『極寒の果てで』小説

骸の戦士たちは花嫁も狙う。が、魔王伯爵が華麗な剣捌きで、それらを阻止していた。

ソラがオージャカリバーを左手の逆手持ちに切り替える。花嫁の偽物を斬り伏せたモノと同じ構えだ。
蹴り技を織り交ぜて、イザヴェラの首元や大腿部など、確実に致命傷を与えられる部位を、ソラは狙う。割と小柄故の身軽さと、鍛え抜かれた肉体が合わさった、見事な動き。

「…ッ、見事な暗殺剣だ。だが、それはゴッカン王室には無い剣術のはず…。どこで修めた?」

ソラの猛攻から一旦距離を取ったイザヴェラが、彼に問う。

「俺は、ンコソパの貧民街で、およそ100年前に造られた最強の軍事兵器に育てられた。生きていくうえで必要な知識は一通り躾けられたが、…その中で一番、ルカが本腰を入れて教えてくれたのが、『戦うチカラ』だ。
 読み書きと計算のドリルに混じって、絵本代わりに戦術書を読んでいた。体力をつけるための散歩の後は、家の裏で剣の稽古だった」

ソラが淀みなく答えた。ンコソパで過ごした幼少期のことを簡潔に語る。
軍事兵器としての稼働は極端に制限されていたルカだったが。己の回路にプログラムとして書き込まれたことを、ソラに教え込むのは、ルカにとって造作もないことだった。過酷な貧民街で生き抜くために。果ては、そこから抜け出した先で、健全な道を歩むために。ルカはソラに自分なりの教育を施した。その一環が、いまソラが振るっている『暗殺剣』である。
話を理解したイザヴェラは、素直に感嘆の息を吐いた。

「なるほど…。『機械に育てられた子』か。その寸分違わぬ、戦いの剣筋、実に見事。だが―――…ッ!!」

称賛を述べた、次の瞬間。剣が交わる音が響く。イザヴェラが一気に踏み込んできたのを、ソラが受け止めた。が、若干、押されている。その隙に、イザヴェラの方に勢いがつく。

「所詮は、ヒトの子!死の国に降り立った、このイザヴェラの敵ではないッ!!」

イザヴェラの一息で、ソラが弾かれた。屈強な彼が目に見えて押し負ける図は、珍しい。しかし、それだけイザヴェラが強いという事実の現れでもある。後世に物語として語り継がれる存在である以上、やはり一筋縄ではいかない。
…すると。ソラの鎧が揺らめいたかと思えば、…装甲が解かれる。その光景を目にした花嫁と魔王伯爵は、目を剥いた。

「先程、お前は生死の理をひっくり返したのだ。元よりそこで、体力、気力共に、相当に削っているはず。
 …機械のように育てられた人間の子。…だが、ソラ王。お前はやはり人間の域を出ない存在。
 ―――…故に、私の前に跪くのだ!」

そう告げた後。目にも留まらぬ速さでソラに向かってイザヴェラが迫り、彼の頭上に両刃剣を振り下ろさんとする。…が。

ガキン!!という音と共に、それは阻まれた。―――魔王伯爵の剣が、イザヴェラのそれをしかと受け止めている。

「この一手を止めるか?伯爵。…お前も大概、情に弱い奴だ」
「ああ、そうだね。
 …長生きはしたくないもんさ。大切なモノが次々と目の前で失われていくことが、時折、無性に哀しくなるからね」

イザヴェラの嘲笑的な台詞に、伯爵は自虐的に答えた。同時に、剣を弾き返して、体勢を整える。伯爵は続けた。

「ゴッカン王への試練なら、僕も脇役に徹して、黙ってはいたさ。…でもね、イザヴェラ。きみは大きな勘違いをしている。
 …ゴッカン王は確かに『機械のように育てられた人間』なのかもしれない。でもきみは次にこう言った。『やはり人間の域を出ない存在』と。
 …おかしいなぁ。ゴッカン王は最初から今まで人間のはずだ。なのにきみは、まるで彼が『機械のように振る舞う人間であることを望んでいる』かのような発言をした。
 もうちょっと、話を遡ってみようか?ゴッカン王が生死の理をひっくり返したとき、…きみが逆上したときだ。覚えてる?『情を捨てきれぬ天秤など、チキューには不要だ』と、きみは叫んだよ。…こちらもまるで、彼が『感情のスイッチのオンオフが出来る』かのように見越した言葉だ」
「お前の高説など要らぬ。年寄りの長話は嫌われるぞ、伯爵」

仮にも旧知の仲であろう魔王伯爵の考察に対して、イザヴェラは冷たく切って捨てる。だが、伯爵は、はは、と、どこか乾いた笑いをひとつ零した。

「本当に…、長生きは、したくないもんだ…」
「…?」

伯爵の静かな独り言に、イザヴェラを含む皆が、一様に疑問符を飛ばした。彼は目を伏せて、ふぅ…、と、ひとつ溜め息を吐くと、視線を上げた。…その両目にあったのは、―――…『怒り』。

「ゴッカン王を、…僕の大切な戦友を『機械』という型に押し込める形で貶めることは、到底、見過ごすことはできないな。例えそれが、イザヴェラ…、きみであっても、だ。
 彼ほど人間味の溢れる子は、チキューの何処を探しても、居やしない。誰よりも優しく、誰よりも誇り高い、立派な王…。剣を交えれば、腕力は計れるだろう。だが、ゴッカン王の心までは、決して分かりはしない。
 そして、イザヴェラ。…きみは敵にする相手を、途中から間違えているよ…」

明らかに、空気が変わった。魔王伯爵が愛剣を掲げると、怒りを灯したままの瞳で、イザヴェラに向かって言葉を紡ぐ。

「時間の止まった死の国に永く居るきみは、もう忘れてしまったのかな?
 …僕も、一応、魔『王』であることを…」

その台詞に、ハッとしたかのようにイザヴェラが息を呑んだ。が、時は既に遅し。進んだ刻針は、戻せない。

魔王伯爵の周囲に、赤黒いオーラが立ち込め始める。禍々しさを感じるそれに包まれた彼は、妖しく微笑んで見せた。

「幾星霜の狂の果て、いまここに我が身と成り知る…。
 ―――百夜兇魔、…王凱武装!」

オーラがそのまま水晶のように固まって、魔王伯爵を閉じ込める。と、瞬時にそれは内側から激しい音を立てて割れた。その中から現れたのは、いつもの伯爵ではない。

全身を、重々しい甲冑が覆う。顔は右半分だけ仮面で隠されていた。背中からはドラゴンの翼を想起させるそれが、悠々とはためいている。

「僕も、もう若くないからさあ。あまり長い時間、この状態を維持してはいられないだろうけど…。ま、ゴッカン王が回復するくらいまでは、持つんじゃないかな?」
「お前たち、揃いも揃って…、本当に正気なのか…?
 特に、伯爵。お前のその鎧は、遥か昔の大戦用に造られたものだろう?もうロクに手入れがされていない様子だが…?」
「あれ?それはもしかして、あのヴァルハラ大戦のことかなあ?
 いやだなあ、イザヴェラったら~!昔のことを覚えているなら、そうと言ってくれれば―――」
「―――阿呆か!!私はお前たちに、己が命が惜しくないのかと問うているのだ!!
 片や、生死のルールを書き換える!片や、大昔の大掛かりな甲冑を引っ張り出してくる!そうかと思えば、そこの花嫁は男どもが無茶をするのに「やめろ」の一言すら発しない!!」
「命が惜しくないのか、かあ…。イザヴェラ、やっぱりきみは―――」
「―――!? もうよいッ!!お前たちなんぞ、私が根こそぎ捻り潰してくれる!!永遠にこのハーカバーカから逃れられぬ運命と心得よッ!!」

応酬がぶった切られた、刹那。イザヴェラが魔王伯爵に剣を振り翳した。かなり力強い一撃だが、纏う甲冑の効果でステータスが底上げされた伯爵も、全然負けてはいない。ましてや、イザヴェラを以てして「大戦用」とまで称された鎧。むしろ、じりじりとイザヴェラを押しているまである。そして、伯爵は一息に彼女を弾いた。
押し負けたイザヴェラは吹っ飛ぶが、空中で体勢を整える。その隙に、瞬で伯爵が彼女との間合いを詰めた。反応が遅れたイザヴェラだったが、最早、本能とも呼べる速度で、伯爵の剣を回避する。赤い蝶の羽根をはためかせて、空中へ避難したが。翼があるのは、伯爵とて同じ。彼は一息で飛び立つと、イザヴェラ目掛けて、再び剣を振った。防御したイザヴェラの両刃剣の刀身に、微かなヒビが入る。それを見たのか、魔王伯爵がしてやったりと笑った。

「そろそろ降参したらどうだい?イザヴェラ?」
「おのれ!図に乗るなッ!!死に遅れの老いぼれが!!」
「あー!それ!!先んじて行っちゃったきみには、ぜぇーーーーったいに言われたくない台詞だよッ!!
 じぃじは怒っちゃったもんねー!?ちょっとだけ本気出しちゃうんだから!!」

そう言うや否や、伯爵の全身から赤黒いオーラが発すると、瞬時にそれは彼の愛剣に収束した。かと思えば、衝撃波となって、イザヴェラに強烈な一撃を放つ。今度こそ、己では受け止めきれないパワーを喰らい、イザヴェラの両刃剣が真っ二つに折れた。
もうひとりのパピヨンオージャーとしての鎧が解けて、イザヴェラ本人が宙を舞う。同時に、魔王伯爵の甲冑も消え失せた。自前では飛行能力を持たない伯爵が地に降り立つのを、どこか呆然と眺めていたイザヴェラだったが。

「王鎧武装・凌牙一閃!」

「ッ?! 嘘だ!そんなこと!!」

空中に留まっている自分より、更に上から響いた声と、落雷にも似た轟音。イザヴェラの口から驚愕の台詞が飛び出る。見上げれば、包帯に覆われた彼女の両目でも分かる。
そこにいたのは、ソラがリミッターを外したパピヨンオージャーに変身した姿。背中からゴッドパピヨンと同じ紫色の羽根を生やし、オージャカリバーに電撃を帯びて、イザヴェラに向かって突っ込んでくる。
回避しようとしたイザヴェラだったが。瞬時に察知した気配に、思わず身体を旋回させた。脇を通り過ぎる、銀の一閃。―――魔王伯爵の愛剣だ。
驚いたイザヴェラが地上を見れば、ニタッ、と意地悪そうに笑った伯爵が。

「ちゃんと言っただろう?僕は、ゴッカン王が回復するまでの時間稼ぎしかしてないからね?イザヴェラ?」

魔王伯爵の台詞も大概な思いを抱くが。イザヴェラは迫りくる頭上からの圧に耐えきれず、そちらに意識が向いてしまう。
ソラが右手にオージャカリバー、左手に魔王伯爵の剣をそれぞれ持って、更に速度を上げて来ていた。

「イザヴェラ、お前の罪を裁く時だ。我が前に跪け」

ソラの声が、冷徹に響く。だが、まだ全てを諦めていないイザヴェラは、屈しようとしない。自らの劣勢を覚えていても、尚、藻掻き足掻く。

「くっ…、あ、―――あ゛あ゛ぁ゛ぁぁぁぁああああッッッッ!!!!!!」

イザヴェラの咆哮と共に、彼女のペンダントの赤薔薇の水晶が、激しく光った。掌を掲げた先に、すなわち、ソラに向かって、何重ものバリアシールドが張られる。

それに臆することはなく。ソラは特攻した。凌牙一閃のパワーと、二振り分の剣の威力が合わさった全てを、ソラはイザヴェラにぶつける。バリアシールドが次々と割れていき、あっという間に、最後の一枚になったところで。ようやく、ソラとイザヴェラの距離が、互いの間合い以下になった。
息を呑むイザヴェラに対し、ソラは最後の一振りを下す。

「粛刑…! ―――執行ッ!!」

ソラの宣告と共に。オージャカリバーが、イザヴェラの胸元を貫いた。だが、死の国の住人のせいか、血などは出ず。ソラ自身も、まるで水の中でもすり抜けたかのような感覚だけを覚えていた。
王剣の切っ先がイザヴェラのペンダントを掠めた衝撃で、赤薔薇の水晶が砕け散る。同時に、彼女の背中の赤い蝶の羽根も、まるで靄が晴れるかのように消えていった。

気を失ったらしいイザヴェラは、地上に真っ逆さまに堕ちていく。ソラは、凌牙一閃の反動が大きすぎて、カヴァーできない。だが、そういう場面には必ず、『名脇役』がいる。

魔王伯爵が、イザヴェラの身体をしかと抱き留めた。
ぐったりとした彼女をよしよしとあやすかのようにしながら、地面へゆっくりと降ろす。

「お疲れさま、イザヴェラ。よく頑張ったねえ。ゆっくりとおやすみ」

伯爵は幼い子どもを寝かしつけるかのような優しい声で、旧友を労った。

自力で地上に降り立ったソラも、装甲が解けてから、一拍置いた後。膝からくずおれた。
が、彼の身体もまた、優しい腕の中に収まる。

「ソラ様。いつものように、私が定刻で起こして差し上げますからね」

世界で一番愛しい女性の柔らかい声と、あたたかな温度を感じ取りながら。ソラは、意識を手放した。

暁色だったハーカバーカの天の帳が、青紫色に染まり行く。


to be continued...
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