『COMPANY's Pawn』短編・番外編

ソラは鬼のような電話対応で手が空いていない。ツバサは大波のような事務仕事で、てんてこ舞い。ナオトは激務からくる疲労で、現在仮眠中。琉一は本日、空席。ということで、お疲れ気味の部下たちを労わるために、ルカが手ずからカフェテリアスペースに、人数分のドリンク、スイーツ、サンドイッチを買いに来た。
人間離れした美しい見た目に、全長2メートル近いルカは良く目立ち、それに付随して、社内に蔓延る『化け物扱い』も相まって、かなり好奇な色に染まった視線を集めている。が、良く見ているのは、ルカも一緒で。
会計とピックアップを終えたルカは、出入り口付近の二人用の席で、顔色悪く話し合う男性社員たちに近付く。

「ねえ、顔色悪いよ?休んだら?何処の子たち?オレが医務室を手配してあげるからさ~」

ルカが軽い口調で言いながら、社員たちを上から覗き込んだ。視線が合った二人の社員は、元々悪かった顔色を更に青くして、悲鳴に似た、ひっくり返ったような声を上げる。

「え、え…ッ!?る、ルカ、三級高等幹部殿…ッ??!」
「ひぃぃ!僕たち何も悪いことしてません!」
「大丈夫だよ。きちんと仕事してる子たちには、オレは拳を振り上げたりしないって。いい加減、その辺りを学習してよ、人間たち。
 それで、…あ、キミたち、マーケティング部の子たちなんだね~。なになに?新しい広告案とか?」

ルカのあっけらかんとした答えに、社員たちの毒気が抜かれていったらしく、彼らは「はい、そうです」と肯定してから、事情をルカへと説明し始めた。

「地下鉄の駅構内に打つ広告のアイデアを求められまして…。僕たち二人で組んで、もう四十件近いネタを提出したんですが、…採用チームのリーダーが、なかなか案を通してくれなくて…」
「リテイクの理由も曖昧だし…。そこを指摘したら、二人してその場で激高されるわで、もう散々…。
 おまけに、「こんな簡単な仕事も出来ないお前たちに用はない!次のアイデアが没になったら、上役に掛け合って、解雇も視野に入れて貰うぞ!」…とまで言われるし…。ああ、今、仕事を失ったりなんてしたら…!来月生まれる子どものためのお金が…!」
「…僕だって、再来月が彼女との結婚式だぞ…?!もうわけわかんねえくらい不安だよ…!!」

…どうやら、この二人の社員。上から貰った仕事の解決が出来ず、切羽詰まっているようだ。ルカは、「んー?」と小さく零しながら、黒革の手袋が嵌った指先で、くるくる、と赤色の宝石のピアスを弄った後。おもむろに、マーケティング部の二人に視線を戻して、口を開いた。

「いいよ。その仕事、オレがやってあげる」


――――…。

二時間後。

「ということで、持ってきたよ。キミが納得してくれるような、『地下鉄の駅構内に打つ広告』の案を、ね。確認してくれる?」

張り詰めた緊張の糸という糸に雁字搦めにされた、マーケティング部のメンバー全員を前にして。ルカは、応接専用のソファーに腰かけたまま、たった一枚のSDカードを、新広告の採用チームのリーダーである男に差し出した。
緊張で震えている指先でSDカードを受け取るリーダ―の男のことを見つめながら、ルカは口を開く。

「キミ、弊社の正社員じゃなくて、今回、うちに広告を依頼してきた広告会社から出向してきている、嘱託社員みたいだね。アイデアを練る傍らで調べさせて貰ったケド、過去にキミが打った広告には、ユキサカ製薬や、レッドヴィレンの売り上げにも貢献しているみたいだね~。
 だからって、弊社の若い社員たちに向かって、偉そうに振る舞って良いワケにはならないんだよ。ましてや、外部の人間であるキミが、弊社の人事に関するコトに口出しをする権利なんて、一ミクロンも無いんだケドなあ?ねえ、此処までの話の流れ、分かってる?
 子どもの将来のために働く社員や、大切なひととの幸せな未来を築いていく社員の、夢と希望を潰してしまいかねない発言は態度、その他諸々、このROG. COMPANY本社内では、オレが一切合切、許さないよ?
 …え?なにその縋るような眼。無理だよ?他人を軽んじるような真似を弊社でやらかしたキミが、オレに縋れると勘違いしないで?」

バッサリと切って捨てられたリーダーの男、否、ROG. COMPANY本社に於いて、引いては、ルカにとってはただの嘱託社員でしかないその彼は。自分の驕り高ぶりを恥じて、その場で、マーケティング部の全員に、心からの謝罪を告げた。



それから、更に数週間後。

本土の地下鉄の駅構内。一際、人通りが多い通路の数ヶ所に。ROG. COMPANYの広告が貼り出された。

それは、―――真っ白な夏の雲を抱く、澄み切った青空の写真。
地下の道の途中に現れる、突然の夏空を切り取った一枚に、行き交う人々は思わず足を止めては、広告の隅に印字されている文字を眺める。


――『Future in your hands. ――夢を、その手に。 ROG. COMPANY』


そう印刷された文字の横にあるQRコード。興味を持ったひとがスマートフォンでそれを読み取れば、短い動画が再生されるではないか。

動画には社長であるレイジが、ROG. COMPANYの一階ロビーにある社名ロゴの前に立ち、こちらに向かって、言葉を紡ぐ。

『ROG. COMPANY代表取締役社長、前岩田レイジです。この広告を見てくれて、ありがとうございます。
 弊社では青空の見えない地下を歩く方々にも、夢と希望を届けます。
 Future in your hands. ――夢を、その手に。
 共に、未来を歩みましょう。ご視聴、ありがとうございました。今日も一日、お疲れさまです。』

ごくごく短い時間の動画が、フェードアウトした後に流れる、『ROG. COMPANY』の文字と、協賛した広告会社のロゴ。それも終わった暗転した小さな液晶画面に、スマートフォンの持ち主の感嘆の吐息が吹きかかる。

…こうして。
誰が考案したかも知らされない、「地下の青空広告」は。静かな温もりと、優しい光と、その裏で広がった火種を丸ごと内包して。
疲れ切った足取りで地下の道を歩く人々に、確かな夢と希望を与えていたのだった。


――fin.
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