『COMPANY's Pawn』短編・番外編
「普通の彼氏が欲しい」
私がそう切り出すと。ソラは「そうか」とだけ返してきた。その何事にも動じないという澄ました表情も反応も、もう疲れたの。
ソラは、完璧だ。何処から切り取っても、何処から見抜いても。全くの隙が無い。いつも完璧。いつもパーフェクト。人間としても、そして彼氏としても。…でも、私は、それがもう嫌になった。
エスコートは常に紳士的正解100%、こちらの要求への回答は先回りの更に先を行く正解200%。彼氏として、これ以上の男はいない。それでも、それでも。
少しくらい気の抜けた言動や、詰めの甘さや、脇の締め具合の緩さや。そういう、『普通の彼氏』にあるものを、私は求めたい。だけど、ソラにそれは求められない。だって、彼は『完璧』だから。
「普通の彼氏と、普通の恋愛がしたい。だから、ソラ、別れて」
「ああ。お前がそう望むなら、俺は一向に構わん」
「…引き留めないんだ?」
「引き留める必要が無いからな」
「……、そういう余裕ぶった完璧ムーブするとこ、飽き飽きした。毎度毎度、イヤすぎる」
「そうか。普通の彼氏とやらにも飽きたら、まあ、帰ってくるといい」
「~~~!!誰か帰ってくるもんか!!このバカソラッッ!!」
その一方的すぎる喧嘩別れで、私とソラは、破局した。
二週間後。
私は、過去に所属していた社会人サークルへ出戻りの形で、入り直した。このサークルは食事、カラオケやボーリング大会、時にはウォーキングなどの、遊興を通した交流が目的のものだ。怪しいところはない。
メンバーの大半は流動していたものの、過去に一緒になっていた顔ぶれもいたので、私は安心してサークルへと参加した。そして、その中に、早速、見つけたのだ。
中小企業の営業部門所属、年齢はふたつ上、三男坊、という、『普通の彼氏』になってくれそうな男を。
アプローチは早めにし始めた。容姿がパッとしないのと、言動に優柔不断のケが見受けられるため、他の女性陣からは標的にされておらず。だからこそ、私はすぐに彼を口説き落とすことが出来た。
最初のデートは、ファミレスだった。私は安い物でも喜べる女だし、ファミレスのハンバーグもパスタも大好き。食事の合間に彼に話題を振るけど、視線は合わないし、返し方もぼんやりしている。でも、気にしない。
二回目のデートは、美術館だった。私は芸術品を楽しむ時間が好き。例え、詳しいことは分からなくても。併設されたカフェでコラボメニューを食べているとき、見てきた美術品の自分なりの解釈や感想を言っていたのだけど、彼はスマホばかり見ている。難しいテーマだったのかもしれない。大丈夫。次よ、次。
三回目のデートは、ドタキャンされた。映画館に行く予定だった。彼の趣味だというロボットアニメの実写化映画で、彼は凄く楽しみにしていたのに…。朝から急にお腹が痛いから、ってメッセージが来た。看病しに行こうか?って提案したけど、お母さんが来るから平気、なんだって。
四回目のデートの誘いを振ったとき、彼はあからさまに不安げな顔をした。前回のドタキャンを気にしているのかと思って、そこをツッコんでみたら。―――…急に、怒られた。逆ギレされた。キレられる理由が分からなくて、ぽかんとしていると。
「きみといると、疲れるんだ!
やたらとレベルの高い話題ばかり振ってきて、「私って頭が良いでしょ?」的なアピールしてくるし、マナーも良すぎて何だか女優の演技みたいだし!何よりその笑顔!万人するだけのハリボテの笑顔みたいで気持ち悪い!
ぼくはもっと、普通の彼女が欲しかったよ!
この前、お母さんにもきみのことを相談したけど、そんな我の強そうな女はやめとけって、ハッキリと言われたし!」
気が付いたら、私はチカラの限りを込めて、相手をビンタしていた。
目一杯に酒を吞んだくれて。家に帰ろうとふらふらと歩いていた私は。ふと見上げた立派なエントランスが、自宅のアパートのそれでないことに気が付く。
酔って、無意識に歩いてきた場所。―――アヴァロンタワーβ。ソラの自室がある、ヒルカリオで一番のタワーマンション。その前に、私は立っていた。
……何を、今更。確かにソラは「帰ってくるといい」とか何とか言っていたけど…。そもそも、あのソラが、恋人と別れた時点で、合鍵は交換しているはず…。
そうは考えるものの、私は、財布の中に入ったままだった、ソラの部屋のカードキーをスキャナーに読み込ませた。すると。液晶画面に『OPEN』の文字が表示される。すぐに、二重になっているエントランスのドアのロックが、ガチャ、ガチャン、と外れる音が聞こえた。…信じられない気持ちで。でも私は、そのまま、ドアを潜ったのだった。
部屋のチャイムを鳴らしたら、スピーカーからは無言のまま、鍵の開く音だけがした。ソラはいつもそうだ。ドアカメラで確認した相手が私だと分かると、特に何のコメントもせずに、解錠する。「出入り口でぼうっと立っているのは、何よりの無作法だ」と。付き合いたての頃、よく言い聞かせられていたことを思い出す。
玄関を入ると、微かにカレーの匂いがした。ソラの作る、カレーライス…。何処のレストランや、カレー屋さんでも食べられない、唯一無二の味。…食べたいな。
そのとき、リビングの扉が開いた。
「おい、いつまでも部屋の出入り口を塞ぐな。育ちを疑われても知らんぞ?」
リビングの扉から、顔だけ覗かせたソラは、それだけ言い残すと。また顔を引っ込めた。また同じこと言ってる…。
靴を脱いで、リビングに入ると。ソラはラフなスラックスの上から、愛用のエプロンを着けた状態で、キッチンに立っていた。
テーブルには既にソラの分であろうカレーライスは用意してあって。ソラは炊飯器の前に立って、私が使っていたカレー皿を持っていた。
「腹は減っているのか?酒を飲んだ後なら、小盛にしてやろう」
「………、……怒らないの……?」
「そろそろ帰ってくる頃合いだと思っていたからな。こちらの予想通りの結果になって、俺が怒ることもないだろうに」
「………。うん…」
いつもより少なく盛られたカレーライスが、私の席に置かれる。実は金属のスプーンが得意じゃない私のためにソラが買ってくれた、木製のスプーンと。カレーライスの日には私が絶対に飲む、ソラお手製のバナナジュースが、一緒に配膳された。
いただきます、と手を合わせてから。一口ずつ食べる。…美味しい。当たり前になっていたはずの、ソラの作った美味しいカレーライス。それが日常だった。これが私にとっての普通だったんだ。それってつまり…。
「完璧な俺の恋人として完璧だったお前が、今更、そこら辺の普通の男で満足できるわけが、なかっただろう?」
そのソラの言うことは、正解だ。完璧な答えだ。そうだ、これが私にとっての『普通』。
「それで?完璧な男との恋愛を、これからも続けるつもりはあるのか?」
「…ズルい聞き方」
「まあ、答えは分かり切っているしな」
そうだ。私は、ソラの恋人になるべくして、なったんだ。
それなら、「ソラに飽きた」とか、「ソラ以外の男と付き合う」とか、そんな『贅沢』なんて、もう二度と言わないわ。
私がそう切り出すと。ソラは「そうか」とだけ返してきた。その何事にも動じないという澄ました表情も反応も、もう疲れたの。
ソラは、完璧だ。何処から切り取っても、何処から見抜いても。全くの隙が無い。いつも完璧。いつもパーフェクト。人間としても、そして彼氏としても。…でも、私は、それがもう嫌になった。
エスコートは常に紳士的正解100%、こちらの要求への回答は先回りの更に先を行く正解200%。彼氏として、これ以上の男はいない。それでも、それでも。
少しくらい気の抜けた言動や、詰めの甘さや、脇の締め具合の緩さや。そういう、『普通の彼氏』にあるものを、私は求めたい。だけど、ソラにそれは求められない。だって、彼は『完璧』だから。
「普通の彼氏と、普通の恋愛がしたい。だから、ソラ、別れて」
「ああ。お前がそう望むなら、俺は一向に構わん」
「…引き留めないんだ?」
「引き留める必要が無いからな」
「……、そういう余裕ぶった完璧ムーブするとこ、飽き飽きした。毎度毎度、イヤすぎる」
「そうか。普通の彼氏とやらにも飽きたら、まあ、帰ってくるといい」
「~~~!!誰か帰ってくるもんか!!このバカソラッッ!!」
その一方的すぎる喧嘩別れで、私とソラは、破局した。
二週間後。
私は、過去に所属していた社会人サークルへ出戻りの形で、入り直した。このサークルは食事、カラオケやボーリング大会、時にはウォーキングなどの、遊興を通した交流が目的のものだ。怪しいところはない。
メンバーの大半は流動していたものの、過去に一緒になっていた顔ぶれもいたので、私は安心してサークルへと参加した。そして、その中に、早速、見つけたのだ。
中小企業の営業部門所属、年齢はふたつ上、三男坊、という、『普通の彼氏』になってくれそうな男を。
アプローチは早めにし始めた。容姿がパッとしないのと、言動に優柔不断のケが見受けられるため、他の女性陣からは標的にされておらず。だからこそ、私はすぐに彼を口説き落とすことが出来た。
最初のデートは、ファミレスだった。私は安い物でも喜べる女だし、ファミレスのハンバーグもパスタも大好き。食事の合間に彼に話題を振るけど、視線は合わないし、返し方もぼんやりしている。でも、気にしない。
二回目のデートは、美術館だった。私は芸術品を楽しむ時間が好き。例え、詳しいことは分からなくても。併設されたカフェでコラボメニューを食べているとき、見てきた美術品の自分なりの解釈や感想を言っていたのだけど、彼はスマホばかり見ている。難しいテーマだったのかもしれない。大丈夫。次よ、次。
三回目のデートは、ドタキャンされた。映画館に行く予定だった。彼の趣味だというロボットアニメの実写化映画で、彼は凄く楽しみにしていたのに…。朝から急にお腹が痛いから、ってメッセージが来た。看病しに行こうか?って提案したけど、お母さんが来るから平気、なんだって。
四回目のデートの誘いを振ったとき、彼はあからさまに不安げな顔をした。前回のドタキャンを気にしているのかと思って、そこをツッコんでみたら。―――…急に、怒られた。逆ギレされた。キレられる理由が分からなくて、ぽかんとしていると。
「きみといると、疲れるんだ!
やたらとレベルの高い話題ばかり振ってきて、「私って頭が良いでしょ?」的なアピールしてくるし、マナーも良すぎて何だか女優の演技みたいだし!何よりその笑顔!万人するだけのハリボテの笑顔みたいで気持ち悪い!
ぼくはもっと、普通の彼女が欲しかったよ!
この前、お母さんにもきみのことを相談したけど、そんな我の強そうな女はやめとけって、ハッキリと言われたし!」
気が付いたら、私はチカラの限りを込めて、相手をビンタしていた。
目一杯に酒を吞んだくれて。家に帰ろうとふらふらと歩いていた私は。ふと見上げた立派なエントランスが、自宅のアパートのそれでないことに気が付く。
酔って、無意識に歩いてきた場所。―――アヴァロンタワーβ。ソラの自室がある、ヒルカリオで一番のタワーマンション。その前に、私は立っていた。
……何を、今更。確かにソラは「帰ってくるといい」とか何とか言っていたけど…。そもそも、あのソラが、恋人と別れた時点で、合鍵は交換しているはず…。
そうは考えるものの、私は、財布の中に入ったままだった、ソラの部屋のカードキーをスキャナーに読み込ませた。すると。液晶画面に『OPEN』の文字が表示される。すぐに、二重になっているエントランスのドアのロックが、ガチャ、ガチャン、と外れる音が聞こえた。…信じられない気持ちで。でも私は、そのまま、ドアを潜ったのだった。
部屋のチャイムを鳴らしたら、スピーカーからは無言のまま、鍵の開く音だけがした。ソラはいつもそうだ。ドアカメラで確認した相手が私だと分かると、特に何のコメントもせずに、解錠する。「出入り口でぼうっと立っているのは、何よりの無作法だ」と。付き合いたての頃、よく言い聞かせられていたことを思い出す。
玄関を入ると、微かにカレーの匂いがした。ソラの作る、カレーライス…。何処のレストランや、カレー屋さんでも食べられない、唯一無二の味。…食べたいな。
そのとき、リビングの扉が開いた。
「おい、いつまでも部屋の出入り口を塞ぐな。育ちを疑われても知らんぞ?」
リビングの扉から、顔だけ覗かせたソラは、それだけ言い残すと。また顔を引っ込めた。また同じこと言ってる…。
靴を脱いで、リビングに入ると。ソラはラフなスラックスの上から、愛用のエプロンを着けた状態で、キッチンに立っていた。
テーブルには既にソラの分であろうカレーライスは用意してあって。ソラは炊飯器の前に立って、私が使っていたカレー皿を持っていた。
「腹は減っているのか?酒を飲んだ後なら、小盛にしてやろう」
「………、……怒らないの……?」
「そろそろ帰ってくる頃合いだと思っていたからな。こちらの予想通りの結果になって、俺が怒ることもないだろうに」
「………。うん…」
いつもより少なく盛られたカレーライスが、私の席に置かれる。実は金属のスプーンが得意じゃない私のためにソラが買ってくれた、木製のスプーンと。カレーライスの日には私が絶対に飲む、ソラお手製のバナナジュースが、一緒に配膳された。
いただきます、と手を合わせてから。一口ずつ食べる。…美味しい。当たり前になっていたはずの、ソラの作った美味しいカレーライス。それが日常だった。これが私にとっての普通だったんだ。それってつまり…。
「完璧な俺の恋人として完璧だったお前が、今更、そこら辺の普通の男で満足できるわけが、なかっただろう?」
そのソラの言うことは、正解だ。完璧な答えだ。そうだ、これが私にとっての『普通』。
「それで?完璧な男との恋愛を、これからも続けるつもりはあるのか?」
「…ズルい聞き方」
「まあ、答えは分かり切っているしな」
そうだ。私は、ソラの恋人になるべくして、なったんだ。
それなら、「ソラに飽きた」とか、「ソラ以外の男と付き合う」とか、そんな『贅沢』なんて、もう二度と言わないわ。
