『COMPANY's Pawn』短編・番外編

しまった、迷ってしまった…。と、花奈が思ったときには、もう遅く。
職場体験が始まる前にと、お手洗いに立ったものの、一人で慣れない敷地を歩き回るのは、普通の女子高生には無謀だったらしい。ましてや此処は、ROG. COMPANYの本社ビル。巨大も巨大の、ウルトラスケールな地。花奈は手洗い場まで案内をしてくれようとした女性事務員の申し出を、つい、遠慮で断ってしまったのを、いま激しく後悔した。しかも間が悪いことに、スマートフォンを入れて持って来ていた鞄を、今回の職場体験に誘ってくれた女子生徒たちに預けてしまっている。ハンカチとメイクポーチしか持っていない迷子の自分が、今、出来ることは…。と考えながら、花奈は「こっちかな…?」と割と当てずっぽうで、角を曲がったとき―――、

「あれ?キミたち、何処から入ってきたの?」

―――青色の美貌。鮮烈な深青のロングポニーテールの男性が、角を曲がったところにあった、休憩用のベンチに腰掛けたまま、花奈を見ている。男とも女とも区別が出来ぬ容姿だが、声は間違いなく男だ。それに、胸の奥がざわつく。『姉』が言っている。ソイツは男だ、強い奴だ、と。

「職場体験で来たんですが、お手洗いから集合場所への帰り道が分からなくなってしまって…」

『姉』のことは、一旦、横に置いておき。花奈は少し緊張した声で、男性に向かって己の状況を説明した。彼はそれを聞くと、「あ、そう」とだけ呟き、左手に持っていたスマートフォンを何処ぞへと仕舞いながら、立ち上がる。

「あーね。弊社、広いからねー。こんなにだだっ広いオフィスを構えてても、内部で十割動いている区画って、案外と無いだよねえ。ヒルカリオの中心に立つ、一番大きなビルなのに、なんか無用の長物ってカンジ~。
 まあ、それはいいや。キミ、職場体験の参加者だっけ?ちょうどオレも手が空いてたし、案内してあげるよ」
「(…前置きが長い…)…ありがとうございます。お手数をおかけします」
「へえ、随分と丁寧な言葉が使えるんだねえ。キミは、そういう子なの?」
「? ま、まあ、そんな感じです…?」

男性が発した不可思議な台詞に含まれた質問の意図がイマイチ見えず、花奈は曖昧に、そして一番無難な返答をしておいた。こういうときは、あまり真に受けないようにすることを努めているのが、彼女なりの常である。いちいち難しいことを考えている暇など、現役女子高生には無いのだ。今この瞬間が、華。それがティーンズというもの。

案内人よろしく、ポニーテールを揺らしながら、先に歩き始めた男性の背中を追いかけていくカタチで、花奈が長い廊下を歩いていると。間も無く、お手洗いに立つ前に居た場所まで、帰ってくることが出来た。青髪の彼が、辺りを一瞥してから、よく通る低い声を出す。

「ソラぁ~。迷子の女の子、確保したケド~?回収してくれない~?」
「確保…、回収…」

先ほどの会話と言い、この台詞と言い、随分と独特な言い回しをする男のひとだ、と花奈は思った。それに、ソラと呼ばれた黒髪の男性以外のスタッフが、皆、青髪の彼を見て、僅かにギョッとした顔をしたのも、見逃さない。…どうやら、本来ならばこの場に居合せない人物であることもまた、花奈はなんとなく勘付く。
そうこうしているうちに、ソラがサッと近付いてきて、口を開いた。

「こちらの不手際です。申し訳ございません、ルカ三級高等幹部」
「大丈夫だよ。遅かれ早かれ、どうせオレは此処に来てたハズだからさ」

ソラに呼ばれた、青髪の男性――ルカの肩書きには、さすがの花奈も吃驚した。例えそれが、「三級高等幹部は、このROG. COMPANY本社内で、とても偉いひと」ぐらいの認識であったとしても、だ。

「花奈さん、列に戻りましょう。ご案内します」

手洗い場への同行を申し出てくれた女性の事務員・ツバサの声に、花奈は今度こそ素直に従うことにする。案内を断ったうえに迷子になってしまった申し訳なさが際立つが、ツバサは勿論、ソラもルカも、特にそこは気にしていないように見えた。むしろ、「さっさと執務室へ帰れ。お前は目立つんだ。帰れ」、「ソラさんの言う通り…、貴方は悪目立ちするから、早くRoom ELに帰って欲しい…はよ…」と、ソラとツバサの二人に言われ放題なルカの立場が気になる。二人揃って、この三級高等幹部であるルカに面と向かって、辛辣な意見が出来るその担力は何処から?と、花奈は妙に感心しながら、職場体験をする生徒たちが待っている列へ向かおうとして―――、

「まつりばやしかな?」

呟くように言ったルカの声が、花奈の耳朶を掠めた途端。

響く轟音、唸る地鳴り、揺れる空気。それらを一身に浴びた花奈の眼前で巻き起こった光景、それは。

飛んできたワンボックスカーを、拳一つで殴り返した、ルカの白色のビジネススーツの背中。翻っては跳ねるように踊る、深青のロングポニーテール。地面にめり込んだ、ハイヒールの踵。

「子どもに見せる花火にしては、センスが最悪。ウチは玩具会社なんだから、そこに殴り込みたいなら、もっと華やかにしてくれてもいいんだよ?」

軽い口調でそう言う、ルカの声が響く。粉々寸前にまで大破して、向こう五十メートル先へ吹っ飛んで行く、鉄塊と成り果てたワンボックスカーだったモノが、コンクリートに叩きつけられる轟音をBGMにして…。

「グレイス隊!この場の一般人全員を、屋内に退避させろ!急げ!」

ソラの鋭い命令に従ったグレイス隊のロボット兵たちが、パニック寸前に陥る職場体験者たちの誘導を始める。花奈も慌てて、その誘導列に入ろうとしたが―――、

≪―――武装勢力の方は、ルカ三級高等幹部の指示に従い、戦闘準備を優先してください≫

グレイス隊兵の一体が、花奈の前に立ちはだかり、無機質な声で告げる。だが、その内容は、花奈にとって、まるで理解が出来ないモノ。彼女は咄嗟に反論した。

「えっ?!ぶ、武装?!わ、私っ、武器なんて持っていません!戦えません!」

焦りからか僅かに上ずった花奈の声だったが。それを聞いたロボット兵は、淡々と答えを返してくるだけ。

≪ルカ三級高等幹部から同期された情報に基づく判断です。貴女は、武装勢力です。
 繰り返します。武装勢力の方は、ルカ三級―――≫


―――ロボット兵が口を聞けたのは、そこまでだった。
瞠目した花奈の眼前に繰り広げられているのは、黒革の手袋が嵌った左手で、首を鷲掴みにされたロボット兵が、ぎぎぎり、と不気味な音を立てて、顔面に付いた複数のアイカメラを不規則に明滅させている、光景。

「ごめんねえ。この子たちは人間を守るための戦闘用ユニットではあるけど、ラーニングが不足していたり、基礎プログラムには無い動きを要求されると、どうしても人間には理解不能な行動をしちゃうんだ。…とはいえ、今回はオレの不注意でもあるから、怖い思いをさせたことに関しては、きちんと謝らせて貰うよ。この度は、申し訳ございませんでした」

ルカがそこまで言い切って、彼の台詞の最後が終わると同時に、ロボット兵の首が折れた。ルカが、左手だけで、へし折った。そのショッキングな絵面に、花奈はとうとう悲鳴を上げて、腰を抜かす。コンクリートで均された地面に舞っていた僅かな砂埃で、花奈のショートパンツの布地が汚れた。

だがしかし、ルカは怯え切った花奈のことを見もせずに、地面に座り込んでしまった彼女とは、全く別の方向に視線を投げてから、その艶のある低い声で喋り始める。

「キミたちってば、何処から来たワケ?オレ専用の宇宙衛星『ヴィアンカ』の追跡履歴には、キミたちがヒルカリオに入ってきた形跡が残っていないんだケド?虫の如く、その辺から湧いてきたのかなあ。
 まあ、現時点で、不法侵入、器物破損、侵略行為、殺人未遂…、それっぽい罪状はいくらでもあるし。とりあえず、こちらは正当防衛と銘打っておいてから、遊んであげようね?」

ルカの言っていることは、相変わらず、花奈にとっては意味不明な事柄ばかりである。しかし、『嫌な予感』と言うモノを覚えた花奈は、ルカが見ている方向と同じ場所に、自分の眼を動かした。必死に動かしてみせた。そこに居たのは―――…、

―――…異形の、群れ。

ホラー系のサバイバルゲームに実装されているような、クリーチャー。だが、何処かのっぺりとしたシルエットのせいで、グロテスクというよりは、禍々しい印象が強い。
花奈の友達の中には、こういう類の化け物退治に特化した人物も居るし、退治とはまではいかなくても、持ち前の頭脳を活かして作戦を提供してくれる人物も居た。…しかし、今、その友達は、此処には、居ない。―――頼りたい友達は、この場には、居ない―――…


「一番頼りになる子が、居るんでしょ?それこそ、キミの一番近く、…キミの中に。
 キミと同じ肉体を共有していながら、精神は別々に分離している。つまり、キミたちは、二人で一人ってコトだよね?」


不意に、ルカの声が聞こえた。花奈が見上げると、深青の瞳が笑って、彼女を見下ろしている。ルカは花奈と視線を合わせたまま、続ける。

「彼女のコト、キミから呼んであげて?
 きっと応えてくれるし、何なら、彼女自身は今すぐにでも飛び出して来たいのに、肝心のキミが強い恐怖に支配されて思考が固まっているせいで、彼女に肉体の主導権を渡すコト、完全に忘れちゃってるでしょ?」

ルカの低い声が、花奈の心に浸透していく。―――そうだ。忘れていた。どうして、忘れていたのだろう?



―――【俺様を出せ!そんなゴミ屑共なんて、俺様がまとめてぶっ倒してやる!】


―――【…他人に迷惑をかけないで。それから、ちゃんと、この男のひとの、…ルカさんの言うことを聞いて】


―――【ああ!ゼンショしてやるよ!さあ、俺様にこの肉体を渡せ!】



胸の中で、花奈と『姉』の二人だけの会話がなされる。

その様子を見たルカは、満足そうに微笑み、口先で右手の手袋の先を咥えて、外した。露わになったルカの掌の肌が、彼が左手に持ったままだった壊れたロボット兵のボディに当てられた。ルカの能力である『同調変換』の効果で、壊れたロボット兵は、分厚い鉄製の間仕切りになって、花奈の姿を、異形たちの視線から覆い隠す。

その間にも。花奈と『姉』の会話は、少女の胸の中だけで続けられていた。



―――【俺様のことを忘れやがったバツだ!今回は、いつもより長めに主導権をイタダクからな?!】

―――【分かった。忘れてて、ごめんね。…今、呼ぶよ】



「…お姉ちゃん」

花奈の唇から、小さな、しかし、とても大切な単語が、零れ出た。


「Crap your hands! 」

突然、ルカが叫ぶ。そのよく通る声を聞いた異形の群れは、反射的とも言えるカタチで、ゆっくりと進んでいた歩みを、ピタリ、と止めた。
間仕切りの前に立った状態のルカが、異形たちに向かって、この場に相応しい言葉を放り投げる。

「呼んだ覚えのないお客様たちだケド、此処に来た以上は、しっかりと見てあげて?
 さあ、お待ちかねのヒーローの出番だよ」

そのとき。間仕切りが、ボコン!!、と大きな音を立てて、凹んだ。同時に、ルカが飛び上がる。そして、間髪入れずに先ほどのモノより大きな音が響いたと思うと、―――分厚かった間仕切りが、木っ端微塵に打ち砕かれた。

鋼鉄製の緞帳(どんちょう)を拳で打ち破って、お披露目されたヒーローの姿が、そこには在る。

すぐ近くに、防犯目的が半分、インテリア目的が半分の割合で設置されていた、背の低いレトロちっくな外灯。先ほど飛び上がったルカは、今度は、その外灯の屋根の上に移動した状態で、この場のヒーローたる彼女に声を掛けた。

「キミ、お名前は?」

ルカが、簡潔に問いかける。その声は、面白いモノを見ている、とばかりの色が含まれてた。

まず、間仕切りで隠されていた場所に立っていたのは、先ほどまでそこに座り込んでいた、華奢な女子高生の花奈では無い。
暴力性を含んだ筋骨隆々の身体、ウルフを思わせるロングヘアー、野生の光を灯した切れ長の瞳、―――…そして、狩りの味を知る牙の如き、鋭い歯が見え隠れする大きな口が、堂々と名乗った。

「俺様の名は、華奈!通りすがりのヒーローだ!覚えておけ!
 ―――俺様、参上!!」

それはさながら、獣の咆哮にして同時に、一人の戦う者としてのプライドが、曖昧に混在している。しかし、混在とは共存への一歩であり、その進化を遂げるべき道半ばであることの裏打ちだ。故に、史上最強の軍事兵器であるルカからすれば、今の華奈は「野獣以上、ヒーロー未満」と評価が出来る。……なんとなく、何処かで聞いたことのある台詞を、乱発している気もするし…。

異形の群れの行進が、再開した。それまで、何処かぼんやりとしていた手足の末端のシルエットが、急に明確化したかと思えば、そこが鋭利な刃物に成る。…間違いない。こちらに対して、攻撃の意思を、この異形たちは持ち合わせている。
異形側が臨戦態勢に入ったのを見た華奈もまた、連動するかのように闘気を昂らせた。

「おもしれー手品じゃねーか!いいぜ!かかってこいよッ!!」

華奈がそう宣戦布告したのをきっかけに、とうとう戦いの火蓋は切って落とされた。
異形の群れが、一斉に華奈へと襲い掛かる。

華奈は振り被られた刃物たちを避けて、敵の腹に、頭に、強烈なパンチを食らわせていく。時に、回避行動を捨て、敢えて腕の太い部分や、他の分厚い筋肉の部位で刃物を受け止めることで、相手の動きを封じ込めると、その隙に、キックや頭突きを繰り出した。全身が鋼の如き筋肉で覆われている華奈だからこその戦略とも言えるだろうか。

華奈はひたすら敵を殴り、蹴り、突き上げ、投げ飛ばして。弱った異形の胴体から、刃物化している手足をもぎ取り。そうして傷付いてしまった自身の腕から、脚から、腹から、背中から、血を滴らせて。

―――華奈は、咆哮した。天を裂くような雄叫び。戦場の血と風を浴びた、野暴の大喝。

華奈のコンバットエコーは、ROG. COMPANY本社ビルの全ての窓ガラスを震わせて、打ち震えたガラスの脆い部分に、次々とヒビが入っていく。年季が入った一部の窓に関しては、完全に壊れてしまい、細かい破片となったガラスが、太陽の光を受けて、キラキラと輝きながら、季節外れの雹(ひょう)のように降ってきた。

ルカはそれらを浴びながらも、尚、外灯の上に立ったまま、戦い続ける華奈の姿を視界に収めつつ、呟く。

「…春の終わりに降る雹、ね。
 異端の前触れ、世界の非常識、自明の理から外れて産まれた存在、…それでも、今は自分の信条を貫き、正しい在り方を模索している。…そうだよね」

独り言を終えたルカは、見下ろしていたはずの視線を、不意に上空へ向けた。否、正確には、本社ビルの上の階を見た。割れた窓ガラスの向こうに立っている女性の姿。―――ツバサである。
ツバサは右手に持っていたスマートフォンを操作すると、それを自分の耳に当てた。すると、今度はルカのスマートフォンがバイブレーションで震える。ツバサからの電話だった。

「お願いだから、オレのコト、嫌いにならないでね?オレの可愛いALICE♡」
『それは彼女たちへの、アフターケア次第かな…?ルカが正しい行動を取ってくれることを信じて、私はホルダーとして、ルカに命令するだけだよ…』

すぐさま電話を取って、ルカはツバサとの会話を始める。どうやら、ルカがこの戦場に投入しようとしている作戦には、ツバサのホルダーとしての命令権が必要らしい。

「任せて~。アリスちゃんの期待になら、オレは何でも応えちゃう~♡」

ルカはデレっとした甘い声で、軍事兵器の自分に唯一命令が出来るツバサの期待に応えることを約束した。それを聞いたツバサは、電話越しの一瞬の沈黙と、割れた窓ガラスの向こうに在る、彼女の虚ろな緑眼から放たれる静かな圧を以て、―――遂に、命令を下す。

『ルカ、出撃』

ツバサがその言葉を紡いだのと、電話が切れたのと、ルカがスマートフォンを何処かに投げ出してしまったのと。そして、ルカが外灯の上から飛び降りたのは、ほぼほぼ、同時であった。

華奈によって死屍累々となった異形たちだったモノが散らばる中に、ルカが降り立つ。彼はついでとばかりに、華奈と対峙していた異形を、その背後から回し蹴りで吹っ飛ばした。

「あァ?!なんだゴラァ!?俺様の獲物を横取りすんな!!」

戦闘状態が長引いていることで興奮している華奈が、咄嗟にルカに食って掛かろうとするが。対してルカは、爽やかに笑ってみせながら、彼女に余裕のある態度を見せる。

「はいはい、落ち着いてね。大丈夫だよ。
 妹であるあの子と、ちゃんと約束したんじゃないの?オレの言うことは聞く、って」
「! ぐ…。……わーーったよ!!俺様に二言はねぇ!!
 で?ナニをしろって?」

ルカの言葉は、実に的確だった。故に、華奈の上がっていたボルテージが少しだけ下がり、同時に思考回路に余裕も生まれる。その隙を逃すまいと、ルカは即座に、作戦の提示を始めた。

「あの異形たち、そろそろ一掃して貰いたいんだ。でも、キミにだって活動量に限界があるし、暴れれば暴れるほど、後の反動も凄まじいハズだよね?
 だから、オレからキミに、武器の提供と同時に、キミ自身の肉体にほんの少しの干渉をすることを、許して欲しいんだ」
「…あーーー…、つまり、その?…なんだ?!なにが言いたいんだよ?!もうちょい分かり易く言えゴラァ!!」

思考回路に余裕が生まれたからと言って、残念ながら知能レベルが上がったわけではない。ルカの台詞を上手く読み込めなかった華奈は、案の定、苛立った怒声を上げた。それを見たルカは、より単純な方向へと言い直す。

「カッコよくて強い武器をプレゼントしてあげる。その代わり、その武器を上手に扱えるように、キミの肉体を少しだけ改造する。どう?理解してくれた?」
「…改造?俺様たちの肉体に…?」

『改造』と聞いた途端、華奈の瞳に、殺気が宿る。…この肉体は、華奈だけのモノでは無い。彼女にとっては、自分の妹のモノでもある。この肉体一つで、二人の存在は成り立っているのだ。それを外野が好き勝手に弄り回すような真似なんて、簡単に許せるわけが無い。
だがしかし、ルカは華奈のその反応すらも想定内と言いたげに、交渉を続けた。

「うんうん、警戒しちゃうよね。分かるよ~。でも、安心して?オレは、キミたち姉妹のことを傷付けるような真似は絶対にしないって、約束する。改造は一時的なモノだから、武器が役目を終えたら、元に戻るよ。
 ね?ちゃんと頑張ったら、キミたちに相応しいご褒美も用意してあげるから。
 そうだなあ。例えば…、姉のキミには、A5ランクの、つまり、とても高い和牛のステーキ肉を好きなだけ食べさせてあげる。妹のあの子には、このヒルカリオで一番人気のある抹茶スイーツをご馳走するよ」

史上最強の軍事兵器である以前に、ルカは大手玩具会社の三級高等幹部。ビジネストークなら、お手の物。相手に何かを強いるなら、こちらから相応の対価を与える。最早、ビジネストークというより、仕事の基本。

「!? 和牛…!高いステーキ…!好きなだけ…?!」

ルカの提示した条件に、華奈は見事に食い付いてきた。彼女の頭の中には、「コイツの言う通りにすれば、カッコよくて強い武器で暴れられるうえに、その後は美味い肉が食い放題!」という答えが出る。

「わかった!!乗ってやる!!その武器、俺様にヨコセッ!!」
「ハイ、交渉成立~♪それじゃあ、キミに相応しい武器を、今すぐに創ってあげようね~。でも、その前に、ちょっとだけ身体を触らせて貰うよ?」

ルカは言うや否や、黒革の手袋を外した。再び肌が露わになった掌を、華奈の腹部に当てる。

「痛くはないケド、ちょっとした違和感は覚えるかもね。じゃあ、始めるよ」

ルカがそう言った途端、同調変換が発動した。瞬間、華奈の心臓が、ドクン!ドクン!!、と二回ほど勝手に高鳴って、…終わる。ルカは、華奈の腹部から手を退けて、「どう?調子が悪いところは無い?」と聞いてきた。どうもなにも?、と華奈が思いながら、無意識に自分の手を見たとき。

「爪が!?俺様の爪が?!短くなってる!?てか、ほぼねぇじゃん!!」

おわああ?!と驚く華奈を横目に、ルカはしれっとした表情で、状況の説明を与える。

「爪だけじゃないよ~。全身の筋肉、特に腹筋周りを少しだけ絞らせて貰ったから。ちょっとスリムになったね。
 強い武器を上手に扱うために、キミ自身が出すパワーの量を、意図的に少なくするための措置だよ。これによって、戦いの反動も大分、少なくなるんだ。最適化ってヤツだね。
 さて、お次は~?」

ルカは言いながら、華奈の周囲に散らばっている異形の死体を、アイカメラでロックオンした。彼は掌を翳し、同調変換で空気の流れそのものを変えて、数体の異形の死体たちを手元まで運ばせてくる。そのまま、眼の前までふわふわと浮遊しながらやってきた死体に手を当てて、変換を開始した。途端に、華奈の両手に、ガチャ!ガチャン!、と音を立てて、機械のパーツが次々と嵌っていく。
あっという間に創られた武器は、三又に分かたれた鋭い刃を先端に、幅広くも長めの胴体部分に厚い装甲を持っている。短くなった爪には驚いたが、その恩恵で、グリップをしっかりと握り込むことが出来た。これだと華奈がチカラの限り振り回しても、この武器を取り落とすことは、まず無いだろう。 
全体的に、水色に発光しては、明滅を繰り返すそれを見た華奈は、素直な言葉を吐いた。

「か…、カッケェーー!!スゲーーッッ!!この前ネット配信で見たヒーローアニメのヤツみてぇだッ!!」
「気に入ってくれたなら、創った甲斐があったモノだよ。…さあ、お客様がお待ちだよ?存分に暴れておいで?」

玩具を与えられた子どものように眼をキラキラとさせながら、武器を眺める華奈に対して、ルカは手袋を嵌め直しつつ、彼女の意識を戦場へと戻す。
すると、華奈の眼付きに、獰猛な獣の光が再び宿り、まだ生き残っている異形の群れたちを見据えた。

「いくぜ!!俺様を止めてみな!!できるもんならな?!ちなみに答えは聞いてねぇ!!」

やはり何処かで聞いたことのあるような台詞を叫んだ華奈は、異形の戦列へと突撃していき、武器を振り被る。鋭い三又の刃は敵をいとも容易く切り裂いた。だが、勢いが良すぎたのか、刃が地面に突き刺さり、めり込んでしまう。一瞬だけ動けなくなった華奈の隙を突かんとばかりに、異形たちが襲い掛かった。だが。

「どぉぉおおりゃぁああああ!!!!」

雄々しい声と共に、華奈は地面に突き刺さった刃を引っこ抜くと同時に、その勢いのまま、異形の群れを一気に吹っ飛ばす。捲り上がったカタチで舞い上がった硬いコンクリートの大きな破片が、宙を舞う。それはかなりの速度で、ルカの方へと飛んで行ったが、―――彼は表情一つ変えずに、左の裏拳で、それを粉砕した。

異形たちが、じりじりと後退していくのが分かる。もう勝てないと悟ったのだ。しかし。

「逃がすわけねーだろーがッ!!言っただろッ?!俺様のことを止めることなんてできねーってッッ!!!!」

華奈がそう言った瞬間。武器の後部に付いていた機構から、オレンジ色の炎が射出し始める。エンジンが掛かったのだ。

「深い歯型!!刻んでやるぜッッ!!!!」

華奈が叫んだと同時に、射出しているオレンジ色の炎がより濃くなり、温度も高くなる。そして凄まじい推進力を得た華奈が、敵陣に向かって、猛スピードで特攻した。機構から激しいアフターバーナーを迸らせながら、彼女は最後の抵抗とばかりに一塊になった異形たちに、両手に嵌まった武器の刃の双方をぶつける。

刹那。激しい爆発音が轟き、天地を揺るがすような振動が、ルカの方まで充分に伝わってきた。だが彼は、相変わらず表情を変えない。その深青の瞳は、あの炎と煙が晴れた向こうに、ヒーローが勝利の立ち姿を見せてくれると、思っているからだ。

間も無く。ルカの予想通り、炎も煙も晴れた、…が、その向こうに、華奈は、立ってはいなかった。

クレーター状に大きく凹んだ地面の中心で、華奈は、仰向けの大の字になっている。周囲には、異形の姿は一欠片も無い。全て、消し飛んだようだ。

「ああああーーーーーー!!!!腹が減ったぁぁーーーーッッ!!!!早くステーキ食わせろぉぉーーーーッッ!!!!」

ジタバタと手足を動かしながら、そう喚く華奈の姿を見たルカは。心底面白い、と言った風に、笑ったのであった。


――――…。

夜の帳が降り始めた頃。
トルバドール・セキュリティーが有する、大規模な調理設備の扉の前には、そこの警護に当たっている輝と八槻の姿が在った。

「トルバドール・セキュリティーの調理設備を貸してくれと言われたから、何事かと思えば…。
 まさか、激闘の末に、お腹を空かせた女の子に、好きなだけステーキを食べさせてあげるため…、だったなんて、ね。
 あのルカ三級高等幹部も、案外と人情味があるのかな?輝くんも、そう思わないかい?」

八槻が興味深そうな表情をして、自分の隣に立っている輝に問いかける。だが輝は、正しい姿勢を維持したまま、スン…、と答えた。

「さあ…?俺には、ルカさんが持つ軍事兵器としてのプログラムには、個人的にまだまだ判断がつきかねている部分が多すぎますので、矢槻さんの質問の答えを出すことは出来ませんが…。
 お母様…、リーグスティ会長に言わせれば、「ルカ殿はビジネスというテーブルの上で、人間の自我を模倣しているに過ぎない」とか何とか…。まあ、そうは言いつつ、会長自身は、調理設備の使用許可を出すことに関して、満更でもなさそうでしたけれどね」

輝はそこまで言うと、腰から提げている剣型に変形させている愛弓の柄を、そっと撫でる。
武器というのは、持ち主の意思と同調してこそ、初めて、その存在意義を見出だせるのだ――――…。

一方。調理設備内では。

「うっひょーーー!!うめぇぇぇ!!高いステーキうめぇぇッッ!!もっと食うぞ!!もっとヨコセ!!ヨコセ!!まだまだ足りねぇぇ!!俺様の胃袋はこんなモンじゃねぇぞッッ!!」

一枚三百グラムの、A5ランクの和牛ステーキを、華奈が驚異的なスピードで平らげていた。トルバドール・セキュリティーが抱える調理係チームが総力戦で、彼女を待たせないために、必死になってステーキ肉を焼いている。しかし、量が必要だからと言って、質に手を抜いたりはしない。せっかくの高級な和牛の肉に似合う、これまた高価な岩塩を振りかけて、最高の火加減で焼き入れる。そうして提供されるステーキを、華奈は幸せそうな表情で、次々と大きな口に放り込み、その鋭い牙で噛み切り、嚥下していった。

対して、一心不乱に食事を続ける華奈に対面するカタチで座っているルカは、頬杖を突きながら、その光景を満足そうに眺めていたのである。


――――…。

一転。夜が明けて、翌日の昼前頃。
ヒルカリオで今一番長い行列が出来る、抹茶スイーツ専門店にて。
その店内の一番奥に在る、予約対応専門の個室。その出入り口の前に、ソラと琉一が静かに立っていた。元々、互いに口数の多い性格では無いが…、今日の仕事が警護任務となると。ルカの秘書官であるソラは仕事一筋になるし、傭兵出身の顧問弁護士である琉一は戦士としての顔が表に出てくる。こういうときの彼らにとっての沈黙は、何よりの武装。

一方。個室内では、花奈が眼を輝かせていた。彼女の前には、この店が抱える一流のパティスリーによって丁寧に作られた抹茶スイーツたちが、机の上に並んでいる。

王道の抹茶アイスクリーム、白玉とあんこと抹茶の寒天ゼリーによるあんみつ、抹茶クリームが何層にも挟まれたミルクレープ。何より、その場で点てられた、温かい抹茶そのもの。

「いただきます」

手早くスマートフォンにスイーツたちの写真を収めた後。花奈は行儀よく、手を合わせた後。まずは、茶碗を手に取った。憧れに等しい気持ちを抱く、抹茶。その最高の一杯を口に含んだ花奈は、ほぅ…、と心からの感激の吐息を漏らしたのであった。
そして、お待ちかねとばかりに、スイーツにフォークやスプーンを入れて、食べていく。一口、一口、と、ゆっくりと甘味を味わう花奈の表情は、幸福に満ちている。

そんな花奈の様子を対面で眺めているのは、ツバサであった。兄であるソラに良く似た無表情ながらも、ツバサは彼女なりに、眼の前の幸せな光景を噛み締めるように、眺めている。


――――…。

無事に、本土へ続く列車に花奈が乗り込み、ホームからそれが発車したのを見届けたツバサは。お見送りの意味を込めて、丁寧に下げていた頭を、ゆっくりと上げた。
それからツバサは、レオーネ隊のロボット兵士に両脇を警護されながら、駅のホームから改札までを颯爽と後にして。駅に併設されている大型駐車場に待機させていたRoom EL専用のリムジンへと乗り込んだ。

リムジンが静かに走り始めてから、ツバサはスマートフォンを取り出して、ルカに花奈の見送りを完了した旨を記載した、報告のメッセージを送信する。
既読の報せがついてから、数秒の後、スマートフォンがルカからの着信を告げる画面に切り替わった。ツバサはすぐに電話へと出る。

『お疲れさま、アリスちゃん。ちゃんと最後まで、あの子たちのお見送りしてくれて、ありがとう』

ハツラツとしながらも優しいトーンを保ったルカの声が、ツバサの耳へと流れ込んできた。

「うん、こちらこそ…。花奈さんの見守りを兼ねて相席をするためとはいえ、私の分まで抹茶スイーツをご馳走して貰って、本当にありがとう。とても美味しかったよ」
『アリスちゃんには、昨日の戦場で、ホルダーとしての役割を行使して貰ったからねえ。それくらいでお礼になるなら、安いもんだよぅ』

ツバサが控えめな姿勢で、感謝の言葉を述べると、ルカはさも当然とばかりに答えてくる。会社内の三級高等幹部としても、また、この地上におわす軍事兵器としても、超常的な立場に在る彼からすれば、何てことのない風景の一部であり、大事な仕事の一環でもあるのだから。

沈黙が入る前に、ふと思い出したかのように、ツバサはルカへ問いかけた。

「そういえば、花奈さんがお食事中、お話してくれたのだけど…。どうして、グレイス隊が自分を武装勢力として扱ったの?とか、ルカ自身がまるで自分の中に存在しているお姉さん…、華奈さんのことを最初から知っていたかのように喋っていたの?とか、そんな感じのことを、つらつらと…。
 私も知りたいな…?ルカはどうして、華奈さん・花奈さん姉妹を最初から認識していたうえに、本来なら、私のお兄様…、ソラ秘書官が指揮権を持っているグレイス隊が、花奈さんのことを武装勢力として、あの場で戦闘準備に入るよう促したのか、を…」

ツバサの質問の内容を聞いたルカが、ふ、と笑ったかのように吐息を漏らした後。相変わらず、優しいトーンを保ったままの声音で、答え始める。

『弊社内で迷子になっていた妹ちゃんの方を、オレのアイカメラが補足した瞬間、スキャンされた彼女の体内から、あのお姉ちゃんの存在を検知しちゃってさあ。まあ、ぶっちゃけ、軍事兵器としての性(さが)というか、最早、弊害だよね~。本来なら暴かなくてもいいハズの秘密を、勝手に暴くようにプログラムされているんだから。
 で、余計な混乱を招きたくなかったから、オレがあの姉妹の情報を、職場体験の警備担当に当たっていたグレイス隊の統括サーバーに同期しておいたの。そうしたら、それが裏目に出ちゃったワケ。グレイス隊が妹ちゃんを武装勢力として誤認したのは、あの子の中に潜んでいたお姉ちゃんの暴力性と、そこから予測として計算された武力的数値を、オレが情報を同期する際に、そのサーバーを通して、グレイス隊に渡しちゃったからだよ。こっちもこっちで、機械故の弊害だねえ。でもね、あれはオレの不注意のせいだから、一概にグレイス隊が悪いコトでも無いし、ましてや、指揮を執っていたソラにも責任は無いから、安心してね?
 要約すると、軍事兵器のオレと、戦闘用ロボットであるグレイス隊兵の、機械的生命体同士の勘違いが、重なっただけってコト。どう?分かってくれた?』

ルカの説明は、非常に分かり易いモノであり、また、理解に及ぶのも簡単であった。故に、ツバサは納得の意味を込めて、「なるほど…」とだけ呟いておく。それでツバサの中では、全てが完結した。

…だが、電話の向こうでは、ルカの話は続いているらしい。その証拠に、彼は半ば勝手に会話を流していく。

『オレには家族ってモノの概念は、イマイチ、分かんないケド。唯一の家族的存在である母さんは、まあ、アレだしさあ?
 それでも、あの姉妹に関しては、オレの中では、『正解』のあたる部分が見えているんだよね~』
 
相変わらず、このルカという軍事兵器は、人間の基準で物事をはかったり、ましてや、ルカ自身がそこに合わせて会話をしてくれるということを、全く知らないようだ。

「そうなんだね…。差し支えなければ、聞かせて欲しいな」

しかし、そんなルカの言葉に、ツバサは続きを促す。非常に興味のある話題ではあったからだ。

『あの二人にはね、きっと明るい未来が在る。
 当然、他人と決定的に違う部分を持っている以上、それに付随する困難はいくらでも立ちはだかるだろうし、涙も、怒りも、拳も、嘆きも、深い絶望に陥る羽目にだってなるかもしれない。
 でもね、そんなモノ、あの姉妹が手を取り合っていることさえ出きれば、乗り越えられるハズなんだ。それこそ、便りになるお友達も居るみたいだし?そこは頼っちゃえば良いよね?根本的な問題こそ、姉妹二人のモノであったとしても…、二人だって、まだまだ子どもなんだから、周囲の手を借りるくらい、当たり前なの。
 だからオレは、妹ちゃんに肉体の主導権を渡す話をしたんだし、お姉ちゃんには武器を与えた。そして二人は、今回の災難を乗り越えた。ほらね?あの姉妹には、もう立派な経験が積み上がってるでしょ?
 経験は、明るい未来への投資。だからきっと、あの姉妹には、明るい未来が待っている』

ルカの証明は、今度こそ終わったらしい。
それを聞き終えたツバサは、嘆息の感情を乗せた緑眼を僅かに伏せて、唇を開いた。

「弊社での職場体験のはずが、思わぬカタチで全く別の経験になったんだね…。でも、ルカの言う通り、きっと花奈さんも、華奈さんも、お互いのことを蔑ろになんかしないと思う。……私の場合、計算された正解なんかじゃなくて、ただの直感だけど…」

ツバサの言葉に対して、ルカは優しい声で、『それは人間が出せる予測として、最も正解に近いモノだよ』と、囁くように言ったのである。


――fin.
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