第六章 Awaken The TRUE ALICE

【数ヶ月後】

ルカの存在は、未だに世間へ公表されていない。彼曰く。

「オレが落月に抗ったのは、オレ自身への誤解を解きたかったのと、身勝手な人間たちの被害者をこれ以上増やすのがイヤだったからだよ。
 世間に認めて貰いたいなんて、そんな人間っぽい承認欲求、オレは持ち合わせてないなあ」

とのこと。

そして、ヒルカリオに上陸した落月と撃星については、国の軍事機関が全責任を以て、矢面に立つことで、ほぼほぼ強制的な沈静化を図った。


ジョウはROG. COMPANYの代表取締役社長の椅子を降りることを世間に公表した場で、「私の後継者を、ローザリンデ・テイスワート五級高等幹部と致します」と宣言。舞台袖で会見を見ていたローザリンデ本人は、「まあ、そうなるわな…」と、何処か諦めた様子で受け入れていた。

…のだが。会見が終わった直後に、「待った」をかけた人物が居た。―――誰であろうこともない。レイジである。

ルカの存在も、落月と撃星の詳細も、世間へ明かされないというならば。芋づる式で、ジョウの本来の罪も、世間から秘匿される。つまり表向きのジョウはただただ、ビジネス業界から引退するだけに見えている。
故に、というか、そもそも、というか。息子のレイジに、今回に関する罪は無い、と、警察機関からは判断されており。レイジ自身は、放免の運びとなっていた。
だからこそ、レイジは宣言し直す。

「俺が、ROG. COMPANYを引き継ぐ」と。


鈴ヶ原兄妹、特に、完全に巻き込みを食らう羽目になったナオトの妹・鞠絵は。何が何だか分からないと右往左往…、するかと思いきや。

「ウチにバレちゃいけないことがバレたんなら、ウチがそっちのチームに入っちゃえばよくない?
 アルバイトとして、雇ってくださーい!掃除、洗濯、ゴミ出し、事務、ボタン縫い、メイク直し、もう何でもやっちゃうわ!ここまできたらさ!」

意外や、意外。史上最強の軍事兵器と、それを取り巻く大人たちを前にして、堂々と開き直った。…否、開き直るという表現が正解なのかどうか、この際、分からないのだが。
ナオトの妹は、やはり彼の妹たる胆力の持ち主であった。


そして、その兄・ナオトに関しては。更生プログラムが終わっていないことを前提として、変わらずRoom ELに出向し続けることが決定した。だが、此処に至るということは、既に「ヒルカリオから逃がす気が無い」と同意義である。ソラは、最終チェックに入るまでに、彼へ確認した。「本当に良いのか?」と。だが、ナオトは微笑んだまま、答える。

「僕は、今の界隈を降りるつもりは、一切ありませんので」と。


鞠絵がヒルカリオ、引いてはROG. COMPANY本社に出入りするにあたって、彼女の後見人探しが始まった。
母・紗枝は、ジョウから不正な賄賂を受け取り、ナオトを身柄を売ったことを厳しく咎められて、裁判所より正式に親権を奪われてしまった挙句、鈴ヶ原兄妹への接触禁止命令まで下された。些か重すぎる処罰にも見えるかもしれないが、ヒルカリオの闇に足を突っ込むというのは、こういうことである。並んで、父・ヒロムも、紗枝を静観していた、つまり彼女を止めなかったという理由で、同罪を頂戴している。
だが、鞠絵は未成年だ。親が居ないといけない。ナオトは実兄でも、前科持ちという壁があり、ルール的に制約が多すぎる。そもそも、更生プログラム中である彼にも、親族と言える続柄の人物が居なければ、本土に住むことが叶わない。あわや兄妹揃って、路頭に迷うかと思いきや。…意外な方面から、声が挙がった。―――凌士である。

「貴方たちの身柄は、僕が引き受けます。我が邸宅で宜しければ、お部屋を貸しましょう。どうぞ、自由に過ごしてください。
 その代わり、鈴ヶ原先生は産業医として、テイスワート家に勤めて頂きます。ちょうど、今年で勇退されるカウンセラー担当が、引き継ぎを待っています。 
 あと、個人的なお願いとしては、もうすぐ僕の妻が第一子を産む予定なので…、時間があれば、その遊び相手も、是非に」と。


ローザリンデは、レイジにROG. COMPANYの社長の椅子を喜んで譲った後。自身は変わらず、五級高等幹部として振る舞うことを決めた。『Room ELの武装配備の指揮権』がソラに完全移行したと同時に、社長に座ったレイジの面倒を見てやる!と英断した彼女は、自ら「社長秘書兼務」を名乗り出て、新米社長・レイジの業務を手伝っている只中だ。元より、面倒見の良い性格、というか、身内に激甘の一面を持つローザリンデなので、その行動は彼女の本質を知っている者からすれば、予想範囲内のことでもある。
かくして、麗しの高等幹部として、社内外に、「薔薇の令嬢」としての品位を見せつけつつ。身内には相変わらず、「おれ」モード全開で接するローザリンデの顔色は、以前より、グッと明るくなっていた。


セイラは、ローザリンデの執務室の雑用係のアルバイトから、社長室の雑用係へと昇格した。昇格といっても、職位がアルバイトであることは変わりないため、本人からすれば出世というより、給料と責任が格段に上がった面の方が、事実として重かったりする。だが、セイラは変わらない。
コーヒーを出し、掃除をして、ゴミを纏めて、執務室を整理整頓し、時に来客の対応もする。大学の受験勉強も、忘れない。セイラは無気力そうな声で、今日も言う。

「がっつり稼いで、がっつり勉強して、がっつり夢を掴む。コレ、アタシのポリシーっすね」と。



―――そして。Room ELでは…。

「ねえ、ソラぁ?スピーチ原稿って、生成AIで作ってもいいと思う?」
「お前にもAIが入ってるのにか?」
「急に今年最も鋭利なdisを飛ばすのはやめてね」
「言葉が突き刺さるだけの自我もあったのか?」
「うん、追撃もしないで。
 オレ、一応、機械的生命体とカテゴライズされてるから、カタチだけでも生命活動はしてるんだケド?」

ルカとソラの、やり取り。通常運転。
敢えて言及するなら、ソラはルカに関する人間の罪業を知ったが故に真正面から背負っていた重責から解放されたおかげで、心なしか、以前より表面に見える人間味が増した。

ルカはともかく、ローザリンデが保有・執行していた、Room ELの武装配備の指揮権がソラに任されたことで、彼の業務量が莫大に増えてしまったようにも思えるが。それはそれ。ソラは顔色ひとつ変えずに、今日も的確に仕事を捌き続ける。だが、そんなソラにも、現状の憂いごとぐらいはある様子で…。

「…顧問弁護士、か…」

そう呟いたソラの視線の先には。意図せずに自分のデスクの端に追いやってしまっている、数枚の書類に向いていた。顔写真付きの履歴書に、独自に探りを入れた写真の主の身辺情報の結果報告書。そして、書きかけの採用通知書関連が、あれこれ。

「わー、すごーい」と無邪気そうな声を上げながら、フリーの生成AIで人物画像を作って遊び始めたルカの横顔を見ながら、ソラは密かに溜め息を吐いた。



【本土 某所郊外】

いつものオフィスカジュアルに、首元に水色のスカーフを巻き、そこに社章バッジを着けたツバサが、社用リムジンから降りる。レオーネ隊に固く警護された彼女は、古めかしくも立派な門構えの屋敷へと入っていった。

たったひとりの屋敷仕えの従者に案内されたツバサが辿り着いたのは、おとぎ話にでも出てきそうな、非常にメルヘンチックな寝室。
レースがあしらわれた天蓋付きのベッド。白色の毛皮を使ったソファー。ところせましと並べられた、神話や幻獣モチーフのぬいぐるみ。猫足の机の上には、飲みかけの紅茶、そして皿に盛られた琥珀糖とマカロン。
だが、その絵画めいたメルヘンチックの光景全てに背を向けて、窓の外を眺めている少女が居る。…彼女こそ、この寝室の主であり、ツバサが訪ねに来た相手。

ツバサが少女の背に、恭しく礼をする。それはまさに、目上の者に対する所作。

「初めまして。ROG. COMPANY本社の特殊対応室から参りました、ツバサ三級高等幹部直属事務員でございます。
 本日は、当室の統括であるルカ三級高等幹幹部より指示を受け、あなた様をお迎えに上がりました」

ツバサが礼儀正しく言うと。少女は緩慢な動作で振り返り、そしてまた緩やかに口角を上げて、微笑んでみせた。少女は綻んだ唇から言葉を紡ぐ。

「やっと来てくれたのね。待ち侘びたわ。
 さあ、母なる私を、早く此処から出してちょうだい」

少女は言いながら、最先端の科学技術が詰まった機械義足の両脚で、柔らかい絨毯が敷かれた床を踏みしめて、立ち上がった。少女が動く度に、機構の一部が淡く発光する。
こちらに向かってゆったりと歩いてくる少女を真っ直ぐに見つめながら、ツバサが続けた。

「ご母堂におきましては、大変長らくお待たせいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。
 ヒルカリオまでの道中は、ルカ三級高等幹部が遠隔で指揮を執っている、このレオーネ隊が完璧に警備いたしますので、どうぞご安心ください。
 尚、ソラ秘書官より預かっております言葉は、『先んじて掃除も済ませておりますので、そちらのご心配にも及びません』、とのことです」
「さすがの手腕ね。安心できる旅になりそうで、楽しみだわ。
 …ところで、ヒルカリオに戻った私が座る席は、既に確保されていて?」
「勿論でございます。弓野入一級高等幹部殿」
「良かった。これでまた堂々と息子に、―――ルカに逢いに行ける」

少女はツバサとそこまでやり取りをすると、おもむろにベッドサイドに置いてあるトランクケースを指差す。

「あれが手荷物よ。貴女にお任せするわ」
「かしこまりました」
「安心しなさい。此処では一般人のフリをしているけれど、ヒルカリオにさえ戻れば、私は貴女の母でもある存在。…決して、今のような部下扱いはしないわ」
「…。これ以上の詳しいお話は、是非、当室までお越し頂いた後にて」
「…ええ、そうね。―――…さあ、出発しましょう。愛する息子を繋ぎ閉じ込める、かの鉄の島へ」

少女はそう宣言すると。メルヘンに彩られた寝室のことなど、最早、見返しもせず、機械の義足を真っ直ぐに扉へと歩ませていった。
ツバサはトランクケースを抱えて、少女の後に続く。年季の入ったそれは、ツバサの動きに合わせて、微かに乾いた音を鳴らすのであった。


―――物語は、次のフェーズへと移行する。―――


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