『COMPANY's Pawn』短編・番外編

今日。待ちに待った日を迎えて、私は舞い上がっていた。私の手の中にあるスマートフォンに表示された、電子チケットに印じられたイベント名『ログ・ファンシーシリーズお迎えパーティー』。これは、数あるROG. COMPANY社製の、ファンシー系ぬいぐるみたち中から、選りすぐりの可愛い子たちをお迎えできる大大大チャンスに招待された証。……チケット抽選の倍率が凄まじかったので、正直、記念受験くらいの勢いだったのだが。私は日頃から徳を積んでいたのかもしれない。大好きなファンシーぬいをお迎え出来る日がやってきたのだから。

イベントの会場になっている、ヒルカリオにある大きな緑化公園『セントラル・グリーン』に到着した私は。早速、会場入口で電子チケットを確認してもらう。無事に、ゲートを通ることが許された。ああ、待ってて!私の可愛いぬいちゃんたち!

会場に入ると、そこはもう天国。ファンシー系ぬいぐるみたちが、あちらこちらから、私を手招きしてくれていた。あの子が可愛い、あの子も可愛い、その子も素敵、どの子も最高。私はこの日のために金策していた予算を計算しながら、次々とお目当てのぬいぐるみたちをお迎えしていく。手荷物にはならない。販売ブースから直接、宅配便受付へ、スタッフにより品物が送られて。私たちカスタマーは、買い物が終わり次第、好きなタイミングで宅配便受付へ赴き、発送の手続きをするだけ。さすが、天下のROG. COMPANY。顧客に対するサポート面が手厚い。そういうところも含めて、私はROG. COMPANYの作る玩具、主にぬいぐるみが大好きなのだ。

そして、会場入りしてから二時間後。握りしめてきた予算を、宅配便の発送手続きに必要な料金、帰り道に喉の乾きを潤すお茶代、そして、万が一のタクシー代を、それぞれきっちり残して。私はスキップしそうなほど、ルンルン気分で、宅配便受付のブースまで来た。
まもなく、チケット番号を呼ばれて、スタッフさんのもとへと向かう。このイベントで買い求めたお品物の確認をしながら、ぬいぐるみたちをひとりずつ、スタッフさんが丁寧に発送用の箱に梱包するのを目の前で見せてくれるのも、この会社ならではの顧客サポートだ。

…だがしかし。トラブルがやってくる。私が最後に買い求めた、私の一番の推しぬいぐるみ『ねこてんし・ラヴィー』が、どうにも見当たらない、のだとか。それを聞いた瞬間、顔から血の気が引く思いがした。お金の問題じゃない。私がお迎えしたくて堪らなかった、あの可愛い可愛い最推しのぬいちゃんが、もしかすると、我が家にお迎えできないかもしれない、絶望の可能性。スタッフさんに怒ってもいい場面なのかもしれない。でも私はそんなことはしたくない。だって、うちに来てくれるぬいぐるみたちを前にして、無闇に感情で怒鳴るなんて醜態は、晒せない。この子たちは、こんなにも可愛いのだから…。

慌てるスタッフさんたちを、茫然と眺めていた私は。ふと、隣に気配を感じ取った。え、誰だろう…

「本日の総合警備のリーダーをしています、ソラです。この度は我が社の不手際により、お客様に不安を与えてしまい、申し訳ありません」

落ち着いた声のイケメンだ…。本当にかっこいい。世の中、こんなに顔の良い男のひとがいるんだ…。

「お客様がお買い求めになったぬいぐるみですが、おそらく、こちらのミスで、別のお客様のお買い物と混同された可能性があります。
 ですが、ご安心ください。お客様がお求めになった子は、本日より二日以内に、弊社の者が必ずお届けにあがります」
「ほ、本当…ですか…?」
「お約束します」

警備のリーダーのイケメンさんの落ち着いた口調の、且つ、しっかりとした説明を聞いて、私も冷静さを取り戻す。
そのまま。イケメンさんからの謝罪を改めて受けた後。私は必要な手続きを済ませて、無事に帰宅した。


―――二日後。

SNSのライブ配信ボタンを押した私は、いつもの通り、ぬいぐるみを愛でる配信を開始した。今日は、先日のお迎えイベントで見舞われたトラブルに巻き込まれてしまった、私の最推しのぬいちゃんが届いた報告と、その子のレビュー、リスナーとレイアウトの相談をする予定だ。私は別にバズるようなインフルエンサーではない。むしろ、フォロワーさんの数は一桁の、過疎地の素人配信者だ。でも、構わない。私のぬいぐるみ活動は、趣味の範囲を出ていないから。いま繋がってくれているフォロワーさんたちと、温かい交流ができれば、そしてうちの可愛い子たちの尊さを共有できれば。それで大満足。

そして、毎回配信が始まると、真っ先にやってきてくれるフォロワーさんがいる。名前もIDも非公開にしているので、こちらで勝手にコテを付けさせて貰っているひと。コテは『キャット』さん。私がぬいぐるみ配信を始めたての頃から、ここに通ってくれているひとで、曰く、「上司から猫みたいだと、よく言われる」というのを、コメントで教えて貰ったので。キャットさんとお呼びするようになった。

キャットさんの挨拶を受けて、私の配信が始まる。ROG. COMPANYから直接届いた、私の最推しのファンシーぬいぐるみ『ねこてんし・ラヴィー』のレビュー、もとい、もうその可愛らしさと尊さに語彙力なんて吹っ飛んで、ひたすらに愛でまくる。
キャットさんは自発的なコメントは少ないひとで、私からの問いかけに反応してくれるタイプのリスナーさん。スパチャも一銭も投げてこないし、先の通り、私も配信はお金目的ではないから、そこは全然気にならない。ただただ、最古参のキャットさんが、いつも配信の場にいてくれる。という、絶大な安心感。
お迎えできた可愛い可愛いぬいぐるみたちと、全幅の信頼を寄せるリスナーさんたちのコメントに包まれて。私は、幸せの極みにいた―――…。


―――アヴァロンタワーβ。最上階。

ヒルカリオを代表する『双子のタワーマンション・アヴァロンタワー』の片割れ、アヴァロンタワーβ。その最上階の部屋の、書斎にて。
デスクトップパソコンで仕事用の書類を纏めている傍ら、スタンドに立てかけたプライベート用のタブレットで、彼は個人の生配信動画を再生していた。ワイヤレスイヤフォンからは、女性が先日行われた、ROG. COMPANYのイベントでお迎えしたぬいぐるみに愛溢れるレビューやコメントを口にする声が、流れている。
女性のコメントに思わず微笑んでいたとき。タブレットと反対側に置いた、社用のスマートフォンがバイブレーションで震えた。いつもならこの配信を見ている間は電話など全て無視してしまうのだが、…通話相手に重要な役員の名前が表示されてしまっては、さすがの彼もスルーが出来なかった。

「はい、特殊対応室のソラです。…はい、…ええ、無事に確認をしました。先日のイベントのトラブルは、全て解決しております」

電話に対応しながら、彼―――ソラは、タブレットで流している配信に「電話」とコメントを飛ばした。女性が「了解です〜。ごゆっくり〜」と返してくれたのを確認して、ソラは本格的に報告を始める。いま纏めている書類に目を通してさえくれれば、ここで自分が口頭で伝える手間も省けるのだが…、と密かに考えながら。

数分後。役員に報告を終えて、電話を切ってから。ソラはワイヤレスイヤフォンを嵌め直した。女性の配信はそろそろ終わりを迎える様子だ。見逃した部分は、後日、アーカイブを見直すとする。
ソラが「電話、終わりました」とコメントを飛ばすと、女性が満開の笑顔で「おかえりなさい、キャットさん」と返してくれる。

その声を聞いたソラは、少し冷めたコーヒーの入ったマグカップに、口をつけた。
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