼女の来客対応した経緯を持つ。今回の会談は、それがきっかけで実現したものだ。――ルカは、全てを舞台袖から見ていた。美月がめろんぱんだの特大ぬいぐるみを引き当てたシーンも、ツバサが美月を乗せた高級リムジンが駐車場から去って行くまで、頭を下げ続けていた場面も。そして何より、美月がツバサに対して、始終、忖度のない、無垢な態度を取っていたことも。全部。
「今日の議題においては、弊社の玩具、…とりわけ、ぬいぐるみに目が無いという美月夫人の率直なご意見、オレは是非とも拝聴したいんだよね。遠慮も謙遜も、一切いらないよ。まあ、したとしても、その瞬間に、全部見抜いて、そのカードは捨てさせて貰う。オレが対応するって、そういうことだからね」
ルカの圧力の掛け方は容赦がない。例え相手が、いたいけな姿をした女性であろうと。財閥の社長夫人であろうと。彼の中にこそ、その言葉通り、遠慮と謙遜が見当たらない。…だが、美月は凛とした佇まいのまま、「はい、理解しております」とだけ答えて、小さく頷いただけだった。さすがは、ローザリンデの実家に並ぶほどの名家の令嬢出身にして、本土有数の巨大財閥の王配の椅子に座っているだけのことはある。ルカは素直に感心しておいた。
とりあえず、お茶を出して貰おうね。と、ルカは警護の雑用のために突っ立っているレオーネ隊の兵士に、紅茶のサーブをするよう指示を飛ばしたのである。
――――…。
議論は静かに白熱した。
ログ・ファンシーシリーズのぬいぐるみ専用としてリリース企画が上がっている、「おようふく」のデザイン案を、ルカは美月の前に広げられるだけ、広げた。
ドレスから、スーツ。カジュアルウエアから、スポーツウエア。ゴスロリから、ロックファッション。果ては、ぬいぐるみの頭や耳につけるワンポイントアクセサリーに至るまで。
ルカが投げてくるデザイン案に対して、美月は遠慮なく、謙遜もせず、忖度もせず、そして無垢な心と視線はそのままに。容赦なく修正案を提示していった。
この襟ぐりでは、ぬいぐるみの全体的なデザイン印象が崩れる可能性。このスポーツウエアの配色は到底現実的ではない。ドレスやゴスロリ風おようふくのスカートの線はくたびれてはならない。スーツはラインをストレートにして、且つ、ストイックな印象を与えるのが、世間の需要としては普遍。アクセサリーのサイズ提案が消極的に感じる。
その姿、さながら、和装の少女鬼軍曹。だが、美月の根底に在るものは、二つの信念だった。
一つ。『ぬいぐるみを素敵に魅せること』。
二つ。『自分の夫の顔に泥を塗るような真似はしないこと』。
ROG. COMPANYにおわす三級高等幹部に手ずから招かれての、今回の仕事。一人のぬいぐるみ愛好者として、そして、たった一人の男の妻として。美月は確かな矜持を抱えて、此処に座っているのだ。
間も無く。全てのデザイン案のチェックを終えて、ルカがその意見のまとめた書類を作ってから。そのデータをレオーネ隊の一体に預け、該当する部署へと、お遣いに出す。
そして、入れ替わりにやってきた別のロボット兵が持ってきた、新しい紅茶のカップを、二人して持ち上げたとき。ルカが、感慨深いといった風に零した。
「全く、何もかもが驚きだよねえ。過去に仕事の一環で訪ねた大きなお屋敷の中で、一人でお絵描きをして遊んでいた、あの小さな女の子が、…数年の時を経て、このオレの前に、社長夫人として再び現れるっていうんだから」
「…え…?」
美月はルカの言葉にぽかんとする。思わず間抜けな声が出てしまうが、そんなことより、ルカの台詞の意味を噛み砕くことに、脳内が処理を始めていた。だが、美月側に答えが出る前に、ルカはいとも容易く正解を述べてしまう。だって彼は、史上最強の軍事兵器。
「あのとき、オレがキミから預かった、めろんぱんだの原案になったイラスト。今は弊社のデザイナー部門が正式に所持、且つ、厳重に保管しているんだケドね。オレ、たまに見に行くんだ~。あの頃のオレは、やっと世間に秘匿されながらも、一応、弊社の人間の監視下に於いて、自由が利く方向に転換したばかりでさ。まあ、要するに、ちょっと浮かれちゃってたのかも。だからって、キミのアイデアを気まぐれに採用したつもりはないよ?玩具会社を設立させてしまった軍事兵器ならば、その玩具を手に取ってくれるキミみたいな子のアイデアを、オレは真っ先に拾い上げるべきだったワケ。あのイラストを見返すと、思い出すよ。幼いキミがクレヨンで指先を汚しながら、一生懸命に描いて、創り上げためろんぱんだが、この世に生まれた息吹を感じた、あの瞬間を、ね」
美月にとって、それは初めて聞く物語だった。めろんぱんだの原案になったイラストを描いたのが、幼い頃の美月である。と、ルカは言いたいのだ。そして、それは間違いなく正解である。ルカは正解しか言わない。その証拠に、彼は微笑んだまま、情報を提示し続ける。
「めろんぱんだ原案のデザイナー料や印税、著作権などの諸利権にする報酬は、今も弊社からキミの口座に入金され続けているんだよ。おうちに帰ったら、旦那さまに聞いてごらん?きっと旧姓のキミの名前で、大昔に開設された銀行口座が在るはずだからね。弊社から明細も発行されてるハズ。
ちなみに、最低賃金や税金に関する改定なんかで、年代によって額面にバラつきがあるから、そこは時代の流れと堪えて欲しいな。人間の社会のコトなんだから、その辺は弁えてくれるでしょ?
まあ、あんまし、おカタく考えなくていいと思うケド。たくさんの子どもたちが夢を見る一端に、キミが確かに座っている。それだけの事実だよ」
淀みなく開示された真実に、美月が呆気に取られていると。時間を告げに来たソラの登場で、その場はお開きとなった。
――――…。
「これのことだろうな」
「ほ、本当に…?」
美月は帰宅してから、まず着物を解いて貰い、湯を浴びてから。夫の帰りを待って、彼からルカに告げられた真実を打ち明けた。すると美月の夫である彼は納得した表情を浮かべながら、自分の書斎の金庫から、本土で一番大きな都市銀行の預金通帳と、一級品の象牙で作られた銀行印を差し出してきたではないか。―――その名義は、確かに、『小鳥遊美月』となっている。美月の旧姓だ。開設日も、彼女が幼い年齢の頃合いである。美月の嫁入り前は小鳥遊家で管理されていたのだろうが、夫に嫁ぐ際に、実家が彼に託したに違いない。
美月が通帳を捲ると、確かに定期的な感覚でおカネが入金されている事実が、印字されていた。その総計、実に―――…
「…よ、よんおく…、えっ…」
「まあ、それ以上は数えない方が良いと思うぞ」
眩暈を覚えそうになったところで、美月は夫の手によって預金通帳を取り上げられた。「使いたいなら返すが?」と言われたが、美月は、ぶんぶん、と首を横に振る。いくら名家の令嬢出身にして、現財閥社長夫人とはいえ。自分の与り知らずの場所で発生していた莫大な金銭を、すぐに自由に取り扱えるほど、美月は浅慮な女ではなかった。むしろ育ちが良いからこそ、即座に下せた判断である。その預金通帳に関することは、今までと変わらず、夫に管理して貰おうと思い、美月は改めて彼に「管理をよろしくお願いいたします」と頼んだのだった。
それから夫を伴って、自分のコレクションルームに入った美月は、一番目立つ場所に鎮座している、めろんぱんだの特大ぬいぐるみに近寄った。
この子のデザイン案の一番最初が、美月によるものだったという。その真実は、ルカという最強の存在によって提起されて、預金通帳に刻まれた額面が確固たる証拠として提示されていた。
でも、そんな大きな話は、美月にとって、何処か遠い話である。
美月は、もふっ、とぬいぐるみに抱き着いた。この柔らかい感触と、これに手を伸ばせたあの瞬間の高揚した気持ちと、その後にこの室内にこの子を置いたときの充足感。…これこそ、最高の夢。美月にとっての、夢。
もふもふ、と、めろんぱんだのぬいぐるみに頬擦りをしながら、幸せそうな表情を浮かべる美月を眺めながら。彼女の最愛の夫は、その目元を僅かに綻ばせたのだった。
――fin.
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