『COMPANY's Pawn』短編・番外編

ルカは大手玩具会社の三級高等幹部であり、史上最強の軍事兵器である。だが、そんな彼とて、会社勤務をしている以上、仕事納めを経て、心ばかりの忘年会を執り行い、年末年始の休暇へと入るのは、ごく自然なこと。

大型連休特有の人混みを避けたいと言うツバサを外に連れ出すデートに誘うのはやめておき、代わりに通話アプリを繋げながら、一緒にプリンス・テトラの過去作品の一気視聴を敢行した。

そして迎えた、大晦日の夜。
年越しまで起きていることに対して、特に風情めいた感情や情緒を持ち合わせていないルカは。いつも通りの時間に、ベッドへと入る。
就寝の体勢に移ったことを検知した、体内のプログラムが作動して。間も無く、ルカは深い眠りへと落ちていった。


――――…。

ふ、と気がついたとき。ルカは自分が雲海に立っているという、おおよそ現実味の無い光景を、目の当たりにしていた。現状の解析をしようとアイカメラを作動させようとするが、反応が無い。思わず両手を見ると、そこには普段は同調変換の抑止力となっているはずの黒皮の手袋が嵌まっておらず、青色のネイルが施された指先の爪が、雲海を照らす淡い光を反射している。それどころか、何処か全身がふわふわとした感覚に包まれていて、この惑星の重力をまるで感じ取れないでいた。

二百年以上も稼働してきて、味わったことの無い不思議な感覚と気持ちを抱きながら、ルカが何処か茫然としたように足元の雲海を眺めていると。

蹄の音が聞こえてきた。同時に、ルカの頬を撫でる、生暖かい風。

視線を上げたルカの深青の瞳が捉えたのは、―――…立派な馬に乗った、神秘的な雰囲気の女性であった。

馬が持つ炎を象ったようなたてがみが、灰色の体躯を際立たせる。そして、その馬に座るような形で乗っている女性は、清廉な白いドレスを着て、右眼を青色の蝶々の群れで覆い隠し、豊満な胸元も大きな青い蝶のレリーフで飾り立てている。レリーフに彫られているか、或いは彩られているのかが判別の付きにくい不規則な模様たちは、時折、僅かに蠢いているようにも見えた。頭上に頂く大仰な帽子は、王の冠を思わせるだろうか。
――――……何より、その女性の顔立ちは、ツバサに瓜二つだった。瞳の色も、髪の質感も、ツバサがいつも前髪を留めている赤色のヘアピンも、何もかもがそっくりだ。

だが、ルカの軍事兵器としての本能が、彼女がツバサではないと告げている。眼前に現れたこの神秘性の高い女性は、世界で唯一無二たる自分のホルダーではない。

ルカが黙って見ていると、女性は馬に座った状態で、彼を見て微笑み、口を開いた。

「幾星霜を越えて…、久しぶりに、この地へ新しい春を告げに来たと思えば…。なるほど、機械もひとの夢を見るようになりましたか」

彼女はそう言って、左手に掲げていたランタンを空中へと浮かばせる。ランタンの中では小さな炎が踊るかのように、揺らめいていた。彼女が続ける。

「安心しなさい。私の姿が、あなたが寵愛している『彼女』と同じであることは、何ら不思議な現象ではありません。―――…何故なら、これは、夢。眠ったあなたが見ている、夢なのです。
 ひとが作った言葉のなかに「夢にまで見た光景」というモノが在るでしょう?あなたが夢の中で相対している私が『彼女』と同じ顔立ちをしているのは……、つまり、そういうことなのです」

彼女が言葉を紡げば、それに応えるかのように、ランタンの中の炎が揺らいだ。それは極々小さな火の粉を飛ばしては、絶えず、その息吹を燃やし続けている。

「炎は全てを燃やしますが、燃えた跡から新しい再生は始められます。
 蝶は魂の象徴であり、移り気の激しさを意味しますが、それは人間が持つ心と感情の大切さを説きます。
 馬は今年の干支として連れて参りました。…ですが、古来より戦場では、脚の速い馬―――謂わば駿馬に跨ること、また、褒美として駿馬を下賜されることこそ、戦士にとっては何よりの誉でございました」

女性がそこまで台詞を紡いだとき。彼女が座っている灰色の馬が、ぶるる…、と小さく鼻を鳴らすかのように鳴いた。女性はその声を聴いてから、馬に向かって「あら、いけない。そうだったわね」と呟いた後。ルカに向かって、再度、口を開く。

「長居をしてしまいましたね、機械の子よ。では、私は皆々に新しい春を告げに参ります故、これにて失礼致します。
 どうか、良い一年を迎えてください。…そして、自分の歩く道は、その手で創って征くのです」

女性が微笑みを浮かべたまま、ルカにそう告げると。彼女の左手の上で浮いていたランタンが煌々と光り始めた。ランタンの中の炎が弾けるかのような音が響いた、その直後――――。


――――……起床用に設定しておいた、スマートフォンのアラーム音が、ルカの鼓膜に流れ込んでいた。

ぱっちりと開いた両目は、無機質な天井を見上げており。スリープモードから脱却した反動で、長い手足は未だ弛緩気味。
家事手伝いロボットたちが、「おはようございます」と無機質なボイスで挨拶を寄越してくるのを、半分ほど聞き流しながら。ルカはベッドから上半身を起こした。

黒皮の手袋が嵌まった指先で、アラームが止まったスマートフォンをつつくと、自分の部下たちや、その他関係者たちから、今日という新年を迎えたことに対する祝いの言葉や、社交辞令に伴う挨拶文、メッセージ等の数々が、未読状態で溜まっている。

家事手伝いロボットが朝の紅茶をサーブしてくれるのを横目に、ルカが真っ先に開いたのは。…ツバサの個人メッセージだった。

――「あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします。」

簡潔なメッセージと共に添えられた、デフォルメされたユニコーンのイラスト。最近のツバサは、レイジや優那に教わりながら、デジタルイラストを練習しているという話は聞いていた。まさか、此処でお目に掛かれるとは。しかし、ユニコーンは馬というカテゴライズで正解だっただろうか。…否、大好きで大好きで、この身に代えても護るべき、愛するツバサが描いてくれたイラストである。正解、不正解を論じるのは一旦やめておいて、今は、この手元に届いた小さな幸せを噛み締めることに専念しようではないか。
ルカはツバサが描いたユニコーンのイラストを眺めながら、返事を打ち込む。

――「あけましておめでとう。今年もよろしくね。可愛いイラストだね。頑張ったのが分かるよ。ところで、このイラスト、個人で保存してもいいかな?」

ルカはその内容でメッセージを送信してから、ロボットがサーブしてきた朝の紅茶に、やっと手を付け始めた。
タブレット端末で、毎日ダウンロードされるようになっている朝刊を読んでいると、スマートフォンが通知音を発する。すぐさま片手で操作すれば、ルカの予想通り、ツバサからの返信だった。

――「イラストを誉めてくれて、ありがとう。個人利用の保存はOKだよ。」

――「許可してくれて、ありがとう。大切に眺めさせて貰うね。」

ツバサの快い返答に対して、ルカは誠実に言葉を並べる。すると、また新しいメッセージが更新された。

――「ところで、ルカは夢って見るの?」

――「夢?寝てるときの夢ってコト?」

――「うん、そうだよ。もし、初夢を見たなら、どんな内容だったんだろう?って、個人的に興味が湧いただけ。答えるのが嫌ならスルーしてもいいよ。」

ツバサからの質問に、ルカは数秒程、沈黙する。昨晩、見た夢。それが、初夢。だとしたら、アレは―――…。

…。ルカは指先を滑らせて、ツバサへ返事をする。


――「案外と、機械は電気羊の夢を見ないモノだよ。」



――fin.
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