『COMPANY's Pawn』短編・番外編

「お前が食べるのが好きなのは承知の上で、付き合ってたけどさ…。
 …体重が六十キロを超えた女は、さすがにもう女として見れない。ネットによくいる細くて綺麗な女の子になってくれないと、別れ―――へぶしっ!!??」

私が彼氏だった男の頬に、我が人生一番の平手打ちをかましたのは、……これで最初で最後だった。


本土、某所。ホテル屋上の、ビールフェス会場にて。
私は、一人。会場の一番隅っこを陣取り、そこに並べられるだけの料理を置いた。周囲の好奇半分、呆れ半分、不安微量の視線は、丸ごと無視をして。

「いただきます!」

と、両手をきっちりと合わせて唱えた後。なみなみと注がれた生ビールを、まずは一口飲む。そして、ニンニクがっつりの餃子、甘辛いタレの絡んだ鶏の唐揚げ、ハーブの効いたソーセージを食べてから、冷たい生ビールで飲み下す。そして次に、汁なし担々麵をすすり、一気に空っぽにする。麺類はスピードが命だから。またここで、ビール。あ、ジョッキ、空いちゃった。店員さん、呼ぼうかな…

「そこのスタッフ、注文を。此処のテーブルに、黒ビールのジョッキを二杯分、運んできてくれ。ぬるくするなよ、急げ」

突然、頭上から響いてきたイケボ。見上げると、これまた、とんでもないイケメンが立っていた。…え?誰?
そのイケメンは、さも当然かのように、私の向かい側に座ると。私が広げていた料理の皿の隙間に、自分が持っていた皿を置き始める。…え?本当に、誰?なに?

「噴水のある方の席で食べていたんだが、ナンパと痴漢と痴女と盗撮がうるさくてな。避難先を探していたら、美味そうに食べる姿を見つけて、つい寄ってきてしまった。
 先ほど注文した黒ビールと、あと二品分の料理をご馳走するから、暫く匿ってくれ」

イケメンはそう言うと、自分の皿に盛ってあったササミフライを齧る。……なんと言うか、下心を全く感じられない。それに、この席に座らせてあげるだけで、黒ビールと二品分の料理を奢ってくれるらしい。
傷心状態の、このわがままボディを癒せるのは、美味しい食事とビールだけ。それならば、乗っかってみようじゃないか。

「じゃあ、四種チーズソースのホットドックと、ラム肉のバーガー。よろしく」

私がそう言うと、男は翡翠を思わせる両眼を瞬かせて、はて?と言わんばかりの表情をした後。二口目に入っていたササミフライを嚥下して、口を開く。

「ん?案外と控えめだな。もう腹がいっぱいなのか?」

……。言ったなぁぁ~~~~?!

「じゃあ、ホットドックのソーセージは、追加オプションの三倍盛りにして!ラム肉のバーガーは、パティ四倍よ!良いのね?!」
「ああ、一向に構わん。この場で破産するような俺でもない」
「スタッフさん!今の聞いたわよね?!お願いします!」

イケメンが注文してくれた黒ビールを持ってきたスタッフさんに、私は遠慮なく追加オーダーを叩きつけたであった…―――。


二時間後。

「ごちそうさまでした!」

空にした皿とジョッキたちの山を前にして、私は両手を合わせて、唱える。
生ビール四杯、自分で注文した料理が十五品。そしてイケメンが奢ってくれた黒ビール一杯と、料理が二品分。
イケメンの方は、黒ビール三杯、ドイツビール一杯、生ビール二杯。料理は七品。

「綺麗に食べ尽くしたものだ。食に対する側面では、ある種の天才だな」
「ただ食べるのが好きなだけよ。ま、おかげさまで体重が増えて、失恋しちゃったけどねー」

イケメンの賛辞はむずがゆいけど、私は正直に答えておく。そう、私は、食べるのが好き。だから、それを言い訳にフッてきたあの男なんて、もう知らない。だってもう、私のお腹は、こんなにも満たされたのだから。

とんでもない額面の会計を悠然と済ませてから。唖然と見送るスタッフさんたちを尻目に、私とイケメンは満足に膨れたお腹を堂々と晒して(というか、イケメンは、そもそも腹筋も太腿も、丸出しの恰好だった。なんてえっちなファッションセンス…)、ビールフェス会場を後にした。

「あー…、帰るのだっるい。ネカフェ、行こ」

昨日別れたばかりの元カレの痕跡を残した状態の自宅に戻りたくなくて、私はネットカフェを予約しようと思い立つ。明日は会社、休みだし。
すると、イケメンが不思議そうにこっちを見つめて、質問してきた。

「自宅が遠いのか?」
「んー、別にぃ。なんか非日常に浸りたいだけっていうか…」

……やっぱり、このイケメンからは、下心が見えない。普通なら、自分の部屋に誘うとか、ビールフェス会場になってたホテルの部屋に連れ込むとか、そういう流れになりそう、…いや、ならないわ。このホテル、一泊いくらだと思って―――…。

「そうか。ならば、ちょうどいい。この部屋、俺の代わりに泊まってくれ」

……は?

私が思わず、ネットカフェの予約完了寸前にまで行ったスマホの画面から、視線を上げると。イケメンはホテルのルームキーを出していた。…間違いない。このホテルの部屋のものだ。唖然とする私を見ているのかどうか、イケメンは涼しい顔と声で続ける。

「食事中にメッセージアプリで、直属の上司から急を要する仕事を押し付けられてな。断っても差し支えないと言えばそうだが、…まあ、報酬が良いから、受けることにしただけだ。
 だが、せっかくホテルに用意して貰ったロイヤルスイートを無碍にするのは居たたまれないだろう?」

とんでもないことを淡々と言い続けているぞ、このイケメン。

「フロントには伝えておく。お前が払うような料金は、一切発生しない。
 朝飯や夜食は、ルームサービスしか提供していないタイプの部屋だが…、それを含めたサービスだ。遠慮なく呼びつけるといい。ちなみに、此処の朝に出てくるオムレツとライ麦パンは、相当に美味い」

そう言いながら、彼はルームキーを私の手に握らせてきた。…そこまでされてから。逆に、冷静になった私は、イケメンに問うた。

「…あんた、何者?
 金持ちのどうらく息子?若くしてFIREした投資家?それとも、世を捨てた破滅願望者?」

私の質問を聞いた彼は、その大層に端麗な顔に、ほんの僅かな微笑を浮かべる。そして、口を開いた。

「どれも違う。…これは、天才の戯れだ」

その言葉を紡ぎながら、彼はその翡翠の瞳と、同じ色の毛先をちょいちょいと直す。地毛にしても、染髪にしても珍しい色味だ。ベースが黒髪に、毛先だけが緑色だなんて…。

そんなこんなで、その場を颯爽と後にしていった彼を茫然と見送った後。
私はフロントまで行き、ルームキーを見せた。奥から『支配人』のネームプレートをつけたひとに案内されたのは、―――あのイケメンが言っていた通りの、ロイヤルスイートだった。

広々としたお風呂にゆったりと浸かり、極上のマッサージと、ほんの少しの夜食を頼む。
そして、ふっかふかのベッドでぐっすりと眠りこけ、朝を迎えてから、運ばれてきた朝食に手を付けた。オムレツとライ麦パン、確かに絶品だった。


月曜日。
会社に出勤した私は、正面玄関のロビーで、あのグレイス隊が複数人の社員を捕まえているのを見た。……ああ、怖い。あのロボット兵が動き始めてから、社内の治安は確かに良くなってきている。というより、皆が皆、隠れて悪さをしなくなった。会社に言えないような後ろ暗いことをしていると、あのグレイス隊が現れては、容疑者を白昼堂々と、それこそ、こんな衆目に晒すのも構わない勢いで、しょっ引いていくから…。

「お前たちの言い訳は、後で聞く。此処で並べ立てられても、うるさいだけだ。グレイス隊、連れていけ」
『かしこまりました、ソラ様』

―――…ん?

聞こえてきた男声に、デジャブを感じた私は。通り過ぎようとした歩みを、思わず止めて、グレイス隊の方を見た。

後ろ姿だが…、黒髪に、毛先が緑色のグラデーション。今はグレーが基調のスーツ姿だけど、あの立ち姿のシルエットは、―――…間違いない。ビールフェス会場で出逢った、あのイケメンのものだ…!

声を掛けるかどうかで迷った瞬間。私の脳内に、あの夜、彼が返してきた一言が、蘇る。


―――『食に対する側面では、ある種の天才だな』

―――『これは、天才の戯れだ』


天才。戯れ。

そうだ。あれは、あそこにおわす、恐ろしいロボット兵の指揮官ではなかった。…ただの天才が、ただただ、己の気持ちの赴くままに、遊んでいただけだった。
私だってそうだ。あのビールフェス会場に居たときの私は、この会社の社員としてではなくて。失恋したばかりのストレスの最中、天才的なやけ食いをしでかした女だった。

漫画のようなロマンスなんて、生まれなくて良い。
あっちは生粋の天才で、こっちは食べる天才。
美味しい食事とビール。向かい側に座ってきた見目麗しいイケメン。たなぼたで泊まれたロイヤルスイート。
あの一夜で、私の傷心が癒えたのは、間違いない。だから、これ以上は望まなくていいし、望むつもりもない。

ロボット兵に抵抗しようとする社員の怒号と、ソラ秘書官が再度一喝する声。ロボット兵の無機質なボイス。遠目の野次馬と化した人々の、身勝手な囁き声。
喧騒を後にして。私は自分の部署へと向かった。

今日の晩御飯、何にしようかなあ。
1/18ページ
スキ